学校一可愛い美少女に告白されたと思ったら、俺をイケメンに寝取らせようとしてくる変態だった

忍者の佐藤

第1話

 



「武岡くん、私と付き合って」

 目の前の少女が、呟くように言った。野球部の掛け声や、練習する吹奏楽部の演奏などが遠くから聞こえてくる。

 一方の告白された俺はというと、手指をせわしなく動かし、激しく目を白黒させていた。挙動不審選手権神奈川県大会というのがもしあったら俺は警察に職務質問されていたかもしれない。

 何故俺がこのような不審者状態い陥っているかというと、今自分に起こっていることがあまりに非現実的だったからである。


 少女の名は秋月八宵という同じクラスの生徒だ。あまり他の生徒と絡まない物静かな性格であるが、その顔立ちはクラスで誰もが認めるほど美麗で、何より彼女の大きな胸はクラスを超えて学年中の男子たちから注目の的だった。

 俺も気になっていはいたが、秋月さんは誰が告白しても全く首を縦に振らないというし、自分など歯牙にもかけられないだろうと思っていた。

 その秋月さんから、告白を受けている。

 俺は首がもげるほど素早く周囲を警戒した。ドッキリの可能性が一番高いからである。今にも地面の芝をはぐって「ドッキリ大成功」の看板を掲げた魑魅魍魎共が這い出してきても何らおかしくない。


「心配しないで。ドッキリなんかじゃない」

 俺の考えを察したのか、秋月さんが再び独り言のように言った。夕日が彼女の眼鏡に反射して表情を窺い知ることは出来ないが、その言葉に嘘は無いように思えた。彼女と目を合わせる時は胸を見ないよう集中力を必要とする。


 俺は両手で顔を強く擦った。

 何を躊躇ってるんだ俺は。女の子が告白するために男子を呼び出すなんて、よほどの覚悟が無いと出来ないことじゃないか! それを疑って、自分の心配ばかりしているなんて失礼過ぎる!

 俺はもう一度、秋月さんの目をじっと見つめた。

「も、勿論。こちらこそよろしくお願いします」


 しっかりはっきりした言葉で言ったつもりだったが、掠れてどもって腑抜けてしまった。

「私と付き合ってくれるの?」

 彼女が一歩こちらに踏み出した。

「ああ」

 俺は力強く頷いた。

「じ、実は俺もずっと秋月さんのことが気になっててさ」

 これで、俺の青春スクール・ラブがついに始まるのだ。こんな美少女とあんなことやこんなことやムホホホホホホホホホ! ムホホホホイッスル! ピッピッ!

 と、大気圏を突破する勢いで浮(うわ)ついていた俺の心は次の秋月さんの言葉によって秒速撃墜されることになる。


「ありがとう。でも私は武岡くんのことが別に好きじゃない」

 ……。

 ……ん……?

「え? 今なんて?」

 俺の耳か脳が誤作動を起こしていなければ、俺のことが好きじゃないと聞こえた気がするんだが……。いや俺告白された、よな……?

「私は武岡くんのことが別に好きじゃない。本当に好きな人は別にいる」

 秋月さんは全く表情も変えず、まるで事務的な内容を報告するかのようにパツパツ喋る。

「別にいるって……? ん???」


 俺の頭の中はクエスチョンマークで一杯だった。今くしゃみしたら『?マーク』が3つくらい出るかもしれん。

「住吉くんって人は知ってるよね」

「まあ同じクラスだから」

 住吉というのは同じクラスで一番の、いや、この学校で一番のイケメンのことである。高一ながら身長は190cmを超え、既にバスケ部のレギュラーとして活躍し、ラブレターが毎日森を一つ伐採する勢いで届き、大名行列のように女子たちがついて回って、いつも笑顔ですれ違うと妙に良い匂いのするアイツのことか。

「私は住吉くんのことが好きなの」

「ちょ、え?」

「そして武岡くん、あなたには住吉くんと付き合って欲しいと思っている」

「ちょっと??」

「だから私と付き合っている間に、住吉くんに寝取られて欲しいの」

「え、寝取られ、え?」

「意外にもウケは住吉くんで武岡くんはタチ」

「ちょっと止まって!」

「そして住吉くんの〇〇に『●王拳三倍だ!」』と言いながら入れて欲しい。そうすると住吉くんが『持ってくれよ、俺の○○穴!』と答えながら受け入れてくれる」

「やめろ! ●●穴でドラゴ●ボールパロディーすな!」


 しばらくの沈黙が続いたあと、秋月さんが首を傾げた。

「ここまでは分かってくれた?」

「分かってたまるか」

「あなたは少し理解力が足りないみたいね」

「君には頭のネジが足りないみたいだね」


 お前、女の子に告白されたと思ったら実はその子から別の男のことが好きだとカミングアウトされ、尚且つその男と付き合うよう要求された上に、●穴が三倍だの四倍だの訳わからん妄想まで垂れ流されるっていう、この状況が理解出来るやつがいるとでも? いるとしたら彼女と一緒に保健室の先生に相談するべきだ。


