「こーゆー」関係をなんと呼ぶ?
にゃー畜
なんてことない普通の登校
まだ朝に肌寒さの残る四月上旬。
若干の憂鬱を抑え玄関のドアを開ける。
「おはよ」
「ん、もう来てたのか」
「そりゃ柿崎くん寝坊してるし……」
ドアの前にいる彼女は
俺が毎朝登校を共にしている相手だ。
こう聞くと付き合っているだとか、幼なじみだとか色々な憶測が飛び交いそうなものだが俺たちは違う。
朝一緒なだけで学校で話したことはないし、一緒に帰った事もない。
知り合い…友達…どれが適切なのか分からないがこの関係自体は1年の頃から続いている。
「……行かないの?」
「……すまん、考え事してた。」
「ほら、ネクタイずれてるよ」
藤宮の手が首元まで伸びてくる。
玄関先で女性が男性のネクタイを直す光景、傍から見れば……そんなわけないか。
「よし、直った」
「サンキュ。それじゃあそろそろ行くか」
こうしてまた、平凡な一日が始まる。
♦︎
今日も今日とて天気は快晴、新学期を迎える俺たちを出迎えているかのようだ。
通学路にはちらほらと新入生がいて、1歳差しかないのにどこか初々しさを感じる。
「……なんか懐かしいね、あの感じ」
「もしかして新入生を見て言ってるのか?」
「ま、そんなところ。希望に満ち溢れた顔を見てるとどうしてもそう思っちゃってさ」
その言い方だと今は希望無いみたいになってないか藤宮。
「……とは言っても歳は1つしか変わらんぞ」
「でもさ、1年の経験値の差って結構大きくない?」
「ない……とは言い切れないな」
藤宮の言うことにも一理ある。
実際1年から2年に進級するまでの1年間はかなり濃密だったと俺自身も思ってるわけで。
「『高校に入ったら彼氏の1人でも作ってやる!』とか意気込んでたエネルギッシュな私はどこにいったのかなー」
「俺も『テストで学年1位』とか意気込んでたんだけどな。今じゃあど真ん中さ」
この1年間、得たものもあれば失ったものもあると改めて感じるな。
……にしてもこいつに彼氏が欲しい願望があったのは意外だな。そういう感情が欠如しているやつかと思ってた。
こう言っちゃなんだが、見た目は良いわけだし作ろうと思えば作れるだろ。
そんな事を考えながら歩いていると、いつものコンビニが見えてきた。
「今日も寄るのか?」
「お弁当作ってないし、そうしようかな」
このコンビニは俺たちの家から1番近くもあり、学校から1番近いコンビニでもある。
距離にして約5分と言ったところか。
足早に店内へと入店し、いつもと同じパンコーナーへと歩みを進める。
「今日あんま時間ないんだし、パパっと選んだ方がいいぞ」
「遅刻しそうになってるのが
「……ゆっくり選んでくれ」
そうだった、朝寝坊したのは俺か。
遅刻の張本人が他人を急かすというなんとも見苦しい行為を尻目に、藤宮はパンを吟味している。
「定番のカレーパンか、それとも新商品のチーズクロワッサンか……チョコふわパンも捨て難いなあ」
「もうその3つ全て買えばいいんじゃないか」
「……太りそうじゃん」
「別に今日の昼休みに全部食わなければいいだろ。明日の朝にでも回せばいい」
俺の言葉を聞いた藤宮の顔が固まる。
なんか変なこと言ったか俺?
