第4話 誓いを立てる
アルスは自分になにか異変が起きたと思った。否、そう信じ込んだ。
なぜなら、ここまで心理的に追い詰められたことは今まで無かったことだからだ。これまでに経験したことが無い感情を、アルスは感じていた。
(とりあえず、アレインを安心させなければ)
それだけは分かる。勇気を振り絞り、返事を待つアレインに対し、アルスは「歩こう」と答えた。
「よろしいのですか?アレイン様とアルス様をお二人になさって」
「お恥ずかしい話ですが、アルス様はこれまで同年代のお方、ましてや異性の方との交流はございません」
「そうなのですか?」
「それが、我らが伯爵家の普通ですから」
一般常識として、貴族は3歳となれば、6歳の皇族主催の帝国中の貴族令息令嬢が集まるパーティー、そのあとから始まる初等学院に向けて打算を込めた交流が始まる。だが、スタッガード家はそれよりも稽古をとる人達が多い。そのため、6歳になるまではあまり表舞台には姿を表さないのだ。
「そうなのですね…」
「アルス様の内に秘めたる心を、アレイン様なら解き放ってくれるでしょう。私は、そう確信しています」
「私もです」
***
アルスとアレインは無言のまま歩き続ける。だが、アルスは内心焦っていた。
(こんなことで俺が負けるなど、あってはならない)
これは、アレインとの駆け引き。スタッガードの名にかけて、敗北など許されない。
だが、そんなアルスを悩ませている元凶であるアレインは、アルスとは真反対のことを考えていた。
(どうすれば、アルに振り返ってもらえるのでしょう)
端正な顔立ちをしており、服を着ていてもわかる体つきの良さ。手のひらを見ると、まめが潰れていたり、新しくできていたりしている。彼が努力している証拠だ。
(…そんなあなたの隣に立ちたい)
そのためには、並ならぬ努力を要求されるだろう。だが、アレインはアルスと一緒なら、乗り越えられると確信していた。
一方、アルスはこう考えていた。
(とりあえず、彼女から目的を引き出さねば)
負けは許されない。アルスは覚悟を決め、アレインに話しかけた。
「アレイン、先程はどういう目的で?」
単刀直入に聞くほど、今のアルスには余裕がなかった。
「目的…ですか?」
「ああ。俺に何を求める?力か?それとも権力か?」
「……」
アレインは呆気にとられた顔をした後、クスクスと笑い出す。
「な、何がおかしいんだ」
「い、いえ。お悩みになっていることが私とは違いまして……」
アレインはアルスに直り、手を握りながら言う。
「私はアルが好きです。多分アルは、自分の気持ちがどういうものか分からないものでは無いでしょうか」
「……それは」
「それを、人は『恋』と呼ぶのですよ」
「…恋?」
「はい。この人が好き…この人を大切にしたい…何に変えてもこの人を守りたい…そういう気持ちです」
アルスは腑に落ちたような顔をする。
(これが恋というものなのか)
アルスは感情をあまり表に出さない。そのため、自分の感情を時々測り兼ねる時があった。そして、ようやく分かった。
「……俺の負けだ」
「……?どういうことでしょうか?」
「アレイン、どうやら俺もアレインが好き…なようだ」
「はい。私も、アルのことを好いております」
その笑顔は、まるで天使。形容しがたい気持ちをアルスはまた抱えた。
「アルは、感情の表現をあまりなさらないのでは?」
「ッ…なぜ分かったんだ?」
「ここまで知ったら分かりますよ」
クスクスと笑いながら言うアレインに、アルスは両手を上げた。
***
「アルス様、アレイン様。おかえりなさいませ。昼食の用意ができております」
「ああ、助かる。ここの料理は絶品だぞ、アレイン」
「それは楽しみです。他ならぬアルがそういうのですからね」
グレイルは2人の呼び方を聞き、上手くいったのだなと静かにつぶやく。
「グレイル、私が案内する。グレイルはテレザと一緒に来い。昼食を食べるぞ」
「畏まりました」
グレイルはそう言うと、テレザを呼びに向かった。
「さあ、アレイン。昼食を食べに行こう」
「はい!」
アルスはアレインに手を差し伸べ、アレインはその手を取る。そのまま2人は食間へと向かうのだった。
「グレイル、少し相談事がある。テレザにもだ」
「アルス様、私は既に把握しておりますので不要でございます」
「そうか。ではグレイル、相談事がある」
「なんでしょう。このグレイルにできることでしたら何でもご相談を申し上げ下さい」
「アレインに稽古をつけることは可能か?」
「……それは、本人の意思でしょうか?」
「ああ。ちゃんと確認もとった」
「グレイル様、私はアルと一緒に稽古をとりたく思います…」
グレイルはしばらく考え込み、その後にこう答えた。
「分かりました。ですが、アルス様と一緒になさるのは基礎だけです。それ以外は私と一緒に稽古となりますが、よろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
「畏まりました。このグレイル、僭越ながらアレイン様の教官を務めさせていただきましょう」
グレイルはシワの着いた顔を笑顔にした後、そう答えた。
──────────────
その日の夜。
アルスとアレインは2階のバルコニーにいた。
「アルは凄いですね。並の努力では、あれほどの魔力を練ることはできません」
「凄いのはアレインだろう。少し魔力を知覚しただけとはいえ、魔力を一箇所に集めることなどは普通ならば1日でできる所業では無い」
2人は互いを褒め合うと、クスクス笑い、夜空を見上げる。
「…もうすぐ、俺はスタッガード家に生まれたものとして、試練を受ける」
「それは、アルにとっては…」
「大丈夫だ。余裕で帰ってくる。だから、アレイン。お前は、俺の無事を祈っていてくれ。過去にない実績を持って、帰ってくる」
「…そんなの、ずるいですよ」
アレインはそう呟いた後、アルスを見上げる。
「私はいつでも、アルの帰りをお待ちしております」
少年と少女のこの誓いは、2人だけの秘密となる。数ヶ月後の、試練に向けて。彼はより一層自身の研鑽に努めた。
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