第11話 モブ、巻き込まれる

(おいおい……!主人公じゃねえか……!)


見間違えるはずがない。

二次元からそのまま飛び出してきたらこうなるだろうっていう美少女だ。


「こんにちは。そこのお嬢さん」


(ッ!?バカ!何いきなり話しかけてるんだよ!?)


隣にいたハンクがいきなりジェシカに声をかける。

俺はジェシカが平民であることを知っているからまだしもハンクは先程初めて見たという言い方だった。

もし仮にこの相手が貴族だったらどうなるかはあまり考えたくない。


(おい!いきなりなんでそんな命知らずのことするんだよ!?貴族様だったらどうするんだ!?)


(止めてくれるな、エドワード。俺は彼女のためなら命をなげうってもいい)


小声でハンクを止めようとするとやべえ言葉が返ってくる。

恋人でもない初対面の男にそんなこと言われても気持ち悪いだけだろうが。

言ってることが無茶苦茶過ぎる……


「あら?どちら様ですか?」


その少女の声は声優さんと全く同じ声。

ここまで影響されるのか、と思いつつ息をのむ。


「はじめまして、俺はハンクと申します。あまりの美しさについ声をかけてしまいました」


「ふふ、お上手ですね。私はジェシカといいます」


(どうする……!こんな序盤の中庭で発生するイベントは俺の記憶にはないがやったことがない別ルートでイベントがあった可能性も無くはない。こんな序盤でのルート分岐は無いと信じたいが無いと言い切れない……!)


ここで大幅にストーリーが狂ってしまうのはマズい。

俺が持つ最大のアドバンテージをみすみす消してしまうことになる。

中盤以上に序盤は繊細だ。

ここで歴史を変えてしまうのはまずいにもほどがある。


「ジェシカ、一体どうしたの?ってあれ?友達?」


俺がどうするべきか悩んでいると後ろからまたしても聞き覚えのある声が聞こえてくる。

まさか、と振り向くとそこにいたのは俺の頭に浮かんだ通りの人物だった。


アリシア=ハミルトン。

ハミルトン家は光の巫女の素質を持つジェシカの才能を見い出しこの学園に推薦した言わばジェシカの後見人の家。

そこの長女であるアリシアはストーリー上でもパーティーに加入することは無かったものの無二の親友としてジェシカを支え続けていた。

この場所に既に二人もマジロマの超重要人物が揃っていることに動揺が隠せない。


「アリシアちゃん。ううん、初めてお話ししてるんだよ」


「初めて?私はハミルトン伯爵家が長女アリシアと申します。失礼ですがあなた達の名前を伺っても?」


アリシアの視線が鋭くなる。

既にジェシカに言い寄る人物がたくさんいたのだろう。

銀色の髪をポニーテールに結んだ彼女はジェシカを抱き寄せ厳しい視線を向けてきた。


「は、はじめまして。俺はハンクと申します」


「俺はエドワードです」


「平民の方たちですか……!私は過剰な身分制度を肯定するわけではないので話しかけるなとは言いませんが1人の人間として最低限の礼儀を持ってください。初対面の女性相手にいきなり口説くなど失礼ですよ」


アリシアの言っていることがあまりにも正論すぎる。

普通に街だとナンパは無いわけじゃないが貴族の世界でナンパはご法度。

気軽に遊べる身分と立場じゃないし、この学園に貴族令嬢がたくさん籍を置いているからこそこういう軽率なことはしてはならなかったのだ。


「申し訳ありません……」


ハンクが項垂れて言うとアリシアは次にこちらに視線を向けてくる。

その表情は先程と変わらず厳しい。


「あなたは特に反省は無しということでいいですか?」


「え?」


「あなたもジェシカに声をかけたのでしょう?」


あれ!?なんかめちゃくちゃ誤解されてる!?

俺完全に被害者なんですけど!?


「い、いや俺は……!」


「なんですか?」


「アリシアちゃん。私この人から別に言い寄られたりしてないよ?」


「えっ!?」


見知らぬ怪しい男の弁明よりも親しき友の一言。

どう弁明しようか考えていたときにジェシカの救いの一言が投げ込まれる。

このままではナンパしてお貴族様に怒られたのに全く反省しない不遜な平民認定を食らってしまうところだった。


「ご、ごめんなさい……!私ったら勘違いして……!」


「別にいいですよ。あの状況だったら勘違いしてもおかしくはありませんし」


「本当にごめんなさい……ジェシカは殿方に声をかけられることが多いのでそのうちの1人かと……」


まあ実際にハンクも声をかけてたわけだしね。

僕達のこともすぐにジェシカに声をかけた有象無象として記憶に残らないことを願おう。

そうすればストーリーに関与していないのと同じだ。


「それでは俺達はここらへんで失礼します。いくぞ、ハンク」


「あ、あぁ……」


俺がハンクの手を引き、すぐにこの場から離れようとした瞬間、目の前から近づいてくる男たちの集団に気づく。

その一団は他の人達とは一線を画した雰囲気を纏っている。

そこにいるだけでまるでそこが少女漫画の世界に入ったようなそんな感覚。

そのメンツに俺は言葉を失った。


(こ、攻略対象たちじゃねえか……!なんて間の悪い……)


