乙女ゲーの奴隷少年、全てを奪われた裏ヒロインを原作知識で救います

藤白ぺるか

第一章

第0話 プロローグ

『ホワイト・マジカル・ラブロマンス』——通称『ホワマジ』という乙女ゲームがある。


 主人公であるヒロインが、雪が降り積もるクリスマスイブの日、攻略対象の一人である王子と出会うことにより、魔術学園へと入学することになる。


 そこでは王子以外の攻略対象とも出会い、卒業するまでの三年の間、誰の好感度を上げていくかで最終的に結ばれる相手が決まるというストーリーだ。


 ただ、『ホワマジ』は普通の恋愛シミュレーションゲームではない。


 RPG要素のあるゲームで、レベル上げや敵を倒すといったイベントも存在するため、恋愛だけをすれば良いという内容ではない。


 主人公のヒロインは自分や王子たちのレベルを上げて戦っていくことで敵に勝利し、ストーリーを先へと進ませることができるのだ。


 そういった冒険要素や複数の可愛いヒロインも登場するため、女性のみならず男性もこの『ホワマジ』を購入するといった不可思議な現象が起きていた。


 奴隷少年であるルストは元日本人だ。


 あるきっかけが理由でこの『ホワマジ』の世界に転生してしまい、現在はあろうことか奴隷という身分。男爵家の令嬢に買われ、毎日を過ごしている。


 そして迎えたゲーム開始のクリスマスイブの日、街でケーキを購入して主の屋敷へと帰ろうとしていた時だった。


 街から少し離れた街道の端、降り積もった雪の中に人が頭から埋もれているのを発見した。


「おいっ! お前……大丈夫か!? 生きてるか!?」


 こんな場所で倒れていては凍え死んでしまうと思い、ルストは声をかけながら必死に素手で雪をかき分けた。


 そうして雪の中から出てきた人物。


 冬をイメージさせる肩まで伸びた白銀の髪に美しい瑠璃色の瞳、真っ白なきめ細やかな肌には複数の涙の跡。まだ若いのはずなのに王国を代表する宮廷魔術師の証である白を貴重としたローブはボロボロで。美少女なはずなのに、血色が悪く今にも死にそうな表情をしていた。


 このゲームを周回プレイしていたルストですら知らない人物だった。


 そうしてルストは彼女を雪から抱き上げて起こす。


「おい、何があったんだ。とにかく温かい場所に移動するぞ」


 そう手を引っ張ったが、少女はその場から動こうとしなかった。

 このままでは本当に体温が低下し死んでしまう。いくらゲーム世界だからと言ってもこの寒さではかなり危険だ。


「もう、おしまいです。私はもうおしまいなんです。生きている意味がありません」


 すると彼女は絶望を思わせる光を失った瞳のまま話しはじめた。


「アルク王子……彼に私の生み出した魔術の功績と研究資料——その全てを奪われました」

「なんだって!?」


 アルクと言えばまさにこのゲーム世界の中心人物。クリスマスイブの日の今日、主人公と出会う王子様のことだ。


 そしてアルクはゲームのスタートから高スペック。見た目はさることながら入学当初から王国を代表する魔術師——宮廷魔術師の称号を持っており、その技術力は折り紙付きだった。


 しかし、おかしい。

 アルクと言えば、新しい魔術を生み出し発表したり、生活に役立つ魔道具を開発し広めるなど、多数の功績を持っていたはずだった。


 それがどうだ。

 今の彼女の話を聞くと、まるでアルクがひけらかしていた功績の全てが、元々はこの子の功績だと言っているようではないか。


「もう王国にも学園にも私の居場所はありません。アルク王子が私から全てを奪い、追放しました。生きる意味が……生きる価値がなくなりました……! こんなんじゃ、実家にも戻れません……っ!」


 自分の頬についた涙の跡に重ねるように、再び涙を流しはじめた少女。

 ルストはその様子を見て、居ても立っても居られなかった。


「おいお前、名前はなんという?」

「ぁ…………」


 名前を聞かれて嬉しかったのか、雪に手をついたまま彼女はルストを見上げ、口を震わせる。

 そして瑠璃色の瞳がまっすぐにルストの瞳を見つめた。


「——スノウ・ル・シェライト」


「良い、名前だ……」


「ぁ……ぁ……っ」


 軽く褒められただけで、再び目に涙が溜まっていく。

 ルストはこの時決めたのだ。だからこの少女にこう言い放った。


「お前は今日、今この瞬間から『ルシェ』と名乗れ! ——この俺、ルストがお前を奴隷として買ってやる!」


 奴隷の身分でありながら、奴隷として目の前の少女を買う。


 この世界は奴隷に関する法律はない。ただ、お金で奴隷を買うことができると言った取り引きがあるだけ。


 なら、ルストでも奴隷を買える。


「お前の功績、俺が全て取り戻して見せる。だから、ついてこい。今から俺の……姫様の家に向かう。——温かいココアでも淹れてやるから、立ち上がれ」


 そう言って、ルストはルシェに手を差し伸べた。


「あぁ……ぁぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!!」


 体が震え、手が震え、瞳が震え、心が震える。


 目の前の少女スノウ・ル・シェライトは、今この時から『ルシェ』として生まれ変わる。


 ルストがこの世界でやること、それはただ乙女ゲームの世界を生き抜くことだけではなく、ルシェの功績を取り戻し、あの王子にギャフンと言わせること。


 それが奴隷少年として転生したルストの目的の一つになった。


 空から雪が降り積もるクリスマスイブのこの日、二人は運命の出会いを果たし、そして乙女ゲーの世界へと踏み出していくことになる。


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