第3話

 時刻は夜七時を過ぎて、辺りもすっかり暗くなった頃。僕は家に帰ってきた妹、三崎詩乃に起こされてリビングへと降りていった。


「何か手伝う?」


「要らないから座ってて」


 そういってテキパキとおかずを並べる詩乃の邪魔をしないように、僕は欠伸を噛み殺しながら、椅子に座ってじっと夕食の準備が終わるのを待っていた。出来たおかずを運ぶくらいの労働は僕にも出来はするが、僕が運ぶと詩乃の心労が増えるらしく、いつからか僕の役目は水をコップに注いだり、箸を並べたりすることだけになった。


 それすらも心配そうに見られていて、少しだけ自分の怠惰を恥じたこともあるがそれはまた別の話だ。


 一度だけプライズで夕御飯を作ったこともあるが、具材がちゃんと切れておらず、もう一度詩乃が手を加えることになったため、それ以降僕は料理を作らなくなった。と言うか、詩乃が居る時以外台所に立つことが許されなくなった。世の中には適材適所というものがあるのだ。


 僕に出来て詩乃に出来ないことなどほとんど無いので、僕の適所がどこにあるのかは分からないが。


 兄弟だというのに髪色以外は似ても似つかない。しっかり者できっちりとした妹と、怠惰でだらしない兄。兄妹でここまで差が出来るとか、神様のいたずらとしか思えない。


「「いただきます」」


 そんな事を内心思いつつ二人揃って手を合わせ、夕食に手を付ける。


 一般的な家庭ならばこの時間こそが一家団欒タイムになるのだろうが、我が家は少し違う。


「そう言えば、お母さんたちまた暫く帰って来れないって」


 家の両親は二人とも世界各地に現れるサブダンジョン調査を生業としていており、家に帰ってくることが滅多にない。日本中を飛び回る仕事だから仕方が無いといえば仕方が無いが、少しだけ寂しそうにする詩乃を見ると、もうちょっと帰ってきて欲しいと思わなくもない。


 いつもクールな詩乃だが、両親からのその報告を伝えるときだけは寂しそうな顔をする。今年の春から高校二年生になるとは言え、まだまだ親に甘えたい年頃なのだろう。


 本来なら僕が親代わりを務め、精一杯甘やかしてあげなければならないのだろうが、僕にはそんな懐はないし、寧ろ甘やかされる側の駄目人間だ。


「今日の昼くらいにあちこちで一斉に『サブダンジョン』が現れたんだって。ほら、ニュースにもなってる」


 自分の不甲斐無さにふて寝したくなった僕の目に、詩乃が点けたテレビが映る。画面には最近人気のタレント探索者が真剣な面差しで洞窟の中に入っていく姿が映っており、他のチャンネルでも似たようなニュースが流れていた。


「本当だ。.....あっ、そういえばアイツのこと忘れてた」


 不安を煽るようなニュースの映像を見て、寝て起きてすっかり忘れていた引き出しダンジョンの事を思い出した。


 約束通り静かにしていてくれたし、暇潰しの道具くらいは後で持って行ってあげよう、なんて思いつつ焼き鯖の身をほぐす。


「何を?」


「……いや宿題をやるの忘れてて」


 俺のごまかしを素直に信じた詩乃は少しだけ眉をしかめて僕の方をジト目で見てきた。


「……授業態度悪いんだから、宿題はちゃんとしとかないと留年するよ」


 実は俺と同じ学校に通っている詩乃は、ウチの学校ではそれなりの有名人であり、男女共に人気が高いらしい。そんな彼女と同じ学年になろうものなら……。


「私、お兄ちゃんと同じ学年とか嫌だよ」


 呆れた様にそう言った詩乃の言葉でゾッとする未来を想像する。お世話して貰うのは楽出来て良さそうだが、学校でまで迷惑を掛けたくは無いし、詩乃を狙った年下の男子生徒に絡まれそうなのも嫌だ。


「それは確かに困るなぁ」


「でしょ?ご飯食べたらちゃんとやっといてよね」


「わかった」


「うん、偉い偉い」


 兄の威厳とやらは、はるか昔に母の腹の中で離別してしまったので、生まれた時から存在しない。ついでに今日もお魚が美味い。


 適当に吐いた嘘とはいえ、ここまで妹に心配されている自分に複雑な気持ちになったが悔い改めることは無い。......嘘だ。今年はおかずを運ぶのを許してもらえるくらいを目指して頑張ろう。


「そう言えば、お兄ちゃんはウチの学校の噂聞いた?」


「噂?なんかあったけ?」


 全然思い当たる節がない僕は、詩乃の言葉に首をかしげる。


 そもそも学校では常に眠りこけているため、学校の噂なんて知るわけが無い。移動教室の時とかは、友達が引っ張ってってくれるけど、昼休み以外は特に話さないから噂話なんて聞かない。


「ちょっと前ダンジョン入場の制限が緩んだの覚えてる?ほら、二年前の『洪水』で結構の数の学生が死んで、急に公布された奴」


『洪水』とは『サブダンジョン』からモンスターが溢レ出てくる現象のことであり、ここ数年程で多発する様になった。正式名称が決まっていない為呼び方は色々とあって、俺達の地域では短く分かりやすい『洪水』と呼んでいる。


「制限が十八歳になったあれ?」


「うん。噂によるとアレか十六歳まで更に引き下げられるんだって」


「……それは大変だ」


 十六歳も十八歳も変わらないと言う意見もあるかもしれないが、中学校を卒業したばかりの歳の子供と、成人としての自覚を持たなければならない歳の子供とでは、平均精神年齢にそこそこの違いがある。


 自分の身の丈に合わない力は必ず持て余すし、年齢が低ければ低い程、暴走までの枷は外れやすい。


 実際問題、ステータスを得た未成年の暴力事件は表に出ないだけでそれなりに起きている。


「ソレで、その話とウチの学校に何の関係があるの?」


「何でも、試験的に幾つかの高校を見繕ってその中の希望者を育てるらしいんだけど、その候補にウチの高校も入ってるんだって」


「へ〜」


「まぁ、私たちには関係ないだろうけど」


 流石は僕の妹だ。僕が好き好んでダンジョンに何か潜らないって分かってる。ちなみに詩乃はダンジョンを毛嫌いしているので、年齢規制が緩和されたとて彼女がダンジョンに潜ろうとする姿が想像できない。


「でも、詩乃は少しくらいダンジョンに潜っても良いかもね。最近は変な人も多いし」


「それを言ったらお兄ちゃんだって潜った方がいいよ。全体的に動きとろいし」


「スライムに負けるから潜っても無駄だよ」


「……確かに」


 そういって少し笑った詩乃と暫く談笑しつつ、自分の部屋に現れたダンジョンについてぼんやりと思いを馳せたのだった。














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