「突然で受け入れられない気持ちも分かる。だから私がどうしてこんなことを言っているのか、事情を話させてほしい」

「事情……?」

 秋月さんは表情を変えず、訥々と言葉を紡ぎ始めた。

「私は昔から孤独だった。友達もあまり出来なかったし、家でも両親との間に壁を作ってしまっていた。そんなある時、私はネットでBL小説に出会ったの。衝撃だった。あの時、小説の中で濡れていた美少年のお尻が私のBL人生を開く扉だった」

「今すぐ閉じて」

「そこから私は寂しさを感じることが無くなった。家でも学校でも暇さえあればBL小説を読み、そして書くようになった。でも小5の時、担任の先生が校長先生をメス犬調教する小説を実名入りでネット投稿したことがバレて私はひどく怒られた」

「小5で何つうもん書いてんだ……」

「でも私の妄想は止まらなかった」

「誰かこのモンスターを止めてくれ」

「その件があって、私はクラスの中でより孤立した存在になったのだけれど……一人だけ私に話しかけてくれる人がいた。それが沢村くん」

 何だ、住吉じゃないのか。話の流れ的に、住吉に助けられて好きになったのかと思ったが。

 その時、彼女の目が輝いている事に気づく。


「沢村くんはクラスの中心人物で、イケメンで、優しくて、よく笑う人だった。私はそんな彼を好きになった。クラスで一番可愛い私から好意を寄せられた彼も当然ながら私を好きになった」

「だんだん秋月さんが元から孤立してた理由が分かってきた気がするよ」

「沢村くんと付き合っていた頃の私は幸せだった。毎日一緒に御飯を食べて、一緒に家に帰った。ただそれだけで満たされた」

 そこまで言い終えた時、不意に彼女の目に影が過(よぎ)ぎった。


「あの女が現れるまでは」

 そこから10秒ほど、秋月さんは沈黙していた。そして話し始めた彼女の声は、僅かながら沈んでいた。

「学年が変わって、坂根という女子と同じクラスになった。彼女は私の次に可愛かったけれど、性格はドブの中でしゃぶしゃぶ二度漬けしたような女だった」

「秋月さんはあんまり人のこと言えないよ」

「彼女はすぐ沢村くんのことを好きになって、そして私を集団でいじめ始めた。坂根からしたら私は邪魔でしかなかったから」

 秋月さんは自分の左腕をぎゅっと掴んだ。


 非常に暗い話をしているところ申し訳ないが、その態勢胸が強調されてとても良いと思います。

「彼女のいじめは、身の危険を感じるほどだった」

 絞り出すように言った彼女の声は、ちょっと下世話なことを考えていた俺の気持ちを直ぐ引き戻した。


「好きだったけど、離れたくなかったけど、私は沢村くんと別れるしかなかった。彼と別れて暫く経って、私は沢村くんと坂根が手を繋いで帰ってるのを見てしまった。凄い喪失感だった。その場所は、私の場所なのに。沢村くんと手を繋げるのは私だけのはずなに。私は……私は……」

 俯く秋月さんの言葉に、初めて感情の高ぶりを感じた。

「とても興奮した」

「興奮した?」


 その時、俺は彼女の呼吸が次第に荒くなっていることに気付いた。

「私が大切にしていた人が、ただ顔が良いだけで性格最悪の女に奪われていく。汚されていく。その事実を突きつけられた私は何度も絶頂した」

「お前の頂上はどこなんだよ」

「その時気付いたの。私には寝取られると興奮する性癖があるって」

「色んな扉を開ける人だな君は」

 鍵師になったらどうだ。

「私はそれから何度もあの感覚を味わおうとうしてきた。だけど、沢村くんよりイケメンで優しくて面白い人じゃないと、あの深い深い寝取られ体験は味わえないし、何より私とは釣り合わない」