宰相の息子でありショタ担当のロリー=ヘイル、騎士団長の息子であり熱血担当のロブ=カウルズ、他国から留学中の王子である不思議ちゃん担当ケネス=ウォーレン。

そのメンツだけでも圧倒されてしまうのにその集団を率いていたのはクリミナル王国第一王子アレックだった。


「ジェシカとハミルトン嬢じゃないか。こんなところでどうしたんだ?」


「あ、アレック王子殿下じゃないですか。ただアリシアちゃんと一緒にこの方たちとお話ししていただけですよ」


「こいつらと?」


先ほど感謝しか無かった救いの手を差し伸べてくれたジェシカが今度は文字通り俺達の命が吹き飛びかねないキラーパスを出してくる。

攻略対象たちは厳しい目つきでギロリと俺達を睨んでくる。


(くそ……!もうジェシカと攻略対象たちは仲が良くなってたのか……!想定より早いな……!)


まさかこの場に攻略対象たちまでやってくるのは想定外だった。

俺達の間になんとも言えない空気が流れる。

だが俺達に逆らうという選択肢は無いのですぐに最敬礼の形を取る。


「も、申し訳ありません。少々ジェシカさんとハミルトン様と世間話をさせていただいていました」


「えぇ〜私に美しいって言ってくれたじゃないですか〜!」


ハンクがなんとか取り繕おうとするがジェシカによる無慈悲な一撃が襲う。

なんでそんな何度もキラーパスしてくるんだ!?

わざとか!?わざとなのか!?


「と、ジェシカは言っているが?」


「じ、ジェシカさんは誰が見たとしても美しいと答えるでしょう。誓って下心などございません」


救いだったのはまだハンクがなんの口説き文句や下心を口にしていなかったこと。

しばらく厳しい視線を向けていた王子だが一つため息をついた。


「まあよい。これからは二度と話しかけることが無いようにな」


(二度と!?まずい……!それではハラルア防衛の件はもう叶わなくなってしまう……!)


だが流石にこの雰囲気では言い出せない。

もう諦めるしかないと俺は一つ頭を下げてハンクと共にこの場を去ろうとするとそれを引き止める者がいた。


「ま、待ってください。エドワードさん、あなた何か言いたいことがあるのでは?何やら苦しそうな顔をしてましたし……」


「そうなのか?言ってみろ」


アリシアという上位貴族の言葉を無視できるはずがない。

俺が振り返るとアレック王子が何やら見定めるような目で俺を見てくる。

思えば、アリシアはストーリーでもすごく聡いタイプで人が悩んでいるとすぐに気付き親身になって聞くという立ち位置のキャラだった。

俺は結構ゲームでアリシアが好きだったのだがその目ざとさが今ばかりは仇となる。


「い、いえ……そんなまさか……」


「言え。俺はこれでも王子だ。王族に嘘をつくような輩は信用できないからな。次に嘘を付けば首をはねる」


(なっ……!?嘘だろ……!?)


もはや逃げ道すらなくなってしまった。

適当なことを言って嘘が露見すれば俺は死にハラルアも襲われてしまう。

俺はもはや八方塞がりになりせめてと俺は最敬礼をとり、声を張り上げる。


「……っ!ハラルアが大規模な魔物の襲撃を被る可能性があります!どうかご助力いただきたいです!」


「ハラルア……ふむ、その根拠は?」


「近年、ハラルア近郊の森で魔物が増えています!このままでは森から溢れ飢えた魔物たちがハラルアを襲いハラルアが壊滅してしまいます!」


調べてもらえばすぐにわかるほど明らかに魔物の数が増えているのだ。

これは魔王の手下が人類に攻撃をするために魔物を集めていることが原因なのだがそれをこの世界の人たちに伝えてしまったら魔物と内通していると疑われかねない。

客観的事実しか述べることはできないのだ。


「ふむ……ハラルアか……」


「どうか…何卒……!」


「そうだな……」


しばらくの沈黙がこの場を支配する。

たった一瞬だったはずなのに永遠にも感じる沈黙を破ったのは当然王子だった。


「断る」


俺は絶望でハッと顔を上げる。

俺を見つめる王子はゲームでは一度も見ることはなかった凶悪で冷徹な微笑を浮かべていた──

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