第2話 エンシェント・レリーフ

『ホワマジ』の世界には、チートアイテムがある。


 しかしそれは、プレイ三週目以降、RTA用のアイテムと言ってもいい。

 三つのそのアイテムを手に入れることで、チートな能力を獲得できるというもの。


 そのアイテムというのが『エンシェント・レリーフ』という古の石板である。


 エリシアの奴隷ルストとして転生してから既に数日。

 ルストはモブ奴隷二人に色々と聞き出し、今の状況を理解した。ちなみにモブ奴隷の二人の名前はジョージとヘンリーだ。


 現在は九月。主人公が王太子と出会うクリスマスイブの日の三ヶ月も前の時系列だった。

 ルストは少し安心した。本編が始まるまで時間があるからだ。


 それを聞き、エリシアが学校に入学するまでの間、『エンシェント・レリーフ』とレベル上げをすることに決めたのだ。


 と言ってもルストは奴隷。そう簡単に動けるわけもない。

 だから、こうして夜中抜け出して、動いているのだ。


「眠い……」


 当たり前だが眠る時間だ。しかも子供の体は睡眠時間を欲するのか、かなり眠たくなるようだ。

 そんな眠気と戦いながらやってきたのは、ここフロストベルグ王国のフロストベルグ魔術学校の裏にある洞窟。


 通常ならばこの洞窟はプレイ三週目からしか行けない。しかしいざ行って見ると洞窟に入る事ができたのだ。

 どうなっているのかわからないが、元々存在はしていたらしく、プレイ2週目までは物理的に行けないようになっていたが、この世界ではそういった制限はないように思えた。


 RTA用のアイテムであるので、この洞窟には魔物など存在しない。

 ルストはスイスイと記憶にある洞窟の中を進み、ものの三十分程度で奥までたどり着いた。


「これか……」


 目の前には灰色の石板『エンシェント・レリーフ』が石の台座の上に設置されていた。


 ルストはその石板に手を伸ばす。それだけで完了だ。



『——汝に我が秘術を受け渡す。これは優しく凪ぐそよ風、天にも触れる自然の大気——そして全てを吹き飛ばす神の息吹』



 女性の声が脳内に響くと、その石板が光りだす。

 眩しい光が徐々に収まっていくと、ルストは体の中に何かが芽生えた感覚を感じる。


 洞窟の入口のほうへと向かって手をかざす。そして一言。


「——ウインド」


 詠唱すると、突如不可視の風が巻き起こり、洞窟の入口へと向かって、ビュウっと鋭い風が吹いた。


「よし…………魔術は問題なさそうだ」


(体の中から何かが抜けていく感覚があったが、これが魔力——魔力値であるMPというものだろう)


