第23話 崩壊世界ではありふれた過去

 守りたかった。


 物心がついたときから、俺たちは妹と二人で路頭を彷徨さまよっていた。今思えば俺たちは捨てられたのだと分かるが、当時の俺たちにはそのことを自覚することすら許されなかった。


 路地裏から見る大人たちは酷く不愛想で、誰もが俺たちを認識しようとしない。崩壊した世界では、他人に心を割く暇なんてこの世界には存在しなかった。


「けほっけほっ……おにぃちゃん……」

「大丈夫だ未海、おにぃちゃんが何とかしてやるからな……?」

「……うんっ」


 今日を生きることすらギリギリな俺がついたそんな嘘でさえ、未海は信じてくれていた。

 優しくて、こんな兄を慕ってくれてる……そんな未海と少しでも幸せに暮らせるようにと、俺は着の身着のまま探索者ギルドの戸を叩いていた。


「……たんさくしゃになりたい」

「おめぇ何歳だ?」

「……わからない」

「見たとこ五歳かそこらか……帰りな、ガキが出来るような仕事じゃねぇよ」


 受付にいた男にそう冷たく突き放されても、俺は未海のために金を稼ごうと必死だった。

 崩壊した世界では大人ですら仕事にありつけないことがある、増してや知識も技術も無い子供の俺に出来る仕事なんてこの世界には一つしかなかった。


「かえるばしょがほしいから……ッ、たんさくしゃになりたいんだよ……!」

「っ……おめぇ」

「これしかないんだ、おれには……!」

「ちっ、めんどくせぇ……探索者は自己責任だ、死んでも文句言いに化けて出てくんなよ」


 赤いメッシュを髪をかき上げてガリガリと頭を掻いたその男は、俺を探索者として登録してくれた。そのことが上にバレて降格されたと嘆いていたのをよく覚えている。

 装備を買うお金なんか無かった俺は、単身で浸食空間に潜って――すでに空間内で死んだ探索者の装備をかき集めていった。


 使えるものは何でも使い、使えないものは拾って金に変える。エネルジークに襲われて必死に逃げながら死んだ探索者の装備をかき集めていた俺は、いつの間にか探索者たちから『死体漁りスカベンジャー』と揶揄やゆされるようになっていた。

 

「おいおい、『死体漁りスカベンジャー』が来たぜ……」

「てめぇがいると不吉なんだよ、さっさと消えやがれ!」

「お前が姿を現すと俺たちがもうすぐ死ぬかもって思われてそうでムカつくんだよ!」

「…………」


 街を歩いているだけで石を投げられる、浸食空間内で出会うだけで悲鳴を上げられる……それでも俺は、未海の幸せのためにどれだけボロボロになろうとも危険な場所に身を投じていた。


 店でご飯を食べられるようになった。ボロボロで風呂にも入ってないような子供が二人、店はすごい迷惑そうだったが……ゴミ箱を漁らなくてもご飯を食べられるようになった。


 服を買えるようになった。寒い冬の夜を、二人抱き合って段ボールに包まれなくても暖を取って過ごせるようになった。


 そして……。


「すごいよおにぃちゃん! 雨で濡れないし、風で寒くない!」

「だろ未海。今日からここが、俺たちの『家』だ!」

「わーい!」


 小さくても、ぼろくても。屋根と壁のあるアパートの一室を借りれるようになった。蛇口を捻れば水が出ることに、未海が驚いていたっけ……そんな最低限の幸せが、やっと――手に入ったんだ。


 その時にはもう俺は12歳になっていた。読み書きも出来ない、計算もろくに出来ない馬鹿だったが、未海がボロボロな畳の上を転がって喜びを全力で表現している姿を見て一人、顔も知らない両親に「どうだ、やってやったぞ」って言ってやりたかったのは覚えている。


 衣食住、その全てが手に入った。もちろん、それを維持するためには今までの頑張りを続けなければならないが……何も持っていなかった俺たちが、やっとここまで手に入れたという事実に、俺たちの可能性は無限に広がっていくような気がしていた。


 なのに。


――ガシャアァン……ッ

「けほっけほっ……!」

「未海? 未海⁉」

「おにぃちゃ……くるし……ぃ」


 ある日、突然未海は胸を抑えて倒れてしまった。すぐに俺は未海を抱えて病院に走り、未海の容態を診てもらう。

 診察代も馬鹿にならない値段だったが、それでも何とか捻出してみてもらった結果……。


「先天性の『無エネル中和器官症候群』ですね」

「せんてんせい……ちゅうわ……?」

「えーっと、分かりやすく言いますと――未海さんは、この環境で生きるために必要な器官を持っていません」

「……ッ!」


 医者から告げられた言葉は、馬鹿な俺でもよく分かるものだった。エネルは浸食空間以外でも微量に存在しており、普通の人間は体内に取り込んでしまったエネルを中和して消化する器官を持っているから今の環境でも生きていける。


 だが未海はその器官がない……この七年間、いや未海が生を受けてから十年の間、少しづつ体内で蓄積していったエネルが今になって未海の身体をむしばんでいたのだった。


「そんな、未海は……未海は助かるんですか⁉ 先生!」

「彼女に合う臓器のドナーがあればですが……通常、親族あたりでないと親和性が――」

「親族ッ! 血が近いんならいいんだな⁉ 俺のを使ってくれ、未海がいきられるのなら、俺のを!」

「落ち着いて! 蓮司さん、気持ちは分かりますが……今度はあなたが『無エネル中和器官症候群』になってしまいます」


 それでもいい!未海を助けられるならッ!と俺は激しく医者の先生に訴えた。俺の人生は未海のためにあった、未海を失うぐらいなら――と。

 だが、現実はさらに非情だった。医者がそれならと俺の臓器が未海と合うかを調べてくれていると、深刻そうな面持ちで先生が重々しく口を開く。


「蓮司さん……非常に申し訳にくいのですが。貴方のエネル中和器官は――」


 ――六割が機能していません。

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