悪役貴族

 僕がトチ狂っていきなり叫び出してしまったことを受けて。


「そ、そうですか……?」


「あぁ、何でもないから、大丈夫だから。爺や。僕は平気。だから、仕事に戻って」


 自分の元にまで駆けつけてしまった一人の老爺に対して、僕は心配ないと声をかける。


「お坊ちゃまがそうおっしゃるのでしたら、良いですが……本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ。ほんと大丈夫。だから、仕事に戻って」


「……いつもと少し、口調が違うような気がするのですが」


「でも、僕は本人だ。それは感じられるでしょう?」


「そうですな」


「爺やに心配をかけるようなことはないよ。だから、仕事に戻って。仕事はたくさんあるでしょ。爺や」


「……むむぅ。そこまで言うのでしたら、頷きましょう。ですが、何かありましたら、すぐにお呼びください。この爺や、すぐに駆け付けますぞ」


「あぁ、ありがとう」


「それでは」


 僕の言葉に頷き、爺やが自分の部屋から退出し、そのまま離れていく。


「ふぅー」


 爺やの姿を見送った僕はその場で深々と息を吐く。


「ついでに落ち着けた」


 そんなころには、僕も落ち着きを取り戻せていた。

 悪役貴族に転生した。

 その字面のインパクト……そして、そもそもとして前世での最期の記憶に、湧き上がり続ける今世における今までの自分の記憶。錯綜する記憶を前に、冷静さを失ってしまった。

 でも、何とかその冷静さを取り戻せた。


「ロイド。こいつに人を慕うとかいう感情はあったのだな」


 その上で、一番最初に思うのはあの爺やのことだ。

 あの爺やは僕の使用人として、自分が生まれた時から面倒を見てくれている人だ。

 傲慢不遜。人の心など知らないようなキャラとしてゲーム上では描かれていたロイド・ラインハルトという男だが、その爺やのことはかなり慕っていたようだった。


「……心配かけるわけにはいかないね」


 そして、その感情はしっかりと僕の中にも残っている。

 あの爺やに心配はかけたくない。

 そんな感情は今の僕もしっかりと受け継いでいた。


「だからこそ、闇堕ちするわけにはいかないよね」


 自分の隣にあるベッドの方に腰を下ろす僕は言葉を滲ませる。

 ここで僕が原作通りに闇堕ちしてしまったら、爺やを悲しませることになる……そんなこと、出来やしないよね。


「まぁ、この環境で天狗になるな、って方が無理だけど」


 僕は自分の部屋をぐるりと見渡す。

 今の僕はまだ、十二歳くらいのガキである。それなのに、そんな僕の家として与えられているのはびっくりするくらいに豪華。

 ベッドも天蓋つきのフカフカのもので、その他家具も明らかに高そう。無駄に金とか宝石が装飾された謎の品々も確認することが出来る。

 こんな部屋に住んでいたら、天狗にもなるでしょう。この上で、馬鹿みたいな才能も持っているんだからね。

 

「……ふっ。でも、今の中身は所詮、僕だけどね」


 そんなロイドの中に今、いるのは前世で陰キャ高校生として冴えない生活を生きていた凡人……どころか、普通に無能よりの人間だ。

 ここまで十二年間生きてきたロイドという人間の人間性は、良い感じに前世での僕と混ざり合っている。

 そんな僕はだいぶ、小物に寄っている……。


「陰キャやしな」

 

 チー牛と呼ばれても仕方ないような、そんな精神性を僕は己の中に保持していた。


「……悪役貴族」


 そんな僕が今、悪役貴族と呼ばれるような、傲慢不遜な男になれるだろうか?

 

「こちらが被害者側になるよ」


 イケイケな男とか今の僕の前においてみ?普通に逃げるわ。

 そんな状態で闇堕ちとか笑える。


「最初は焦ったけど、そんな焦る必要はないかな」


 冷静に考えてみれば、ロイドは悪役貴族として殺されるに然るべき行いをしていた。

 別にロイドに転生したからと言って、僕が処刑されるわけじゃない。

 

「犯罪しなきゃいい。それだけっしょ」


 僕がここで驕り高ぶらず、犯罪行為も行わず真面目に生きていけばいい。 

 それだけで、悪役貴族にはならずに済む。そしたら、殺されることもないでしょ。


「……驕り高ぶれるような人生は送れなかったなぁ」


 心配しなくとも、自分の性格的に、ゲームのような形で驕り高ぶれるような気はちょっとしない。


「……僕の幼馴染に完璧超人の奴もいたし」


 僕は自分が満ち足りぬを知っているからね。

 ロイドが足らぬことをゲームで見て知っている。そんな中で、マイナスになるであろう僕が入ったのだ。

 うん、驕り高ぶっているような暇はないとすぐにわかるね。


「よしっ!」


 記憶の整理は完璧!

 悪役貴族に転生してしまったことに対する不安はなし!

 これで完璧!


「……今の、僕は貴族なんだよね?」


 ここまで生きてきた僕の十二年の記憶が言うには、この世界には奴隷制度というのが残っているみたいだった。

 そして、貴族の息子としてかなりのお小遣いを今の僕がため込んでいることもわかる。


「これは……作るしかないか。奴隷ハーレム……っ!」

 

 奴隷ハーレム。

 自分の欲望しかない、最低の願望だが……別にこれは犯罪じゃない。セーフ。きっとセーフだっ!

 そんな思いを持ちながら、僕はゆっくりと立ち上がった。

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