婚活パーティー潜入レポ

あおい

第1話

 それは、中世のお城のような真っ白な邸宅だった。緑の絨毯が敷かれ、色とりどりの花が咲き誇る庭園。花の名前がパッと頭に浮かばないのは、私が無知だからに他ならない。


 ここが結婚式場というなら納得できる。でも、ここは個人の邸宅だ。家主は、誰もが知る大企業の社長であり球団まで持っている有名人。その方が開催する婚活パーティーに、私は招かれていた。


 自分をこの場所に誘ってくれたのは、これまた有名な作家の先生。名前は羽生圭二郎はにゅうけいじろう。私は彼が開くオンライン小説教室の生徒である。


 モニターフォンがどこにあるか分からず扉を控えめにノック。すると、すぐに重厚な扉が開かれ、男性の姿が見えた。肉眼では初対面だが、すぐに分かった。羽生先生だ。


 先生にも私が分かったようで、ニッと口角を上げた。


「群馬県からようこそ、入って」

「はい、今日はお世話になります」


 そう、私は群馬県から、この東京の邸宅にやってきた。入り口には受け付けカウンターがあり、女性の集団でガヤガヤしている。彼女達の隙間から紙幣を数えるスタッフがチラッと見えた。私は羽生先生の後に続き、受け付けを素通りすると、パーティー会場へと進んだ。


「ユウは特別枠」

振り返り、微笑む先生はやはり意地悪そう。先生は私から離れ、男性集団の元へと去ってゆく。


 頭の中、先生の残した言葉がグルグル回っていた。


『書いてごらん』


 やっと、このパーティーに招かれた意図を見つけた私は、脳裏でペンを持つ。書き出しはどうしようか?まず、このパーティーの説明をサラッと記そう。


 この婚活パーティーは、男性が無料。女性の方が会費十万円を支払わなくてはならない。つまり、ここに集められた男性陣が女性にとって十万円を支払う価値があるということ。


 男性十五名、女性十五名。全てが揃い婚活パーティーのホイッスルが鳴った。


 並んだ男性を流し見すると、皆、シャツにスラックス、Tシャツに短パンとラフな感じ。だが、女性達は違う。胸元のザックリ開いたドレスを着て妖艶に微笑んでいた。


 さながら、サバンナでヌーを狙うチーター。そんな感じだ。


 まずは、皆で輪になり自己紹介タイム。男性が一歩前に進み出た。


「えー、僕は、社員二百名ほどのIT企業を経営しています。名前は十和田陸とわだりく、三十歳。年収は一億ちょいかな。六本木のタワマン居住。どうぞ宜しく」


「きゃ、凄い」

女性達のヒソヒソ声が聞こえる。


 次の男性は人気YouTube。次は音楽プロデューサー。弁護士に医者。売れてる漫画家もいる。よくぞ、こんなハイスペックな独身男性を集めたモノだ。


 途中、羽生先生も自己紹介。彼の作品は、ただいまアニメ化しテレビで放送中。


「そのアニメ、観てる」と、一人の女性が囁いた。


 先生よ、そなたも婚活中か。ちょっと泣けてくる。


 最後の男性が自己紹介を始めた。彼の名前は上条蓮かみじょうれん、二十八歳。父親が経営する大手不動産会社の専務だった。つまり、家主の息子で次期社長。高学歴、高身長、顔面偏差値も有名大学並み。


 次は女性陣の自己紹介。


「では、私から」

カツンッと十センチのヒールが鳴った。

雨宮優里亜あまみやゆりあ、二十七歳。職業はエステティシャンです。補足といたしましては、日本ミスグランプリで最終選考に残りました。どうぞ宜しく」


 売りはミスコンか。栗色の巻き髪を揺らしたかなりの美人、というか精巧に作られた人形のような顔立ち。その顔に紙幣をいくら積んだのだろう?私は彼女を【マネキン】と呼ぶことにした。


 次は巨乳が自慢のグラビアアイドル。【オパーイ】だ。こちらは、メロンのような胸に金を注いだと予想。


 次々と自己紹介と共に自分をアピールする女性達。最後の女性が前に進み出る。私は彼女に目を見張った。


 ピタッとした黒いシャツに深青のジーンズ。スニーカーを履いていたからだ。全体的に清純をイメージした白いドレスの中、彼女だけが異空間にいるように浮いている。胸付近まで伸びたストレートな黒髪。薄化粧でスッピンに近い顔。だが、元が良いと見えて、そこそこ美しい。私は彼女を【ダークフォース】と名付けた。


 小説のキャラはあまり多いと読者が混乱してしまう。なので、私は一番金持ちである家主の息子を【不動産王】と名付け主役に抜擢した。


 開始十分経過。ただいま男は男、女は女で集団になり談笑中。ダークフォースは群れるのが嫌いらしい。壁にもたれ、腕を組んでいる。おいおい、金を積んでまで参加を望んだパーティーだぞ。これでいいのか?


