お面祀り

畝澄ヒナ

お面祀り

「夏祭り特集?」


 編集長に出された無理難題をこなすべく、都心から遠く離れた笹崖村にやってきた。


「見かけない顔だねえ」


 後ろから村人らしきおばあさんに声をかけられた。あまり関わる気はなかったが声をかけられたならしょうがない。


「こんにちは、鈴宮ユウナです。取材のためにやってきました」


「そうかい。今日はお祭りだからね、べっぴんさんは気をつけなさいね」


 べっぴんさん、と言われて嬉しさのあまり自然と口角が上がり、少し納得してしまった。狐のような切れ長の目に白く通った鼻筋、これを見てブサイクだと言う人はいないだろう。それより、気をつけるとはどういう意味なのだろう。


「何を気をつけるんですか?」


「顔を取られないように、気をつけなさいね」


 おばあさんはそれだけ言って去っていった。変な迷信でも信じているのだろうか、言っていることの意味が全くわからなかった。


 夜七時、山の上の神社の方から祭囃子が聞こえてきた。そろそろお祭りが始まるみたいだ。


「結構盛大なお祭りなのね」


 私は独り言を呟きながら、神社へと続く屋台がたくさん並んだ坂道を歩いていた。


「お姉さん、見かけない顔だね。りんご飴どうだい?」


 りんご飴の屋台のおじさんに声をかけられた。


「ありがとうございます。取材のためにきたんですよ」


 おじさんにりんご飴を一つサービスしてもらい、仲良く雑談していた。


「取材ねえ。この村の自慢と言ったらこのお祭りぐらいだな」


「そうそう、編集長がすごいから見てこいって」


 予想以上に話が盛り上がって話し込んでしまった。ふと周りを見渡すと少し違和感を感じた。


「どうしたんだい?」


 おじさんが私を不思議そうな顔で見つめる。


「いや、何でみんなお面をつけてるんですか?」


 私の質問に周りが動揺していた。誰もが足を止め私を見ている。


「知らないのかい? この祭りの最後に、神社の祠にお面を祀るんだよ」


 おじさんが話し始めると周りの人はいつの間にか動き始めていた。少しひやっとしたがおじさんの話を聞くことにした。


「どうしてお面を祀るんですか?」


「昔、顔を焼かれ死んだ少女がいてな、それが怨霊となって村の人の顔を取るようになった。それを鎮めるため、顔の代わりにお面を捧げているというわけだ」


 なかなか興味深い話だった。これは取材のネタとしてはもってこいかもしれない。


「ありがとうございます。じゃあ、私そろそろ行きますね」


「ちょっと待った、あんたお面持ってるのかい?」


 言われてみれば持っていない。屋台を見渡しても売っている店が見当たらない。


「大丈夫です、どこかで買いますから」


 私は早く情報収集をするために、おじさんの話をろくに聞かず先を急いだ。


 それにしても神社までの道が長い。さすがにアラサー間近の記者にはきつかった。


「どこかで休もうかな」


 坂を少し登ったところにベンチがあった。まだ半分といったところだろうか。


「こんばんは」


「え?」


 声は聞こえるのに姿が見えない。必死に辺りを探すと後ろの木陰で少女が手招きをしていた。私は少女に近づき声をかけた。


「あなたは誰?」


 年齢は六歳ぐらいで、見た目はおかっぱ頭で白いワンピース、頭に狐のお面をつけていた。


「コンコ、コンコ」


 少女は手で狐を表し、つたない言葉で答えた。


「コンコちゃんね。こんなところに一人でどうしたの?」


「あそぼ、さみしい」


 どうやら私と遊びたいらしい。


「わかった、何して遊ぶ?」


「おまつり、みたい」


 そんなことでいいのなら、取材のついでに連れて行ってあげよう。私が手を握るとその手はやけに冷たかった。おかしいと思ったが特に気にしなかった。


「じゃあ、行こうか」


 私たちはいろんな屋台を見て回った。金魚すくいに射的、たこ焼きに焼きとうもろこしなど、コンコちゃんは全てが初めてのようで、目をきらきらさせて喜んでいた。


「楽しい?」


「うん、たのしい、おいしい」