「そういうとこだぞ」

「その時現れたのが、住吉くんと、武岡くん」

 秋月さんは真っ直ぐ俺の目を見た。

「え、俺も?」

「あなたはクラスで唯一、住吉くんに楯突いたことがある」

 楯突いた? 俺は突貫工事気味に記憶を掘り返してみた。

「いや楯突くって言っても、あいつがいっつも休憩時間に俺の机に座ってて邪魔だから、ちょっと注意したくらいだぞ」

「そう、その姿を見て私の中に衝撃が疾走ったの」

 急に秋月さんが迫ってきて、俺の両肩を掴んだ。その手が薬の禁断症状かのように震えている。いや本当にやってるかもな。


「やがて住吉くんと武岡くんは言い争いになり、ヒートアップして全裸になったよね」

「なってねえよ。何で教室の中で全裸になるんだよ」

 しかし秋月さんは妄想をマシンガンのように至近距離から撃ち続けてくる。

「言い争いに疲れた二人は休憩をするためにラブホテルに行く」

「ちょっと待て! それ休憩の意味合い変わってくるだろ! あと二人共全裸のまま外に出てないか!?」

「二人はくんずほぐれつベッドの上で大乱闘」

「こらこらこらこら!」

「一通り終わって武岡くんは言うの。『今度から乗るのは机の上じゃなくて俺の上にしろよな』って」

「うまくねえよ! お前妄想の中で俺に何言わせてくれてんだよ!」

「付き合うことになった二人は花火大会に行くの」

「あの、これいつまで続くんですか?」

「夜空に咲く花火を指差して、武岡くんがこう言うの『あの花火、お前の●●穴みたいだな』」

「何してくれてんだよ!! お前のせいでこれからの人生で打ち上げ花火見るたび住吉の●門が脳裏をよぎるじゃねえか!!」

「すると住吉くんははにかんで『本当だ』と言う」

「いやお前の※門ハジけ飛んどるぞ!? あと何で自分のケツ●の形を認知してるんだよ!」

「すると武岡くんが『あ、あの大きいのは月曜日の肛※、あれは水曜の※門に似てる』と言います」

「何でそんな日替わりランチみてえに尻の形変わるんだよ!」

「そして次の年、住吉くんは一人、武岡くんの遺影を持って花火大会に出向くの」

「俺死んでんじゃねえか!! ちょっと待て! 一回止めてくれ!」

「あと100万字続くのに」

「そうか、病院に行ってきたほうが良いぞ」

「肛門科?」

「頭のだよ!!」

 俺は一度息を整え、ゆっくり俺の肩にかかった秋月さんの手を外した。


「秋月さんが好きなのは俺じゃなくて住吉だろ? じゃあ寝取られるにしても、最初から住吉と付き合えば良いじゃないか」

「……この高校一のイケメンと付き合ったら、私は全女子から標的にされる。以前の経験もあるからそれは避けたい。それから、今回は好きな人を寝取られるんじゃなくて、好きな人に寝取られる体験をしてみたいの」

「性癖が高度過ぎる」

「だから赤貝く、あ、武岡くん、私と付き合って」

「何で赤貝と俺を言い間違えたんだよ」


 俺は一度、大きなため息を付いた。

「あの、やっぱり付き合うっていうのは無かったことにしてくれないか」

「どうして?」

「まだ己の過ちに気付かないのか?」

 秋月さんは全く諦める様子がない。じっと俺の目を見て、無表情のまま後退する俺に歩を詰めてくる。

「でも武岡くん、私のことが気になるって言ってた」

「今は一刻も早く距離を置きたいと思ってるよ。それに俺は自分のことを好きじゃない女の子とは付き合えない」

 秋月さんは黙念としている。諦めてくれた、だろうか。

「じゃあ俺はやることがあるからこれで……」


 俺が背を向けようとしたその時だった。

 秋月さんがにわかに自分のブレザーを剥ぎ取った。

 俺がブラウスから盛り上がった胸を見ながら、なるほど、こんな所に秋月さんの山頂があったのかと考えていた一瞬。

 今度は彼女がブラウスを強引に引きちぎった。胸のボタンが弾け飛び、何個か俺の顔にもぶち当たった。

「な、何やってるの秋月さん!?」


 慌てふためく俺とは対象的に秋月さんは落ち着いた声で

「武岡くんが付き合ってくれないなら、ここで大声を出す。そうしたらどうなると思う?」

 悪魔かよこいつ!

 秋月さんはクラス一可愛い女子。対する俺はモブキャラ1といったところ。駆けつけてきた生徒や教師がどっちを信用するかは目に見えている。

 俺がしどろもどろしている所に秋月さんは追い打ちを掛けてくる。

「私が5秒数える間に、決めて。2,1……」

「あと1秒しかねえ!!」

 そこから先は考えるより先に口が動いていた。

「分かった! 付き合う! 俺秋月さんと付き合うから! 大声出さないで!」


 俺は急いで投げ捨てられたブレザーを拾い、秋月さんに掛けてあげた。

「そう、分かってくて良かった」

「分かってないよ。分からされたんだよ」


「武岡くん」

 そう言って秋月さんは俺の方をまじまじと見た。

「これからよろしくね。私も、あなたを好きになるように、そして好きになってもらうように頑張るから」

 秋月さんは俺に手を差し出した。

「それはどうも……」


 俺は肩を落とし、一つ大きなため息を着いてから彼女の手を取った。

 春の風に吹かれながら握った彼女の右手は柔らかく、温かかった。さっきまでハードコアな妄想を繰り広げていた少女の手だとはとても思えない。

「じゃあ早速、お尻を見せてもらえない?」

「断る」



 つづく



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