第2話

 肩を揺らす感覚で目が覚めた。周司令官だ。周司令官とともに司令室に赴く。部屋に入った瞬間、私は眉をひそめた。なんて無礼な態度なの、この男。そう思ったが、李老師の手前顔には出さないように努力したつもり。李老師はお元気そうでなによりだった。


「李老師、さすがです。このような短期間で難攻不落の海秋基地を陥落させるとは驚くばかりです」


「ハッハ、なあにこいつがね。ああなんだ。あれ、なに言おうとしたんだっけ。あ、そうそう。シューティングスターが瞬殺だよ」


周司令官の問いに李老師はそいつを指さして笑いながら答える。シューティングスターと呼ばれたそいつは窓枠に腰掛け足を揺らす。その格好は軍人というよりはバイク乗りといったほうが良い格好で、目にはサングラス、頭には真っ赤なバンダナを巻いている。髪も少しだけ見えるのだが、白髪。肌艶は私と同じくらいなのに白髪なの?

第一印象は最低最悪の男だった。


第一印象?

ダメだ。思い出せない。


軍議は粛々と進んでいく。周司令官が提案する。


「では、これからはシューティングスター副司令官を中心に軍を進めていく」


そいつは大あくびをした。なんて不謹慎とも思ったが、それ以上にそいつが気になった。何がって。声。

ここに来て一言も発していないそいつの声を私は知っているような気がするのだ。


そうこうしているうちに軍議は終了し、三時間後にこの基地の近くある永昌基地を急襲することになった。


いや、そのはずであった。


 軍議が終わり司令室から自室に戻る。そう、疲れているだけよ。ここに来るまで強行軍だったんだから。私は二時間ほど仮眠を取るため床についた。


 物凄い地響きで目を覚ました。急いで司令室まで走っていく。司令室には李老師が一人で横になって寝ていた。私は李老師の身体を揺すり起こした。


「ん~~。もうくえん」


どうやらまだ夢の中のようだ。さらに身体を揺すると李老師は目を覚ました。


「なんじゃ、麗君か。なんだよ。人がいい気分で寝てんのに」


「なんじゃ、じゃないです。老師、物凄い地響きだったじゃないですか」


「敵襲じゃろ」


「敵襲なら、なんでそんなに悠長に構えているんですか」


「は、地響きがしたんじゃろ。だったら、もう終わっとる」


終わってる?

何が?


 李老師とそんなやり取りをしてると、周司令官が青い顔をして司令室に入ってきた。


「全滅し、違う。敵襲だ。直ちに出発の準備をしろ」


なんか、いつもの周司令官とは別人みたい。


「別にそう急くこともあるまい」


李老師の悠長な発言に周司令官は憤った。


「敵襲なんだぞ。何をそんな悠長に」


「お前さん、自分で全滅したと言っとたぞ。全滅すると都合が悪いことでもあるのかい」


李老師は周司令官を煽る。周司令官は怒りを顕にして司令室を出ていった。


「老師、何が全滅したのですか?」


「敵じゃよ」


敵が全滅して、なんで周司令官が都合悪いの?


周司令官と入れ替りに、そいつが指定席の窓枠に現れた。ここは三階なんだけどどうやってこの部屋に入ってきたんだろう。まあ、私が気づかなかっただけよね。気にしない。気にしない。こんな奴のことなんて。


「ジジイ、終わったぞ。あれは全軍を率いて攻めてきたんじゃねえのか」


「オオオ、相変わらず仕事が早いのう。全軍を率いて全滅か。青い顔になるわけだ」


「まあな。あれ、嬢ちゃん。なに青い顔してるんだ?」


知っている。

この声。


この声。誰の声だろうか。確かに聞き覚えのある声なんだよ。つい最近聞いたはずなんだけど。


私はまじまじとそいつの顔を見つめた。すると、そいつは私の視線に気づいた。


「お、なんだ。嬢ちゃん、兄貴の顔でも見たくなったか?」


「余計なこと言うなと言っておろうが」


李老師がそいつをたしなめる。

その時、ドアがあき伝令の兵士が入ってきた。


「おいおい、ノックぐらいしろよ」


そいつが入ってきた兵士をたしなめる。


「申し訳ありません。第一部隊が全軍出撃しました」


戸惑う私と不敵に笑う二人がいた。



「大変です。第一部隊東部方面軍がこの基地を包囲しています」


別の兵士が報告に駆け込んできた。


周司令官が指揮するのは第一部隊東部方面軍という。軍といっても第一部隊は宋清司令官の方に主力が揃っているため二軍といってもいいぐらいの烏合の集に近い軍団である。良く言えばだが、悪く言えばゴロツキの集まりであった。