 ゲーム画面のようにステータスは表示されないが、三週プレイしたルストにはおおよそ初期ステータスからレベルが上がってどれくらいのステータスになるかは想像できている。


 どのキャラもさほどステータスの上昇値に変化はないが、得意武器や得意魔術によって、多少なり変化することはわかっていた。


 今ルストがこの石板から習得した魔法は『風魔術』だ。

 風属性と言えば、一般的なファンタジーものの物語では、四大属性に属する一般的な魔術。


 しかしこの乙女ゲーではこの風魔術がチートなのだ。

 まず一つに風は人には見えない。無色透明なのだ。


 これだけでも凄いが、まだレベル1では上級のチート魔術は使えない。

 これからレベル上げをして習得して行くことになる。



 ◇ ◇ ◇



 ——レベル上げをしたいのだが、日中、ルストには日課が待っていた。


 学校に入学するまでの主人であるエリシアは暇を持て余しており、三人の奴隷の中でも特にルストに構っていた。


 ルストはこの世界では珍しい黒髪で、そして奇跡的にイケメンだった。まあショタではあるが。

 そしてエリシアの趣味がここ数日で理解してきていた。


 それは彼女がショタコンだということ。


 ルストは前世では、歳が近い女子で話せるのは従姉妹である東華しかいなかったため、他の女子には少し抵抗があった。ただ、数日も近くで接していれば慣れるというものだ。


「ほら、早くしてルスト」

「はい。エリシア様」


 今、エリシアは個室でマッサージベッドにうつ伏せになっていて、一糸纏わぬ姿。

 ルストが転生した瞬間と同じ状態になっていた。


 この奴隷少年ルストは、元々孤児だった。

 両親も兄弟もおらず、たまたま男爵家であるエリシアが自領であるベルカント領のとある村に視察に行ったところ、飢え死にしかけていたルストを発見した。


 というのもこのルストの体に根付いていた記憶がそう言っていた。


 孤児など無数に存在するため、一人一人救っていてはどうしようもない。

 正直見捨てられていてもしょうがない存在だった。


 しかし、エリシアがルストを見つけた時、瞳の色を気に入ったらしい。

 鏡で見たルストの瞳は琥珀色。英語ではアンバーと言われるこの色は黄色とオレンジの間のような色で透明感のある黄褐色だ。


 その琥珀色の瞳は、エリシアと一緒だったのだ。

 それに運命を感じたのかわからないが、エリシアはルストを奴隷にすることにしたらしい。


 でも、今となっては思う。

 エリシアは顔で選んだのだと。瞳の色はついでである。


 そうでないと、男であるルストにこんな卑猥なことをさせるわけがない。それに加え、他の奴隷二人にはマッサージはさせていなかったようだった。


「——では、失礼します」


 ルストは手にアロマオイルを垂らし、それを手のひらで温める。

 そうしてうつ伏せのエリシアの綺麗な背中に手を這わせていった。


「あっ……いいですわ……そのまま続けて……」


 エロいことをしているわけではないが、いちいちエリシアの声がエロい。

 

 いつかエリシアに襲われるのではないかと思い、ルストは日夜ビクビクしているのだ。


 マッサージは正直まだ良い。でも、この他にもルストには日課となっている試練があったのだ。



 ◇ ◇ ◇



「——エリシア様、失礼します」

「ええ、綺麗にしてちょうだい」


 ルストは高級そうなタオルを手に持ち、そこにボディソープをつける。ゴシゴシと泡立てると、それをエリシアの背中へと擦り付けた。


 もう一つの日課とは、エリシアと一緒にお風呂に入ることだった。


 最低でもルストは一日に二度もエリシアの裸を見ることになっていた。

 正直眼福ではある。あるのだが、ルストを見つめるエリシアの目が怖くてそれどころではない。


 ほら、今もそうだ。

 目の前の鏡に反射するルストの顔をうっとりとした表情で見ている。


「もっと強くしていいわ」

「それだとエリシア様の綺麗な肌に傷がつきます」

「いいから、私の言う通りにしてちょうだい」

「はい……」


 ルストはタオルを強く背中に擦り付けた。


「いいですわ……いいですわよルスト……っ」


 なぜか頬が紅潮し、嬉しそうに声を漏らすエリシア。

 ルストは気にせず背中を擦った。


 そうして背中や腕に肩まで完了すると前ということになるのだが——、


「ルスト、奴隷のあなたへの命令よ。私の前を洗いなさい」


 色々と言い訳を並べて回避しようとするも、こうやって主人命令を行使される。

 この世界には奴隷契約など存在せず、奴隷を強制させるような魔道具なども存在しない。


 なので、命令に逆らうことはできるのだ。


 しかしこの先、エリシアの機嫌を損ねて、ルストの乙女ゲー生活に支障が出ると困る。結局、彼はエリシアの言う事を利くしかなかった。


「はい……」


 ルストはエリシアの前へと移動し、十分に泡立てたタオルを彼女の発達した体に擦り付けた。



 ◇ ◇ ◇



 この日の夜、やってきたのはもう一つの『エンシェント・レリーフ』。


『エンシェント・レリーフ』は三つ存在するが、その二つ目だ。


 今度は洞窟ではなく、機会じみた遺跡のような場所。


 ルストが住むこの王国はそれほど土地が広くないようで、行こうと思えば、すぐにどこでも行くことができる。この遺跡もエリシアの家からはさほど遠くない。


 ルストは睡眠時間を削って遺跡に到着し、そのまま奥地へと進んでいった。


 すると、一つ目のレリーフ同様に石壇に設置されていた石板。

 ルストはそれに触れた。


『——汝に我が力を授ける。これは創造の集結、複雑怪奇な奇跡の短縮——そして時間を飛ばすの刻の術』


 女性の声が聞こえると前回と同じように光に包まれる。

 そうして光が収まった時には、ルストの中には何かが根付いていた。


 後ろを振り返り、遺跡の入口の方へと手をかざす。そうして脳内でイメージする。


(——ウインド)