「……それもそうだね」
「納得して貰えたようで何よりだ」
「じゃ、会計してきちゃうね」
どこかウキウキした顔で会計へと向かう藤宮を横目に外へと出る。
「……さっむ」
コンビニの中が暖かかったせいか妙に外が寒く感じる。まあ、4月頭の気温なんてこんなもんだろう。
ポケットに手を入れると同時に桜が混じった少し冷たい風が頬をかすめる。
その風は昔の記憶を運んでくるようで――
『ねえ柿崎くん。一緒に登校しない?』
『どういう風の吹き回しだよ』
『んー、春風?』
『訳が分からん……が、断る理由もないし一緒に登校するぐらい構わないぞ』
『ほんと?ありがとー!』
さほど遠くは無い1年前の記憶が蘇る。
俺はいつか聞けるのだろうか。あの時のあいつが何を考え、何を求めていたのかを。
「……崎くん、柿崎くん!」
「も、戻ってきてたのか」
「……いいから時間見てみな?」
藤宮の声で現実に引き戻され、腕時計を確認すれば時刻は8時25分。やばい。
走ろう!その藤宮の一声で俺たちは走り出す。
「俺としたことがボーっとして遅刻しそうになるなんて……」
「いやいや、朝も寝坊してるの忘れないでね?」
ゼェゼェと息を荒く吐きながら学校へと走り続ける。若干肺が痛む気もするがそんな事を気にしている場合じゃない。
「……見えたぞ」
徒歩でも5分の距離にある学校だ、校舎自体はすぐに見えてきた。まあ、門から教室までの距離も考えたら走り続けなきゃダメだが……
…隣を走る藤宮の顔は芳しくなさそうだ。
「大丈夫か?」
「あーうん……はぁ……多分…大丈夫」
「……こりゃダメそうだな。ほら乗れ」
1度地面にしゃがみ、背中を差し出す。
おんぶで昇降口ぐらいまで駆け抜けてやろうという作戦だ。どうせ人とも大して合わないし多分大丈夫だろう。
「……いや、恥ずかしいって」
「今日から新学期という日に、こんなギリギリで来るやつはいないだろ」
「それはそう……だけど」
「いいから乗れ。俺のせいで走らせたんだからそれぐらいの罪滅ぼしはしたい」
「……お言葉に甘えようかな」
少しふらつく藤宮を背中に乗せ、走り出す。
藤宮も女子なので下手なところは触らないよう抱える部分も足にしているわけだが……。
背中に柔らかい感覚があるし藤宮は思ったよりがっちりホールドしてくるしで色々と情緒が大変だ。
よく考えたら女子を背中に背負って登校ってなんなんだ?新手の惚気か?
自分から言い出したことなのに今になって羞恥が襲ってくるとは……。
その後、心を無にした俺は今まで出したことの無いスピードで昇降口まで駆け抜けた。
結局昇降口に着くまで誰にも会わなかったのは幸いと言えるだろう。
「おぶってくれてありがとー。実際体力やばかったから助かったよ」
藤宮とはクラスが違うためいつも昇降口で別れる。『また明日』そんな言葉を交わして。
だがここ最近、昇降口での別れが名残惜しく感じるようになってきた自分がいる。
理由は……わからない。
多分この関係は高校卒業と共に消えていく。それが分かっていて名残惜しさなんてものを感じてしまうのは愚劣極まりない。
なのに何故か、日に日にこの名残惜しさというものは強くなっていく。
だから俺はこのよく分からない関係に答えを出したい。そうすればきっと、この感情の意味にも気づけるはずだ。
そのために今、俺ができること。
「それじゃ、また明日ね柿崎くん」
いつものようにヒラヒラと手を振り別れの挨拶をする藤宮。
俺も普段は『また明日』と返すだけだった。
だけど、今日は。
「『また明日』を言うには、ちょっと早い時間だと思わないか?」
「……どういうこと?」
「まだ8時28分だ。これから一日が始まろうかという時間だぞ」
「……何が言いたいの」
これから言うことは俺のわがままだ。
拒否されるかもしれないし、下手したらこの関係自体に終わりを告げるかもしれない。
けど、俺は………
「別れの挨拶は別れの時間にするべきだ」
だから、と一呼吸おいて次の言葉を紡ぎ出す
「……今日、一緒に帰らないか?」
心臓の鼓動がうるさい。
誰もいない昇降口に響き渡るんじゃないか、そう思うほどに。
「……ふふっ」
「……何がおかしい」
「そっかそっかー、柿崎くんはそんなに私との時間が楽しかったかー!」
「……そうなのかもな」
「……!」
俺の言葉を聞いた藤宮の顔が少し紅潮したような気がするが、多分気のせいだろう。
「んで、返事は」
「友達付き合いもあるからさ、毎日ってわけにはいかないけど。それでもいいなら」
「……俺は今日の話をしたんだが」
藤宮は分かりやすいぐらいに慌てていた。
まるで……というか多分照れ隠しだなこれ。
「あーうん!そうだよね!今日は大丈夫!」
「じゃあ放課後、昇降口待ち合わせで」
「……うん、わかった」
約束を取り付け、各々の教室へと急ぐ。
階段を昇る足取りもどこか軽く、ここまで走ってきたとはとても思えないぐらいだ。
いつもとは違う軽い足取りの理由。
それを俺はまだ知らない。
「こーゆー」関係をなんと呼ぶ? にゃー畜 @rurumiman
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