§5 ホームカミング渡良瀬
第36話 ツケというものは最後に回ってくるから反対から読めばケツなのである。
時は進み、気づけば答案返却の日になっていた。
期間中あんな出来事があった手前、月ヶ瀬と勉強するのは最初こそやや気まずさがあったものの、日を経るにつれ少しずつ慣れていき、今ではそれなりに適切な距離感を掴むことができつつある気がする。
ただ、それとはまた別に、今は答案返却とプラス答えの軽い解説が行われていた合間の昼休みである。
もはや恒例となりつつある屋上前の踊り場で、本倉が俺に背を向けていた。
「後ろ向いたけど?」
「よし」
俺はおもむろに上履きを一足脱ぐと、自らの手に取りスッ……と引き絞った。
「上履きスパンキンッ!」
思い切り本倉のケツを打ち抜く。
「痛ったあ⁉」
本倉は叫ぶと、熱々の栗にぶつかられた猿のように跳ねる。
「いきなり呼び出してきたと思ったら急に何すんのさ⁉」
涙目で訴えかけてくる本倉。男のくせに泣いてんじゃねえ!
「いや、お前がいなければ今ごろ俺は女子と楽しいスクールライフ送れてたかもと思ったらムカついた」
「はあ⁉ 超意味不明! 言っとくけど山添みたいな奴、僕に惚れてなくても女の子たちが相手にするわけないから!」
「うるせえ! そんな事は分かってんだよ!」
「はあ⁉ じゃあ何⁉ 上履き構えないでくれる⁉」
「チッ」
舌を鳴らしつつ、再び上履きに足を入れる。
ただ俺はこのクズのせいで月ヶ瀬が自らを安く見るようになってしまったのが許せないだけだ。好きな相手にキープでいいとか言えちゃうの悲しすぎるだろ。
ちなみに月ヶ瀬事変があったからこそ月ヶ瀬と俺に接点ができた事については考慮しないものとする。
「ま、例外はいるみたいだけどさー」
本倉がつまらなさそうに言うと、ちらっとこちらを一瞥してくる。
「美朔ちゃんと山添って付き合ってんの?」
「ただの友達だ」
「その割にはいちゃいちゃしてなかった?」
「してない。それよりお前こそあの時はなんだ、陽キャの提案に乗っかろうとしやがって」
露骨に話題を逸らしてしまったが、実際気になっていたのは間違いない。
陽キャが俺とスイッチしようと思い至るのも謎だったが、本倉が乗っかった方がもっと謎だった。
「い、いや、別に? あいつらが面白がってる事止めたらしらけちゃうから乗っただけ」
やや言葉を詰まらせる本倉だが、大方そんな事だろうと予測していた通りの答えだ。
「まさか本気で仲間に入れるとか思ってたわけ?」
「は、はあ? 思ってねーし。むしろこっちから願い下げだが?」
いやほんと、あんな集団に入るとか無理すぎるから。
「だろうね。山添みたいなクソ陰キャ、入った所で絶対浮くしー? むしろその姿を拝んで馬鹿にしようと思ってただけだもんねー」
この歳で恥ずかし気もなくべろべろばーと変顔する本倉。控えめに言ってくそうざい。
「お前が俺の想像通りのカスで助かるよ」
「うっわ、カスだって。クソデブニートかよ」
どうやら本倉はカスという言葉に対しとんでもない偏見を持っているらしい。全国のクソデブニートさん、こいつを主戦場たる5ちゃんでボコボコにしてやってください!
「まぁいい。とりあえず多少スッキリしたしもう行っていいぞ」
「え、ちょっと待って? 僕のケツぶったたくためだけに呼び出したの⁉」
「そうだが何か文句でもあるのか? 別にいつでも俺はスマホの……」
「わ、分かったって! ほんと勘弁してよね……」
本倉は慌てた様子で身を翻すと、ブツブツ言いながら階段を下りていった。
本倉で憂さ晴らしではなく然るべき制裁を加える事もできたので俺も教室を目指していると、その中途に月ヶ瀬がいるのを見つけた。
進行方向なのでそのまま進むと、やがてあちらも俺の事に気づく。
「あ、じゅう君こんな所にいた!」
何か紙を持っていたみたいだが、何故か月ヶ瀬は後ろに隠した。
「その言い草だと俺を探してたみたいだな」
「そう!」
「ならご用件をどうぞ」
適当に返事すると、月ヶ瀬はむっふっふっと不敵とアホが両立したような笑みを浮かべる。
「すっ……」
隠したと思った紙を月ヶ瀬は俺の目の前に持ってくると、何枚かあったらしくそれぞれ扇子の様に広げる。
色々と記入されてる中でひと際目立つのは赤ペンで書かれた数字だ。
これは答案だな。えーっと、66、64、70、72、69……。
「お、やるじゃないか」
どれも六十点を下回っていないのは相当いい方だろう。
素直に褒めると、月ヶ瀬が誇らしげに笑いピースする。
「だっしょお~?」
「だっ、しょお?」
聞き慣れない言葉につい怪訝に返してしまう。でしょうと言いたかったのを噛んだのか?
「なんか井戸端のおばちゃんが言ってたから真似してみた」
「な、なるほど……」
確かにその言い回しは平成通り越して昭和な雰囲気があるかもしれない。
それはそうとなんでおばちゃんの真似をしようと思ったのか?
「そんな事より、この事は私にとって大きな一歩だと思わないかいじゅう君?」
出し抜けにそんな事を尋ねてくる月ヶ瀬。
「まぁ確かに、月ヶ瀬がやればできるって分かったからな」
「えへ、えへえへ、それもあるけど~」
「それ以外もあるのか」
随分とふにゃふにゃ笑う月ヶ瀬だったが、やがて笑みを収め、かしこまったように一つ咳ばらいをする。
「この事は、そう……」
腕を組み少し勿体ぶりながら目を閉じる月ヶ瀬だったが、やがてカッとその目を見開いた。
「テスト勉強は期末が中間どっちかだけでいいって事を証明した!」
「解散で」
「あ、じゅう君待って⁉」
静止するを月ヶ瀬を無視し背を向けると、あろう事か腰に抱き着いてきた。
「ねぇ待ってえ⁉ 待ってよおジュウぐうん!」
「なっ、お前……!」
恥も外聞もなく密着してくるとかどんな神経してるんだ!
あるいは月ヶ瀬にとってこれこそが友達の在り方という事なのだろうか?
確かに考えてみれば陽キャってクソ暑いのにやたらベッタベタしてるイメージはあるか? それでも流石に男女でというのはあまり見ないが、月ヶ瀬って案外そこらへんの距離感バグってたような気もするしな。初めに出会った時も一瞬で俺にニックネームつけて呼んできたんだよな。
であるならばだ。
意識するのはむしろ友達として接してくれている月ヶ瀬に悪いというもの。
故に俺はここで力いっぱい歩み引きずり倒す選択を取るべきなはずだ!
満を持して力を込め一歩前進しようと前を向くと、突然背筋が凍るような視線とぶつかった。
「これはこれは山添十二郎君」
視界の先から、猫のように鋭い目つきで俺の名前を呼び歩いて来る人物が一人。
長い黒髪に走る一筋の紫色のメッシュには見覚えがあり、背中に冷たい汗が滲み始めた。
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