 すると声に出さずとも、風の刃が前方へと吹き飛んでいった。


 これは『無詠唱魔術』だ。


 通常、声に出さなければ魔術は行使できない。しかしこのレリーフでは『無詠唱』を習得できる。


 無詠唱のメリットは敵と戦う際、先制攻撃ができることだ。


 このゲームの世界では必ず先制攻撃を取れたし、最低でも1ターンは相手より早く攻撃ができていた。

『風魔術』に『無詠唱』。これだけでも相当なチートなのだが、最後の一つがまだある。


 ただ、最後の一つは急ぐべきものではないので、ルストはしばらくの間レベル上げに専念することになった。



 ◇ ◇ ◇



 翌日の深夜、ルストは魔物が出現する森に一人でやってきていた。


 ここはゲーム序盤で登場する雑魚モンスターが出現する場所である。

 

 そしてルストは知っている。

 プレイ三周目以降に出現する経験値上げのための魔物——メタルラビットが出現する場所を。


 ルストはスコップを片手に森を進み、目的の場所までやってきた。


 その場所は森のほとりにある湖。夜中のためか水棲の動物や魔物も動きがない。しかし灰色の光だけが湖の周りをぴょこぴょこと飛び跳ねていた。


 うさぎの姿をしたメタル皮膚を持った魔物——メタルラビットだ。


 しかしレベル1のメタルラビットは素早すぎるし、見えない風魔術でも一撃で仕留めることはできない。

 一度でも攻撃すればすぐに逃げられてしまうし、メタルラビットの攻撃力的にも正攻法では勝利することは難しい。最悪一方的にやられて死ぬ可能性だってある。だからルストは事前準備をしていた。


 それは仕掛けだ。


 森の複数箇所に小さな穴を堀り、その上に草木を敷いた。

 雑魚の魔物であるラビットであれば、穴を飛び出すことができる。しかしメタルラビットは皮膚がメタルのせいか上下の動きに弱いらしく素早さと攻撃力は高いがそのせいでジャンプ力がないとか。つまり一度落とし穴に落としさえすればそこからは一方的だ。


 ゲーム内ではこのような穴を掘るような手口は使えなかった。しかし自由に動ける今のルストはその縛りにとらわれない。


 ルストは落とし穴と反対方向に移動し、木陰からメタルラビットに狙いを定めた。


(——ウインド)


 手をかざし、無詠唱の風魔術を発動。透明な刃が一匹のメタルラビットに直撃。驚いたメタルラビットはルストの想定通りに穴の方へと走り——仕掛けに嵌った。


 近づくと落とし穴に落ちて動けないメタルラビットがいた。

 ルストはスコップを持って上からメタルラビットを串刺しにした。


 正直かなり疲れたが、何度も攻撃したことでやっとライフを全て奪うことができた。


 するとその瞬間、体が光り出し力が込み上げてくる感覚を得た。

 これがレベルアップらしい。


 メタルラビットは一体討伐するとかなりの経験値をもらえる。

 ルストはレベル1だったため、すぐに経験値が貯まりレベル5になったようだ。


 ステータスは見えないはずが、ルストは自分のレベルはなぜか感覚的に理解できた。

 これなら主人公や攻略対象のレベルだって調べることができるだろう。


『ホワマジ』には、それぞれのステータス値が存在する。

 それは攻撃や防御に素早さや魔力値であるMPなど。つまり、レベルが上がるに従って物理的に体が強くなるのだ。


 ルストはこのあとも、時間をかけてメタルラビットを探し、コツコツと倒していった。


 


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