 何だかちょっと母性が生まれた気がした。私に子供ができたらこんな感じなのかな。


 楽しい時はあっという間に過ぎていった。夜の二十二時、お祭りが終わりに近づいていた。


「コンコちゃん、おうちはどこかな」


「おうち、ない」


「じゃあ、お母さんとお父さんは?」


「おかーさん、おとーさん、いない」


 何を質問してもコンコちゃんは首を振った。そんなのあり得ない、じゃあこの子はどこから来たの?


「でも帰らないと、大人の人が心配するよ?」


「おねーさん、おめんは?」


 コンコちゃんから思いがけない質問が来た。何で今お面?


「おめん、もってないの?」


「あ、えっと、どうしてそんなこと聞くの?」


 私は寒気がした。何か嫌な予感がする。


「みんなはもってきてくれるんだよ。コンコのために」


 おじさんから聞いた話を思い出した。怨霊を鎮めるためにお面を祀るのだと。持ってないとどうなるかまでは聞いてなかった。


「コンコね、おかおなくなっちゃったから、おめんつけてる」


 コンコちゃんが徐々に近づいてきて、私は尻餅をついて後退りする。まさか、この子は……。


「でも、おめんあきた、ほんとうのおかおほしい」


 コンコちゃんの手が私の顔に伸びてきた。私は状況が理解できずに固まっている。


「だからね、おねーさんのおかお、ちょうだい」


 だめだ、逃げられない、怖くて体が動かない。コンコちゃんの手が私の顔に触れた。


「あ、熱い!」


 手が触れた瞬間、焼けるような痛みが襲った。それはじりじりと私の顔を侵食していく。


「やめて、嫌だ!」


 私はコンコちゃんの手を跳ね除けて、すぐに立ち上がって逃げ出した。神社の方向にひたすら坂を駆け上がる。コンコちゃんは私の後を追ってきている。


 周りを見ても誰もいない。もう一つおじさんが言っていたことを思い出した。お祭りの最後に神社の祠にお面を祀る。神社に行けば人がいるはずだ。


「なんでにげるの? おねーさん」


 後ろを向くとコンコちゃんはすぐそこまで来ていた。宙に浮いてすーっと移動している。笑いながら私の手を掴もうとする。


 神社が見えてきた。奥には人だかりができている。私は必死に叫んだ。


「助けてください!」


 神社にいた人たちが一斉に私のほうを向いた。その中にいた神主が私を見て事を理解したようだった。


「みなさん、下がっていてください。あなたはこっちへ」


 私は言われた通り神主の後ろに隠れた。


「おじさん、じゃましないで」


「お前さんにはいつもお面をあげているだろう」


 コンコちゃんは神主に触れようとした。でも何かに弾かれて触れられず、コンコちゃんは涙目になっている。


「せっかくのチャンスだったのに」


 そう言ってコンコちゃんはゆっくり消えていった。


「あ、ありがとうございました」


「あなた、この村の人ではないですね、知らなかったのですか?」


 神主は呆れ顔で私を見つめている。


「聞いてはいたんですけど、こんなことになると思っていなくて」


「まあ、何年かに一度こういうことは起きるので、次気をつけていただければ大丈夫です」


 私は運が良かった。大体の人は助かっても顔に火傷の痕が残るらしい。過去には何人か本当に顔を取られた人もいるという。


「どうしてコンコちゃんは神主さんに触れなかったんですか?」


「私のお面は魔除けの効果があります。実際に祀るお面は何でも良いですよ」


 私がもうちょっと下調べをしておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。でも私は、コンコちゃんが悪い幽霊だとはどうしても思えなかった。


 村から帰ってきて記事をまとめた。あの恐怖体験も踏まえて、笹崖村の楽しいお祭りと、一人の少女のことをみんなに知ってもらえたらいいと思う。

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お面祀り 畝澄ヒナ @hina_hosumi

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