「おいおい、嬢ちゃんは切り捨てられたのかい」


そいつが痛いところをついてくる。私は悔しさを噛みしめて、そいつをきっと睨む。


「お前もやめんか。まあ、麗君を置いていってくれたのはこちらには好都合。そう考えよう」


李老師は落ち着いている。何か違和感がある。まるでこうなることがわかっているかのようだ。


「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」


そいつは窓の外に消えた。私は窓まで行ったが既にそいつはいなかった。


「麗君は気づいていないのかもしれんが、東部方面軍は途中で政府軍に入れ替わっているんじゃ」


「誰から聞いたのですか? そんなこと。老師らしくありませんわ」


「周司令官じゃ。本人は覚えていないだろうがな」


「言ったこと覚えていないなんて」


私はそう言う途中で、口をつぐんだ。ここに来てから、そんなことばかりだ。私が黙り込んでいると李老師は続ける。


「目に見えているものを簡単に信じるな」



私が黙り込んでいると向こうから声が聞こえる。


「お二人さん、いいかな」


そいつが指定席の窓枠に戻ってきた。


「なんじゃ、もう終わったんかい。ずいぶんと静かじゃったが」


李老師がそいつに話しかける。


「いやね、あいつ。逃げたんだけどさあ。包囲している軍はどうする?」


「お前、わざと逃がしたろ」


李老師はオカンムリだ。私はわけが分からず李老師に尋ねた。


「誰が逃げたのですか?」


李老師の代わりにそいつが答えた。


「周恩楽司令官様だよ」


私はめまいを覚えた。


周司令官が逃げた? 

どこに? 

誰から?

もうなにがなんだか分からない。

周先輩が親友の私の兄を裏切るわけがない。


兄?

ん~~。

なんか最近聞いたような気がする。

兄。

兄。

兄。

そう言えば、あいつが何度も兄の声とか兄の顔とか言ってたからだ。


ん。

違う。

兄という言葉を違う意味で私は聞いている。

何?


そうだ。

腹違いだ。

誰の?

ダメだ。

まったく思い出せない。


「おおい、起きています?」


そいつが私の肩に手をかける。

そうだ。

周恩君だ。


そいつはふっと笑って向こうに歩いていった。


周恩君って誰?

あ、やはりダメだ。


そんなことを考えていると李老師が意味ありげに笑っている。あれ、あいつは?


「ああ、あいつなら包囲している軍を攻撃」


最後まで言い終わらないうちに物凄い地響きが続く。


「あ、終わったようじゃ。さて、永昌基地へ移動するかのう」



 現在、我軍は永昌基地へと真っ直ぐに進軍している。我軍といっても第二部隊であり、私はいわば客人だ。もっとも東部方面軍でも客人であったことは否定できないが。


 私たちは永昌基地に向かって車を走らせている。間もなく到着すると同乗している兵士が缶コーヒーを渡しながら報告してきた。


李老師を見る。ぐっすり寝ている。お疲れのようだ。私は貰った缶コーヒーの蓋を開ける。珈琲の芳醇な香りが鼻をくすぐる。



李老師を見る。ぐっすり寝ている。お疲れのようだ。私は貰った缶コーヒーの蓋を開ける。珈琲の芳醇な香りが鼻をくすぐる。



李老師を見る。ぐっすり寝ている。お疲れのようだ。私は貰った缶コーヒーの蓋を開ける。珈琲の芳醇な香りが鼻をくすぐる。


ん?

何かがおかしい。

何が?


そんなことを考えていると、車は永昌基地に到着し、車のドアを乱暴に開けそいつは李老師に話しかける。


「老師、一大事です。周司令官が自害していました」


私は頭が真っ白になりめまいを覚えた。


 周司令官だった遺体を私は確認している。銃口を咥えての自害だったのだろう。後頭部まで銃弾が貫通していた。涙が込み上げてくる。


 李老師が今後のことについて話し合うため、私とそいつを呼び出してきた。私は司令室のドアをノックし、ドアを開ける。


ん?

あれ。


周司令官がソファに座って、李老師と談笑している。


「あの、周司令官?」


周司令官は私の言葉が聞こえなかったかのように李老師と談笑している。すると、李老師が私に気づきソファに座るように勧めてきた。


「周司令官、よかったです。あなたが自害するなんて。ひどい悪夢でした」


「嬢ちゃん、自分の目で見てきたんだろ。ちゃんと受け入れろよ」


周司令官の姿をしたそいつは私に笑いながらそう言い放った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る