第4話
どうにか駅で降りた俺は両膝に手を付き、肩で息をしながら呼吸が整うのを待っていた。
「あれ、秋月さんも月島駅なんだ」
「そう、この駅」
まさか、本当にストーカーで俺の家を突き止めようとしてるとか……? いや、まさかな。
俺がどうにか立ち上がると、秋月さんは自分の手とにらめっこしていた。
「武岡くん、お尻に鉄板埋めてる?」
「埋めてたらどうする」
「お好み焼きを焼くわ」
「やめてね?」
秋月さんが手をワキワキさせながら近づいてきたので俺は後ずさった。
「でも、少し意外だった」
「え? 何が?」
「武岡くんが私を他の人かた遠ざけようとかなり頑張ってたこと。あの時両手が使えればハーモニカを吹かされることも鼻からぴゅるぴゅるすることも無かったのに」
「そうだね。頭のおかしい女の子さえ目の前にいなければね」
「そんな悪い女が居るの」
「今も目の前にいるよ……まあ、あれだ。男たるもの女を守るのは当たり前って言われて育ったんだよ。親父が古い人間だったから」
少し、間があった。
秋月さんはじっと俺の顔を見ていたかと思うと、急に背を向けた。
「じゃあ私はこれで」
「え、あ、うん……」
今日四回目だけど相変わらずドライだな。
俺は少し本屋で寄り道をした後、自宅のあるマンションまで帰ってきていた。秋月さんから尾行されているかもと思い、後ろを気にしながら帰ったが、特に怪しい事物は居なかった。
いつものように暗証番号を入力し、ドアを開けようとしていた時
「武岡くん」
「ぽわあ!!」
反射的に情けない声を上げてしまったが、流石に俺の脳みそはそれが誰の声なのか完全にインプットしていた。
「ぽわあって何?」
「そ、それは突っ込まないでよ! というか何でここにいるの秋月さん!?」
音も立てず俺の横に立っていた彼女は全く表情も変えず、まるでスマホについてるAI音声ガイドが「ここはケ●の穴です」とでも言うようなテンションで俺の部屋の扉を指した。
「武岡くんもこっち方面なの?」
「ここだよ! マンションの中で方面もクソも無いわ!」
「そうなの。私は隣の1007号室なの」
「へ?」
どういうこと? 俺は秋月さんの隣に住んでいたのか?
いや、それは明らかにおかしい。登校時間、下校時間が違っていたとしても、隣同士であれば流石に一回も顔を合わせないわけはない。というか、俺は高校入学でここに引っ越してきた時、近所の人たちに挨拶をした。そして1007号室は……。
「1007号室って、空室だよね?」
「昨日まではね」
ここまで来て、鈍い俺は何が起こっているのかようやく気付いた。
「あ、秋月さん俺の家の隣に引っ越してきたの!?」
「そう」
「何で!?」
俺の「何で!?」にはどうやって俺の家を知ったのかと、どうして俺の家の隣に引っ越してきたのかと、どうしてそのようなストーカーまがいのことを平気で出来るのかという3つの疑問が含まれている。
秋月さんは前髪をかき上げ、真っ直ぐ俺の目を見た。思わず俺も背筋を正してしまう。
「私は言った。これまでで最も深い寝取られ体験をするため、恋人を住吉くんに寝取られたいと。つまり、私は先ず武岡くんを好きになる必要があるし、武岡くんにも私を好きになってもらう必要がある。その言葉に嘘はない」
瞬間的に身体が沸騰しそうになった。恥ずかしいのと、興奮と、色々な感情が混ざって膨張したのだ。いや思春期ど真ん中の男子高校生が美少女から
「あなたのことを好きになる」
と言われて素面でいろと言う方が無理な話だ。……まあ、相手の目的が何であれ、隣人である以上、そして仮にも恋人同士である以上、秋月さんとは仲良く付き合っていきたい。
「さて、そろそろ引っ越しの荷物が届くはずだから、武岡くんも立ち会って欲しい」
「な、何で俺が」
「私、女ひとりなの。でも引越し業者の人は屈強な男たちばかり」
「ああ、分かったよ。確かにそれは不安だよね」
「そう、屈強な男たちが引っ越しそっちのけで濃厚に絡み合い始めたらと思うと」
「ん?」
「荷物の入ったダンボールを10m程高く積み上げたところで『ここなら誰にもバレないね』と服を脱ぎ始める」
「お前んちの天井高すぎるだろ。あと何だその中国雑技団みたいなシチュエーションは」
一つ思ったのだがBL小説ってそんなぶっ飛んだ設定のものばかりなのか……?
「ことが始まったら武岡くんも参加して欲しい」
「俺も混ぜようとすんな!」
仲良く出来るはず……多分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます