英雄になれなかった男たちの英雄譚
めで汰
第1話 竜の目玉を食べたかったカステラ屋
ドラゴンの目玉が食いてぇ。
俺が興味あるのは鱗でも爪でも肉でも心臓でもない。目玉だ、目玉。
あのキラキラしたお目々。
いや見たことはないが、絶対キラキラしてて美味いはずだ。間違いない。
そんなわけで、俺は人生の大半を「目玉」に捧げてきた。
ドラゴン退治に憧れ冒険者にもなってみた。
けど、世の中はそう甘くない。
結局はこうして細々と偽物の「目玉」を売る商売に落ち着いてるわけで……。
「おじちゃ~ん、目玉いっこちょうだ~い!」
軒先に幼い声が響く。
顔を上げる。
ボロボロの服を着た少年が立っている。
「あいよ、一つな!」
俺は、慣れた手つきでカステラを包むと少年に渡した。
ドラゴンの目玉を模したこのカステラは見た目だけは本物っぽいが、中身はただの砂糖をケチった薄味の菓子。だけど、子どもウケは抜群。
(やっぱドラゴンの目玉だよな!)
いまだ枯れてないそんな気持ちを込めて一個一個丁寧に焼く。
今手渡した子ども──たしか名前を「アジフ」と言ったか。
この少年は他の子どもとは違う。
俺の目は節穴じゃない。
この子の目には、他の奴らとは違う輝きが宿っている。
俺にはそれがわかる。
なんてったって数多の……上手くパーティー組めなかったり、ゴブリンに囲まれて死にかけたり……こほん、とにかく! 数多の冒険を経てきた歴戦の冒険者なんだからな!(キリッ)
にしても、このアジフって子ども、最近良く来るよな。
「どうしてそんなに目玉が好きなんだ?」
アジフは俺を見上げると、にっこりと笑った。
「だって、ドラゴンの目玉は世界を変えるんだよ!」
「……は?」
さすが子ども、また突拍子もないことを……。
けど、俺はちょっと嬉しかった。
ドラゴンの目玉マニア仲間っていうの?
ま、この子も大人になったら他のことに興味を持つんだろうが……。
なんにしろ、今はドラゴンの目玉を好いてくれてるんだから嬉しいよな。
俺の気持ちも知らず、アジフは「え? 当然のことでしょ?」みたいな顔で続ける。
「おじちゃん、知らないの? ドラゴンの目玉には不思議な力があるんだよ! どんな争いも止めちゃうくらいの強い力が!」
アジフは目を輝かせる。
やっぱ子どもにとってドラゴンってのは特別な魅力があるよな。
かつての俺が魅せられたように。
懐かしい気持ちに包まれながら、何の気なしに聞き返す。
「目玉でどうやって争いを止めるってんだ?」
少年は首を傾げ、少し考え込むような表情を浮かべた。
あれ、そこは即答じゃないんだ?
「んー、わかんない! でも、きっと使い方はあるよ!」
なんだこの子は。無茶苦茶だな。
でも子供らしい。
思わず俺は笑ってしまう。
しかし、その笑いは次の瞬間、スッと失せた。
「おじちゃんも、本物の目玉が欲しかったんでしょ?」
ドキリとした。
心の奥底に大事に蓋をして閉まっていた箱をいきなり触られたかのような気分。
なんでそのことを……?
いや、子どもながらの当てずっぽうに決まってる。
そうに違いない。
動揺しながらも俺は、「ああ……そうだな。欲しかったさ。本物の目玉がな」と正直に答えていた。
子ども相手だ。
ほんとのことを答えても馬鹿にしないだろう。
アジフは薄汚れた身なりにしては、やけに白い歯を見せて言った。
「じゃあさ! ぼくが手に入れたら、おじちゃんにも見せてあげるよ!」
「お前が? ドラゴンの目玉を?」
「うん、絶対!」
アジフは力強く頷く。
不思議と本当にそうなるような気がしてくる。
俺は素直に言葉を返した。
「ああ、じゃあ頼むわ。お前に託したぞ、アジフ」
「うん、託された! じゃあね、おじちゃん! また来るよ!」
大通りを真っ直ぐに駆けていくアジフの背中を見送りながら、俺はぽつりと呟いた。
「変な奴、だな……」
アジフの背中が眩しい。
光の具合か?
夕方、そろそろ店も仕舞いどきか。
アジフ。
あの少年の真っ直ぐな言葉は、かつての俺のようだった。
(俺には、あそこまでの真っ直ぐな目の輝きはなかったけどな……)
売り物のカステラを一つ手に取ってみる。
まんまる。
俺の夢見た本物のドラゴンの目玉には程遠い形だ。
ポイッ。
口に放り込んでみる。
「ん、スカスカ」
まるで今の俺みたい。
でも、さ。
そんなスカスカな目玉でも、子どもたちの顔を輝かせることが出来る。
今のアジフみたいに。
「もうちょっと……砂糖、増やしてみるか」
──────────
それからかなりの時が経ち。
アジフという名のその少年は青年になり。
本当にドラゴンの目玉を手に入れたのだと聞いた。
しかも、それを使って戦争を止めたらしい。
どうやって止めたのかはわからん。
が、その日は空一面が白い膜に覆われた。
それがなんだったのか、今でも各所で専門家の研究が続けられている。
でも、だ。
俺にはわかった。
あれは、ドラゴンの目玉だ。
きっとドラゴンの目玉を空一面に広げて戦争を止めたんだ、あいつは。アジフは。
なぜかはわからんが本能でそう感じる。
ドラゴンの目玉仲間だから?
今でも気持ちで繋がってるのか、俺とお前は?
「だって、ドラゴンの目玉は世界を変えるんだよ!」
目を輝かせていたアジフの姿が昨日のことかのように頭に浮かぶ。
「やっぱ……ドラゴンの目玉だよな……!」
店の軒先で、空を見上げた俺の頬を涙が一筋伝う。
「おいじちゃ~ん、どうしたの~? 具合悪いの~?」
「なんでもない、目にゴミが入っただけだ。さ、
俺は今でも「ドラゴンの目玉」を売っている。
俺がここでこれを売っていようがいまいが、どのみちアジフは本物のドラゴンの目玉を手に入れてたのかもしれない。
けどよ。
俺も、俺の想いも、【英雄】アジフの一端、一欠片になれたような気がして、ちょっと誇らしい。
あのアジフのキラキラしたお目々。
奴はもっとスゴいことをやってのけるはずだ。間違いない。
そんなわけで、俺はこの先の人生も「目玉」に捧げていく。
ドラゴン退治に憧れ冒険者にもなってみた。
けど、世の中はそう悪くもない。
結局こうして細々と偽物の「目玉」を売る商売に落ち着いている俺だが、その想いはしっかりと受け継がれている。
そう確信してるから。
彼方の地にいるであろうアジフに届くよう、俺は空に向け大きく声を張る。
「あの英雄アジフが子供の頃に食べてたドラゴンの目玉だ! 砂糖いっぱいで甘くて美味いよ~!」
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