崩壊世界の探索者は娯楽を求める~俺は本屋を盛り上げたいのに、探索者の方の俺ばかりが人気になっていくんだが⁉~

夏歌 沙流

第1話

 俺の名前は蓮司レンジ、ここ『新千代田区』で本屋の店主をやっている。

 売り上げは聞くな、赤字とギリ黒字を行き来しているんだ……ちなみに今月は赤字。


「うーむ、今日も店内は閑古鳥が鳴いているなぁ。やかましいぐらいに」


 静かな店内をカウンターから見渡しながら、頬杖をついて自虐をかましてみても客が生えてくるわけもない。仕方ない、これが崩壊した世界の日常だ。


 ――かつてこの世界は一度崩壊した。

 21世紀に発掘された新エネルギーである『エネル』という物質は、人類の手に余る代物だった。研究中に大規模な爆発事故を引き起こし、世界は一瞬で崩壊。人類は一瞬にして、文明も土地も失った。


 それでも人類は諦めずにエネルに浸食された空間から情報記録媒体を持ち帰っては分析して、文明を少しづつ取り戻していっている。


「まぁ、そんな生きるのに必死な今に『娯楽』が流行るわけもないよなぁ……一応マンガも小説も、立派な『情報記録媒体』なんだけど」


 本棚に置かれている巻数が飛び飛びのマンガや小説を眺めつつ俺は項垂うなだれながら愚痴る。


「いやわかるよ? 娯楽作品は情報の有用性が低くて買い叩かれるからってわざわざ危険な空間から命がけで持ち帰ろうとする『探索者バカ』がいないのは。でも、でもさぁ……」


 額をカウンターに押し付けて、俺は巻数が歯抜けのシリーズものに思いを馳せる。単行本ならまだしも、シリーズもので1巻の次が4巻とかザラ……続きが気になるのに続きが無いマンガや小説だらけというのもあり、本屋の需要はほぼゼロだ。


 自分でもたまに探索者の真似事をして浸食空間に潜っては本を探しているが、シリーズものの収穫は乏しい。

 折角見つけたと思ったら持ちあげた瞬間に朽ちた時とかもう……ね?


「崩壊した世界では、ユーモアが必要なんだよ……自分の事しか考えられなくなって、大切なものを失う前に……さ」


 一人静寂の中、俺は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。随分と古ぼけてしまったそれには、小さい頃の俺と――亡くなった妹の未海みうが仲睦まじく笑いあっている様子が映っていた。


未海みう……にぃちゃん頑張るからな。お前が読みたがってたマンガの続き、絶対見つけて見せてやるから」


 俺は写真を撫でながら、ぽつりと呟く。思い返すは、病にせていた未海を治そうと、高い病院代を支払うために躍起になって探索者として毎日ボロボロになるまで働いていた日々。

 13歳の頃から五年間、働いて働いて働いて……やっと未海を病院へ連れていける金額まで貯まった時には、もう……未海は――。


 両親がいなかった病弱な未海を一人にしてしまい、「続きが読みたい」と珍しくおねだりしてきたマンガの続きすらも俺は『安いから』と満足に探さなかった。


「ほんと、ダメなにぃちゃんだよな……」

――カランコロンッ。

「っ、いらっしゃいませ!」


 いくらしてもし足りない後悔に俺が暗い影を落としていると、いきなり入り口の扉が開いたことを知らせるベルの音が鳴って現実に引き戻される。

 慌てて写真を胸ポケットに直して後悔を胸の奥にしまい、久しぶりの客を笑顔で迎え入れると店内に入って来たのは――。


「帰れッ!」

「いきなり客に対して失礼じゃないレンジ? もし私が本を買いに来てたら、今ごろ貴重な機会を損失してたわよ?」

「そういう冗談は一度でも本を買ってからほざけ。お前が来るときは大体が『依頼』の話で、それも大至急なものばかりじゃねぇか⁉」

「よくわかってるわね! 流石は私の専属『探索者』!」


 ――あんまり会いたくない相手であった。一瞬で口の端が上から下に下がった俺は仏頂面を全面に押し出しながら、本棚に向かわずに長い赤髪とデカい乳を揺らしながら一直線にカウンターに向かってきた女性と相対する。


