第3話

 私が混乱して呆然としていると、李老師が口を開いた。


「あれから少し考えたんじゃが、ここは周司令官の自害は隠そうと思う。司令官の自害なんて革命軍全体の士気に関わる。どうじゃろう。麗君?」


どうやって隠す?

あ。

こいつか。


「ジジイ、嬢ちゃんにそんな判断を委ねるのは少し無理があるぞ」


李老師は口をつぐむ。

悔しいけど、確かにそんな大事なことを私に判断を求められても無理だ。

私も口をつぐむ。


「全軍に告ぐ!!」


そいつは勝手に館内放送のマイクに向かって演説を始めた。


後世に残る「全軍に告ぐ」演説の始まりであった!!



全軍に告ぐ!!


我が名は周恩君。

革命軍第二部隊副司令官 シューティングスターであり、革命軍第一部隊東部方面軍司令官 周恩楽の兄である。


我が弟 周恩楽は政府軍の凶弾に倒れた。


これは革命軍の敗北を意味するのか。

否。

戦いの始まりである。


物量で圧倒する政府軍は革命軍に劣勢を強いられているではないか。

これは政府軍の無能を意味しているのである。


その証拠にこんな小さな基地の奪還に百万の大軍を向けている。

間もなくこの基地はかつてない大軍に包囲されるだろう。

そして、思い知るのだ。

我らの理想こそが正しいものであることを。

神の怒りの炎に葬られながら。


さあ、行こう!!

我らの理想郷へ!!



 そいつの演説が終わり、兵士たちは異常な熱気に包まれていく。狂っている。そう、そいつも狂っているし、周りの兵士たちも狂っているのだ。これからこの小さな基地は百万の大軍の攻撃にさらされるというのに。狂っているという表現以外には私には見つからない。


 やがて、永昌基地を大軍が包囲し始めた。

百万?

いや、もっといるよ。

もうダメ。


これまでに経験したことのない物凄い轟音と地響きが続く。私は司令室の窓から激しい轟音と地響きが続く異様な光景を目にすることになる。


百万を超える大軍が押しつぶされ、兵器はすべてその場で潰され周囲を焼き尽くしていく。


神の炎。

まさに、その言葉がぴったりの光景だ。


そして、兵士たちの先頭で右手を天に突き上げるそいつ。そいつを囲み、狂乱する兵士たち。


私はこの時初めて戦争の狂気を知ったことに気付いた。



 その異様な光景を目の当たりにし呆然としている私の肩を李老師がたたく。


「麗君。もうそろそろ受け入れた方が良い。大丈夫。彼は君の敵ではない。たとえ世界のすべてが君に敵対しても彼だけは君の味方だろう」


李老師にそう言われ、何故だろうか。それを否定せず当然のことのように受け入れている自分がいる。

そいつは誰なの? 

周司令官の兄? 

違う。私にかなり近い人物。

清兄?

では、あの清兄は誰なの?


