3-1 Combat(馬腹)――多摩川近辺


『――霊水擲弾ミラクルウォーター、効果は認められません』

『ええいッ! 私が殴りつけるから、隊長、援護を!』

『分かった』

 隊長、デービッド、クラウディアの戦闘が始まって、まだ5分と経っていない。

 やや丘になった林の中からは、相変わらず耳にも残らぬ人為的な音。

 頭の中では激しい掛け合いが木霊する。霊的分離不能石エンタングルメントストーンは、対象を絞って念話をすることも、辺り一帯に叫ぶように念話をすることも出来る。林は奥行き数十メートルは確実にあることから、結構な距離を隔てても十分使えることを証明していた。

 各々の異能が、部隊を構成する――。


『敵怪異、距離を取って警戒しています』

 中継局に繋がる無線機とエンタングルメントストーンを通じて――、キャサリンが状況を『透視クレアボイアンス』、連絡する。

 隊長やデービッドが見た光景が、彼女には。電話など不便さはあるが、状況を同時に把握出来るのは、が漂う中では、あまりに画期的である。

『こっちだ化け物――!』

 探索中に接敵した場合、事前に隊長が『神聖化コンシクレーシヨン』していた武器で戦闘を行う。普通の武器弾薬では、怪異に効き目はなく、怪異戦闘に使う武器はすべて、物質を怪異にようにする隊長の〝祈り〟が必要だ。

 それでも、派手に戦闘する訳にも行かない。

 進駐軍兵士の発砲事件は耳目を流れ行く。

 しかし、偶発的なそれと、戦闘任務は性質が大きく異なる。其処彼処そこかしこで手榴弾を投げ、発砲しているのが発覚したら、連合国の占領政策にどのような影響を与えるか計り知れない。


「『おおおおおおおおッ!』」

 が、林の中、頭の中に響き渡る――。

 クラウディアの拳は、異能で鈍く輝く。

 彼女の『聖打ホーリーブロウ』は、怪異を貫き、潰し、砕く怪力である。往年のボクサーのようなスマートさはなく、あらん限りの力で。外見に違わず、勇ましい闘い方とのことである。

 ――声はすれども、姿は見えず。

 ただただ緊張感溢れる遣り取りが、脳内に響き渡る。


『クラウディアさん、無理しないでください!!』

『うるせぇ! 足腰立たなくしてやりゃ良いんだ!』

 ザッ、ザッ――と会話の間に、打撃音のような雑音が入る。

 エンタングルメントストーンの力に、彼女の異能が干渉でもしているのだろうか。だとしたら、クラウディアは敵怪異をしていることになる。

『敵怪異、フランスで遭遇した「ジェボーダン」に近いものと思われます! クラウディアさん、絶対に咬まれないでください!』

『――えぇい、くそッ!』


 ――聞いたことがある。

 

 確かシートンの『動物記』だったか、数百年前のフランスに現れた、紛うことなき人食い狼。古い記録だから、正直、御伽噺の類いだと思っていた。

 だが、彼女らの会話は、それがし、かつである――。

 私は静かに受話器を握る力を強めた。

『これなら、……どうだ!』

 デービッドが叫び、林の中から癇癪玉のような大きな音が響いた。音らしい音が聞こえたのは、これが初めてである。それでも、意識しなければただの雑音、よくて花火である。

投擲型銀粉弾シルバーグレネードの使用を確認! 敵怪異、怯んでいます』

『よし、今だ! 眼を狙え!』

 大型動物の狩猟ハンティング。生き物の行動を止めるには、脚や頭を狙うのは定石。恐らく、今まで急所を狙うよう、試行錯誤をしていたのだろう。各自の奮戦が、収斂していく――。

『敵怪異、動作の鈍化を確認』

『トドメだ、射撃開始!』

 ラジオで聞くような、緊迫感のある朗読劇。そんな風情だが、実際には命の遣り取りが続けられている。銃口は怪異を捉え、間もなくこの戦いも終わる――。

 その時だった。


『うわッ――!』

『待ちやがれッ!』

『まずい! 逃げたぞ!』

 余裕すらあった声色が、一瞬で緊張の坩堝に叩き落とされた。

『そっちは、ウラベさんが!』

 私が――、どうなる。

『ウラベ、聞こえるか! 怪異がそっちに逃亡した! もし接敵しても、身の安全を確保して逃げろ! 我々もすぐ行く!』


 敵怪異が、こっちに向かっている――!

 目の前の林。

 既におうときも幕を下ろし、蒼い闇が墨色を纏い始めている。

 この先の見えぬ木々の影から、獣のような怪異が飛び出てくるのか……?

 さっきまで、隊長達が何発も撃ち込み、クラウディアが打撃を叩き込んだ、あの怪異が……!


『ウラベさん、もし敵怪異が現れたら、極力離れてください!』

『――わ、分かった!』

 張り詰めた緊張に、ぎゅうと胃が縮み上がり、内容物がせり上がってくる。自然と嘔吐き、下唇を噛みしめる。

 ――大陸での戦場。

 砂煙の中、銃弾や砲弾が私を殺そうと迫ってくる、あの恐怖を思い出す。いや、銃火の中のそれだ。

 咄嗟にジープ後部座席のシーツを剥がし、積んであった予備の消音器付機関銃グリースガンを取り出した。逃げるにしても、牽制や自衛行動をした方が良いに決まっている。

 事前に説明を受けた通り、カバーを外し、指でボルトを下げる。

 いつでも撃てる――。

 通信機を右手に、左手で機関銃を構え、林の方へ銃口を向けた。

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