 私はテーブルに並んだ料理を食しながら様子を伺う。うーん、ビスケット上のキャビアが不味くて吐きそうだ。


 パーティー時間は三時間。動きがなく退屈なので厨房見学。三人のコックが忙しく動いていた。再び会場に戻ると、皆の手にはシャンパングラスが握られている。


 ボーイが近づいてきて「どうぞ」と言ったので、私もグラスに手を伸ばした。


 更に十分経過。酒が入ったせいか、皆の陽気な笑い声が二酸化炭素と一緒に場内に放たれている。まだ同性同士で固まり、誰も話しかけない状況。


 まさか、このまま終わるんじゃないだろうな?


 女性に囲まれ、まるで女王のようなマネキンに「男性に声をかけないの?」と尋ねてみると、彼女はフンッと鼻を鳴らした。

「普通は男性から声をかけてくるものよ。そう、思わない?」


 なるほど。女は男に落とされるもの。女性達のプライドって名前の教科書にはそう書いてあるらしい。


 その時、一人の女が動いた。巨乳を揺らしたオパーイだ。女性達の目がオパーイを追う。オパーイは勇者の如く男性集団に割って入った。


 ざわめく女性達。その集団の中に不動産王がいたからだ。

「チッ」と舌を打ち、ここでマネキンが動いた。それを合図に女性が一人、またひとりと男性達に歩み寄ってゆく。皆、歩きずらそうな高いヒール。転ぶなよ、と私は祈った。


 ちなみに私の服装を紹介しよう。ダボッとした黒色のシャツに黒いズボン。ウォーキングシューズを履いている。上から下まで合計二千円。今日のために、勤務先であるスーパーの服売り場で奮発して購入。今のイチオシコーデだ。まあ、そんなことはどうでもいいか。マネキンとオパーイを観察してみよう。


 彼女達は並んで三人の男性と会話している。YouTube、医者、不動産王。だが、不動産王は離脱し、別の男性の元に向かった。ゲイだったりして。マネキンとオパーイは、笑顔を貼り付けながら不動産王の行方を追っている。


 ふと、壁際に目をやると、ダークフォースが気怠るそうに背を預け、シャンパンを傾けていた。まったく男性に声をかける気配はない。


 不動産王に視界を戻す。彼の周囲には女性が群がっていた。マネキンはYouTubeから離れ、会場の隅に移動。彼女の目は不動産王をロックしている。だが、悲しそう。一旦、離脱されたのでプライドが傷ついているのだろう。


 オパーイにプライドはないらしく、女性達を巨乳で押しのけ不動産王に近づいてゆく。だが、不動産王はまた離脱。デザイン柱に寄りかかりシャンパングラスを見つめている。そこにマネキンが声をかけた。


 2ショット成功。やったな、マネキン!


 だいぶ会場は和やかになり、男女が笑顔で会話する姿があちこちで見受けられる。羽生先生も二人の女性に囲まれデレデレしていた。

『先生、今日こそ、彼女いない歴三十二年に終止符を打ちましょう!』

私は心で激励を送る。


 ダークフォースはまだ動かない。ちらほら男性から声がかかるのだが、ずっと無表情で無視。いったい、何をしにここに来た?と問いたくなってしまう。


 また、不動産王に目を戻す。なっ、なんと彼の前には、マネキンとオパーイが並んでいた。


 この熾烈な戦いを逃してはならない。私は、目立たぬよう、彼女達の背後まで歩き聞き耳をたてた。


 

まずはマネキンの声。

「休みの日は何をしていらっしゃるの?」


不動産王

「うーん、愛犬のミルクと遊んでるかな」


オパーイ

「きゃっ、あたしワンちゃん大好きですぅ〜。ミルクちゃんって名前も可愛い!是非、会ってナデナデしたいですぅ〜」


マネキン

「えっ?アナタさっき、動物アレルギーって言ってなかった?」


不動産王

「そうなの?」


オパーイ

「それは雑種の犬ですよ。ゴールデンレトリバーにはアレルギーは出ませんからぁ〜」


不動産王

「えっ、ゴールデンレトリバー飼ってるの知ってるの?」


オパーイ

「えっ、ええ。雑誌で見ました」


不動産王

「そっか。でもトムは先月亡くなったんだ。今のミルクは保健所から引き取った子で雑種だよ」


オパーイ

「えっ?」


マネキン

「残念でした。ミルクちゃんには会えませんね。私も犬は大好きです。ミルクちゃんに会いたいですわ」


不動産王

「二階にいますよ。機会があれば、また今度」


マネキン

「嬉しいです」


 どうやらこの戦い、マネキンが勝ちそうである。マネキンは仕上げアイテム、スマホをバッグから取り出した。このままライン交換か?と、思ったその時、不動産王が歩き出した。


 おい、どこへ行く不動産王?


 スマホをバッグに落とし、慌てて彼の後を追うマネキン。オパーイは既にターゲットを変更したのか、別の男性と会話している。


 不動産王は、壁に寄りかかりスマホを取り出した。再びバッグに指を入れながらマネキンが彼の元へと歩いてゆく。


 いよいよ、ライン交換の時が来たようだ。


 ここで最初からのマネキンを振り返ってみよう。彼女は他の男には目もくれず、ひたすら不動産王を追いかけていた。諦めない者が勝つ。マネキンは今、それを証明しようとしているのだ。


 マネキンが不動産王に笑顔で声をかける。が、なぜか彼はスマホをジャケットのポケットに戻してしまう。


 ここからでは遠くて、二人が何を話しているのか聞こえない。近づこうと足を踏み出した時、大きな男に前方を塞がれた。


「グラス、空ですよ」

男はそう言って、私の手からグラスを取り上げる。そしてボーイを呼ぶと、空のグラスをトレイに置き、エレガントな気泡が上昇している新しいグラスを私に手渡した。


 こんな奴いたかな?


「有り難うございます」

「さっきからずっと見てたんですが、誰とも会話してませんよね?なぜですか?」

「あっ、えっと、人間観察です」

「人間観察?婚活パーティーで?十万円も払って人間観察ですか?」


 払ってないんだわ。特別枠なんだわ。まあ、そんなことはどうでもいい。


「ちょっと失礼。急いでますもので」


 私は会場中央へと向かう。先ほどまでいた場所に二人はいない。不動産王とマネキンはどこへ行った?まさか犬を見に二階に上がったのか?


 存在感が半端ない螺旋階段の下から見上げてみる。そこにはダークフォースが座っていた。彼女はアクビを重ね、実に退屈そう。ホント、何しにきたんだか。呆れてしまう。


 間もなく不動産王の姿が見えた。彼はハンカチで手を拭っている。どうやらトイレだったようだ。彼の背後にはマネキンが続いていた。多分だが、マネキンは彼がトイレから出てくるまで待っていたに違いない。途中、何人かの男性に声をかけられるが、マネキンは無視し、不動産王だけを追っている。


