第2話 湯村くんと私

 湯村壮介くん。


 私のクラスメイトで、席が隣の男の子。

 そして……私は、ちょっとだけ、仲がいいと思ってるけど……。


 今、その湯村くんに私は頭を下げていた。


「……なんで突然。まあ……全然話が見えてこないわけじゃない、けど……」

「ハッ」


 ってことはやっぱり湯村くん、私の点数見えてたんだ。

 見えてないほうがおかしいけど。


「お、お願いします!」


 図々しいってことはわかっている。

 だけど、私には仲のいい、しゃべれる友達が湯村くんしかいない。

 だから、お願いしようって、たった今さっき、思ったわけなんだけど……。


「お願いです! 私には、湯村くんしかいないんですーっ!!」


 湯村くんから手を離した私は、膝を曲げて床に頭をつけて懇願した。


「いや、そんな軽率に土下座するなよ。俺がやばいやつだと思われるでしょ。しかもここ学校の廊下だし」

「……で、でも」


 ちょっと顔を上げると、湯村くんの長いさらさらの前髪から気まずそうな色をした瞳が見える。


「とりあえず立って、恥ずかしいから」

「すっ、すみません!」


 私が立ち上がると、湯村くんは呆れたようなため息をついた。


「……長野、ほんと、なにして……」

「ああーっ!!」


 私は両手を見て叫ぶ。


「……今度はどうした」

「テスト、どっかいっちゃった!」


「はあ?」


 ついさっき湯村くんに拾ってもらったテストが、手に持っていたはずなのになくなっていたのだ。

 どっかで落として……。


 来た道を振り返ると……白い物体がうちの教室の近くに落ちてる!

 絶対あれだ!!


 すると廊下を歩いていた女子生徒二人がテストを見つけて、拾おうとしていた。


「ああっ、それ拾うの、待ってくださいー!」



——————————————————————————



「……長野」

「す、すみません……」


 無事にテストを回収した私は、誰もいなくなった教室で湯村くんと隣同士で座っていた。

 もちろん隣の席だから、なんだけど……。


「……長野が勉強を教えてほしい理由はなんとなくわかる。だけど"湯村くんしかいない”ってのは」

「あっ、それはつまり、私には、湯村くんしか友達がいないので、という……」


 申し訳なさで心苦しくなりながらも質問に答えると、湯村くんは少しびっくりしたような顔をした。


「……え、友達がいない?」

「……うん」

「一人も?」

「……一人も」

「長野に?」

「……私は長野千那です」

「いや知ってるけど」

「すみません……」


 私がまともに毎日会話をしているのが隣の席の湯村くんだけだというのは事実であり、それは、私が友達づくりの波に乗り遅れてしまったからで。


「あ、いいの、湯村くんにだって事情があるだろうし、土下座までしちゃったけど、選択は湯山くんに任せるというか」


 さっきは勢いであんなことをしたけど、私、湯村くんのことまでちゃんと考えられてなかった。

 ばかすぎるし、やっぱり図々しすぎる……。


「むしろ、断ってくださ……」

「なんで、今更」


 ……え?

 私の言葉を遮った湯村くんに、驚く。

 それに、今の……。


「……さっきすごいお願いしてたじゃん、土下座までして。それって、本気で成績上げたいからじゃないの?」

「そ、それは、まあ……」


 思わず、歯切れが悪くなる。


「……俺も、不意打ちだったとはいえ、長野の答案用紙見ちゃったから。それのお詫びってことで」


 ……湯村くんは、優しいよ。

 私が気にしないようにって言ってくれた言葉が、心にしみる。


「……あ、ありがとうっ!! ありがとう!!! 湯村くん!!!」


 私は込められるだけの感謝を込めて、お礼をいった。

 本当に、本当に感謝しかない。


「うん、わかったから。……それで、数Aは?」

「……エ?」

「数Ⅰがあるんだから、数Aの答案用紙だってあるでしょ。数Ⅰだけが数学のテストじゃないし」


「あ……う……」


 そう。高校一年生の私たちには、必修の数学が二教科ある。

 それが、数Ⅰと数A。

 湯村くんに見られてしまった15点のが、数Ⅰだ。


 自分のファイルからテストを取り出し、おそるおそる湯村くんに渡した。


「……41点」


 テストを開くなり、湯村くんが一段と低い声でぽつりと呟く。


「……はい」


 ごめんなさい、両方とも絶望的で……。

 いたたまれない気持ちになっていると。


「数Aの平均はたしか62だっけか。まあいい、とりあえずこれ、一晩預かっていい?」

「え、うん。いいけど……」


 予想外の言葉に、私はびっくり。

 ……テストを一晩、預かるって?


「じゃあ、明日の放課後、またここにきて」

「えっ」

「長野に勉強、教えてほしいってお願いされたから」


 湯村くんは、少し微笑んでそう言った。

 私もつられて笑顔になる。


「あ……うん、わかった!! うん!!」

「そんな、返事しなくても一回で伝わるって」


 そうして、湯村くんと私による勉強会の約束が結ばれたのだ。

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Best Friend Exam 桜田実里 @sakuradaminori0223

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