「目に見えているものを信じてはいけない」


李老師がふたたびそう言い、さらに続ける。


「ワシもそろそろ自分の役目を果たそうと思うてな。ここらで隠居しようと思うとる」


「まだ老師がいなければ、革命軍は立ち行きません。もう一度お考え直しください」


「いやね、その革命軍のためなんじゃよ」


そう言って、司令室を出ていってしまった。私は何故か追おうとはしなかった。大学の時の恩師を。

李老師とはこれが今生の別れとなった。



私は司令室を出て、そいつのもとに向かった。


「あなたは誰なの?」


私は唐突にそいつに尋ねた。


「オレはシューティングスター。日出る国からの旅人だ」


「日出る国?」


「この大陸の東にある島国だよ。知らねえかい?」


「そうじゃなくて。あなたは清兄?」


「そうじゃないとも言えるし、そうだとも言えるな」


「どっちなの!!」


「嬢ちゃんには嘘吐きたくねえんだよ」


「じゃあ、革命軍の司令官をしているあの男のことは知っているの?」


「知っているぞ。あいつの名は張白。でも、嬢ちゃんが知るにはちょっと早えかな」




「日出る国?」


そいつはふっと笑って行ってしまった。


あ、李老師のこと言うの忘れちゃった。


 李老師の隠居により第二部隊の指揮権の再構築がなされることになった。結果的に第一部隊東部方面軍の司令官と副司令官がスライドして第二部隊の司令官と副司令官になったのである。表向きはだ。当然のことながら周恩楽司令官は存命ではない。しかし、表向きは周司令官と呼ばれる周司令官そっくりな人間がいるのだ。特に問題もないし、内部的にもそいつを否定する人間は私くらいなものだ。


 第二部隊は周司令官と呼ばれるそいつの独断により首都 城陽を攻略するために首都に進軍している。そう、先日の百万の援軍により首都防衛部隊は隙だらけであった。


 第二部隊は首都包囲などせずに一気に政府官邸に迫っていった。この防衛にあたったのは、なんと革命軍第一部隊だったのだ。私は呆然として、兄が率いる第一部隊を見ていた。なぜだろう。私はこの光景を予想できていた。理由なんて分からない。私の中ではこれが当然の帰結と認識できたのだ。


 第一部隊と対峙する第二部隊。進軍を止め、周司令官と呼ばれるそいつが一人丸腰で第一部隊の方に向かって歩いていった。


周司令官と呼ばれるそいつが一人丸腰で第一部隊の方に向かって歩いていった。


周司令官と呼ばれるそいつが一人丸腰で第一部隊の方に向かって歩いていった。


ん?

なんだ。

おかしい。

いつものだ。

でも、何がおかしいのか分からない。


なぜだろうか。第一部隊が突如として撤退を始める。


この瞬間、首都城陽は陥落したのであった。


 革命軍第一部隊が撤退した後は制圧までに時間はさほどかからなかった。そして、政府官邸に周司令官と呼ばれるそいつを先頭に整然と入場していく。


ん。

少し違和感がある。

普通、このようなシーンでは略奪や破壊がおこるのが通例ではないだろうか。

整然と入場していくのである。


私たちの行く手には政府首脳と清兄がいた。


「ご苦労、ご苦労。周君」


政府首脳の一人が周司令官と呼ばれるそいつに握手を求めてくる。



政府首脳の一人が周司令官と呼ばれるそいつに握手を求めてくる。


ん。

まただ。

なんなの。



周司令官と呼ばれるそいつは清兄の前に立っていた。



清兄と何話しているんだろう。やがて、そいつは政府官邸から出ていった。残された私たちは清兄の指示のもと第一部隊に編入されることになった。そいつがどこに行ったのかは分からない。分かりたくもない。


そして、その日がやってきた。

その日は何かに起こされるようにして起床した。ノックもせずにドアを乱暴に開ける兵士。


「副司令!! お逃げください。各地で革命軍狩りが始まってる模様」


私はその兵士と一瞬に逃げ出した。その兵士は階下に逃げた。

なぜだろうか。私は屋上に逃げていった。

逃げる途中ずっと死にたくないと必死で叫び続けた。

そいつの顔が終始、脳裏に浮かんでいた。


助けて。

宋兄。

助けて。

シューティングスター!!


屋上だ。

私は一息つく。

階下が騒がしくなってくる。

その時はきた。


私は銃口を向ける敵兵に背中を向け走っていく。



何発も後ろから撃たれたのだろう。身体中に激しい痛みが走っていく。

痛みに耐えきれずに顔をしかめた瞬間、そこに床はなかった。スローモーションのように落ちていき地面に激突した。



スローモーションのように落ちていき地面に激突した。



スローモーションのように落ちていき地面に激突した。


おかしい。

おかしすぎる。


スローモーションのように落ちていき地面に激突した。


もうやめて。

頭おかしくなる。


スローモーションのように。



その日、特別作戦三八五号【民主派掃討作戦】は完了した。


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