 不動産王が皿を持つと、マネキンも横に並び皿を持つ。不動産王が料理を取ると、マネキンも同じものを取る。二人は無言だ。無言で咀嚼している。


 刹那、私の前に皿が差し出された。皿にはラザニアが乗っている。私は大きな影を見上げて舌を打つ。さっきの男だ。


「一緒に食べよう」と、彼は言った。ここは美味しそうなラザニアに負けてやろう。食していると、男の声が上から降るように聞こえた。


「なんで人間観察してるの?」

「頭で文章書いてるから」

「文章?」

「小説」

「君、小説家なの?」

「違う」

「仕事は?」

「スーパー勤務」

「ふーん。自己紹介もしなかったよね?君は誰?」

「群馬の女」

「群馬県から来たってこと?」

「そう」

「名前は?」

「ユウ」

「僕の名前は……」


 あーっ、ウザいな!お前になど1ミリも興味ないんだよ。


 その時「夢?」と、彼が聞いてきた。


「夢?なにが?」

「小説家、君の夢?」


 夢……か。遠すぎて見えないけどね。フォークを皿に置いて俯いていると、彼が言った。


「僕はメジャーリーグに行くのが夢」


 顔を上げる私。良く見ると、黒い短髪の彼は垂れ目で、あどけない少年の顔をしていた。


「メジャーリーグって良く分からないけど、プロ野球選手になってからでしょ?」

「何とか引っかかってプロにはなれた。まだ二軍だけど」

「じゃあ、まず一軍に上がらないと。それを夢にしなよ」

「叶いそうなのは夢って言わない。夢は遠くて儚いから夢なんだよ」

「だから、メジャーリーグなの?」

「そう。本当はね、僕は、こんな婚活パーティーに来れる身分じゃない」

「じゃあ、何で来たの?」

「所属球団のオーナーがここの家主なんだ。で、犬の世話しにきた」

「犬?雑種のミルク?」

「良く知ってるね。まだ他にも五匹いるよ」

「じゃあ、ここにいないで犬の世話しないと」

「うん、そろそろ行かなきゃ。その前に聞きたいんだけど、小説家になるのが君の夢?」

「うん」

「遠くて儚い?」

「うん。遠い」

「じゃあ、僕と競争しようか?」

「あはっ、アナタの方が近そう。プロになれたんだから」

「そんなことないよ」


 彼はそう言うと、ジーンズのポケットからスマホを引き抜いた。


「連絡先、教えて」

「なんで?」

「競争相手の連絡先を知りたいのは当たり前だと思わない?」

「なんか、上手く騙されてる感じなんだけど」

「そんなことない」


 彼はさわやかな笑顔を残して、螺旋階段を駆け上がって行く。さすがスポーツ選手。足取りが軽やかだ。


 さてと、私は再び不動産王を探す。瞬間、ギョッとした。ポケットに手を入れながら、彼がこちらに歩いてくるからだ。


 えっ?まさか私に話しかけるの?彼の後ろでは、マネキンがレースのハンカチで顔を覆って泣いていた。どうやら振られた様子。


 不動産王は、私に声はかけず、横をすり抜け階段を上がってゆく。


 振り向き見上げる私。彼の先にはダークフォースが座っていた。不動産王は、ポケットからスマホを取り出すと彼女にこう言った。


「良かったら、連絡先、交換しませんか?」


 ぎょええーっ!


 パーティーが始まってからひと言も発っしなかった彼女。一人だけ地味な服装で浮いていた彼女。スッピンに近い薄化粧のダークフォースに不動産王は連絡先を聞いた。


「はい」


 ずっと無表情だった彼女は、ニッコリ微笑み頷く。それは勝利者の笑みだった。両頬のエクボが可愛い天使だった。こやつ、こんな必殺技を隠し持っていたのか!


 恐ろしい。これが計算だったとしたら、彼女は婚活の匠である。このパーティーの男性陣の中で、一番の金持ちを無言でゲットしたのだから。


 結果、この婚活パーティーで連絡先を交換できたのは、たったの二組だけだった。


 女達が帰った後、残った男達は口々に本音を下呂した。


「ああも、ガッツいてこられると逃げたくなるよね」

「コンパでもそうだが、静かに凛と咲く女に目が行くのは仕方ない。今回は蓮にやられたよ」


 蓮とは不動産王のこと。不動産王は、微かに頬を緩ませ言い放つ。


「この場に、あんな質素で素朴で婚活に興味なさそうな女がいたら誰でもターゲットにするでしょ?僕は最初から彼女だけを見てた」


「だよな〜」

「同意」


 なんと、ダークフォースがダントツの一番人気。うーん、成功者の選ぶ女は分からない。


 帰り道、羽生先生が私に聞いた。


「どう?ペンは走った?」

「ええ、先生。帰りの電車の中で、忘れないうちに今日のことを書こうと思います」

「ははっ、いいね。仕上がりを楽しみにしてるよ」

「それより先生、誰とも連絡先交換しなくて良かったんですか?」

「んー、あの娘、蓮に取られちゃったからね。また次に期待するよ」


 やはり、先生もダークフォース狙いだったか。


 中華街で食事をした後、先生と並んで海に浮かぶ煌びやかな船を眺めた。


 先生がポツリと呟く。


「やっぱ、背景が夜だと電飾が綺麗に際立つね」


 その通りだと思う。ここで、ん?っと思った。


「先生、言い変えると、背景が黒だと白が際立つってことですか?」

「うん、そうだね」

「では先生、白が背景だと……」


先生は、私を見てニヤリと微笑む。

「黒が際立つね」


 なるほど。やはりダークフォースはただ者ではないらしい。


 その時、バッグの中からラインの通知音が聞こえた。


「ちょっと、すみません」


 私はスマホを取り出しライン画面を開く。そしてハッとなり、すぐバッグに落とした。


 先生は、そんな私を見て口角を上げる。そしてチャカすように言った。


「そう言えば、君も無口で素朴な黒だったよね」


 そうだ。ちゃっかり私もライン交換していたのだ。


 電車の中で、改めてトーク画面を開いてみると、上条海かみじょうかいと言う男からのメッセージが届いていた。


『夢、お互い追いかけような。気をつけて帰れよ』


 上条?どこかで聞いた名字。それは後日に判明することになる。あの野球男、上条海は、不動産王の弟だったのだ。


 私はユウ。田舎街のスーパーに勤務している平凡な二十六歳。夢は小説家。


 この女は、知らぬ間に、今日の婚活パーティーの強者つわものになっていたらしい。


 まっ、今は夢を追いかけるのに夢中だけどね。










 


 

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