「誰がテメェの専属だ⁉ 俺の仕事は『本屋』なの、面倒くさい依頼なんざ他の探索者に頼め!」

「他の奴に頼めないからあんたに頼んでるんじゃない、私だって複雑な立場なの」

「複雑な立場の奴がグレーな奴と接触するんじゃねぇよ……っ!」

「じゃあ警察に逮捕されないために私の言うこと聞くしかないわね? ちゃんと依頼料は払ってあげるんだから、別にいいでしょ?」


 断られるとは微塵も思ってないのか自信ありげに胸を張る彼女――エレナ・ラフィエール。

 腕を胸の下に回してデカいおっぱいがさらに強調されているが、これに食いついたら最後……死ぬまで利用されるのがオチだ。こいつは自分が美人であることも、今おっぱいを強調してるのも全部分かってやっている。


 ――ふっ、甘いなエレナ。俺がそんな見え見えの誘惑に乗るような奴とでも思っているのか?


「…………そんな至近距離で見られると、さすがの私も恥ずかしいんだけど」

「どうせ断れないんだ、得は少しでも拾っておくに限る」

「はぁ……そういう隠さないところ、嫌いじゃないわ。でもこれ以上見たら金とるわよ」


 カウンターから身を乗り出して俺がおっぱいを見ていると、胸の下に組んでいた腕を上にずらして隠すようにするエレナ。ちっ、ケチな奴め!

 タダで巨乳を拝めるんなら拝むに決まってんだろ、わざと見せつけてるくせにッ!


「別に見ても減らんだろうが!」

「あのねぇ……これでも私、偉い立場の人間なんだけど」

「『探索者ギルド』の本部長様がわざわざ自前の探索者を使わずに非正規モグリの俺に依頼を出すとか、どうせ厄介極まりない代物だろ」

「あんたが正式にウチで契約しないからでしょ? ただでさえ質のいい探索者の数が年々減っていってるというのに……」


 恥ずかしかったのか頬を赤く染めながらも、胸を隠したまま垂れている赤い毛束を指に絡ませて俺に文句まで垂らしてくるエレナ。

 「ねぇ~、ウチで正式に契約しなさいよぉ~」と駄々をこねる子供のように誘ってくるが、俺は手のひらを前に出して『No』の意思を突きつける。


「正式の探索者になったら、ノルマで忙しくなって本屋が出来なくなっちまうじゃねぇか」

「あくまで本屋が出来なくなるからが理由なのね……客居ないくせに」

「うるせっ、これが俺の『やりたいこと』なんだよ。赤字だからといって止める気はない」


 俺はふんっと鼻を鳴らしながらエレナの誘いを断った。

 今の人々が娯楽に目を向けられないほど生き急がなければいけないってのはわかる……けどな、娯楽ってのは『文化』なんだよ。


 遠い昔に刀鍛冶の手法が継承者がいないために失われてしまったように、マンガや小説だって誰かが継いでいかないと消えてしまう。だからせめて、俺が拾って今の時代に継承してやる。


 ――未海が言ってた『本屋さん』の夢を、にぃちゃんが代わりに叶えるんだ。


 さて、本屋本業の赤字を補填するためにひと頑張りしますか……俺はエレナに依頼の詳細を聞くために、入り口にあるOPENと書かれた看板をひっくり返した。

 どんな厄介な依頼を持ってきたのやら、俺はこれからの苦労に思わずため息を吐く。


 ……まさかこのエレナの依頼で俺の運命を大きく動かすきっかけになろうとは、この時の俺は知る由も無かった。

 失った悲しみを繰り返したくないと願い、大切なものを作ることを恐れていた俺が、新たな絆を紡ぐ――それが新たな希望となるのか、それともまた痛みを伴う運命を呼ぶのか。


 ただ一つ言えることは、これは俺が誰も求めなくなった『本』を通じて、世界に希望を取り戻す物語であるということだ。

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