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「この紙にサインをしてお前が来て……ああそうそう。さっき話に出ていた金額ならもう用意してある」
「ありがとうございます」
話をひとしきり終えて、使用人に持ってこさせたティーカップの中身をシュミットはグイっと飲み干した。聞き手のシザルタはシュミットの顔を見つめながら彼の悩みの深さについて口にする。
「それにしても親の好意で決まる結婚ですか。なにか気の毒に感じますね」
「そうだな。ところでシザルタ。どうやって婚約破棄を成り立たせる?まさか相手を殺す気じゃないよな?」
「ええ。もちろんです。我ら結社が使う秘術にてあなたの運命を切り、結び直すのです」
「秘術……?さっきみたいに何もない所から出てきたようにか?」
「ええ。それによって身勝手な親によって決められた貴方の婚約を破棄することが可能です」
ティーカップをゆっくりと飲みながらシザルタは答える。
「……もう一度確認したい。お前は本当に悪魔じゃないのか?」
「ええ。私は高次元空間、『ラープ・ラウス』の住人です」
「ラープ……ラウス?」
「ええ。この世界とは異なる世界にてこの世界を観測が可能な次元で、私はそこから来たのです。加えてこのように――」
シザルタが指を鳴らして手に持っていたティーカップを手放す。するとどうしたことか本来落ちるはずのカップは落ちることはなくまるで宙に固まっているかのように留まっていた。
「まじか……」
「貴方が手に取ったこのチラシの手順は私をここに呼ぶ合図。それによって私は此処に来たのです」
「俺の渡した銀貨、そっちでも使えるのか?」
「ええ。心配いりません。今回は対価がお金で良かったので」
「『今回』は……ねぇ。まあいい。それでどうやって破棄を?具体的には?」
シュミットが問いかけるとシザルタはカバンから何かを取り出しながら説明を始めた。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにどこかうきうきしていた。
「手順であれば簡単ですよ。私が用意した道具と呪文。それによってあなたの願いを叶えます。その後は願いがかなったのち、報酬をいただきます」
「報酬……銀貨二百三十枚だったか?それっぽっちで本当に?」
「それっぽっちだなんて言わないでくださいよ。町の労働者の一月の平均収入なんですから」
「そうだな。だが俺に取っちゃそうでもない」
「さすがは貴族。それも次期跡取りとなると財布は潤ってそうで」
「まあな。今年は豊作だったからな。葡萄酒も売れ行き良くて助かるよ。じゃなくて――」
「ええ。わかってますよ。道具もちゃんとそろってますから」
いつの間にかテーブルの上にあった四つの道具。紙を切る鋏、果実を切る包丁、木を切る手斧、そして短刀。
(これは……普通の道具だよな?)
じっと見ていた。しかし日用品として何ら変哲のないものだとわかる。短刀がそれに入るかはわからなかったが、少なくともシュミットの目からして特に違和感は感じ取れなかった。
「それでは早速ですが、シュミットさん。先ほどの部屋に行きましょう。そうしたら真ん中に立っていただけませんか?」
「え?ああ、いいぜ」
言われるがままシュミットは何もない空き部屋に移動する。
収納道具もベッドも何もないその空き部屋に入るや否や、シュミットは部屋の中心に立つ。
「これでいいか?」
「はい。大丈夫ですよ」
シザルタは優しく笑みを浮かべる。そして四つの道具をティーカップと同じように宙に浮かせた。
「では、いきますよ」
その時のシザルタの声は何かが違った。重みがあった。シュミットは一瞬ぞっとした。
「お前何を――」
シュミットが何かを言おうとした時にはすでに遅かった。直後、四つの道具は宙に浮く。シュミットを中心に囲うとそれぞれを頂点とし、正方形を描いた。
「北の鋏よ――」
シュミットの前に浮く鋏がシザルタの詠唱と同時に光りだす。
「西の包丁よ――」
続いてシュミットの左側の包丁が輝く。
「東の手斧、南の短刀よ。私の声を聞け。暗き縁を持つものに救いの一振りを求める我の声を――」
右側の手斧と後ろの短刀も同じだった。そして道具どころか彼の周囲の床が蒼く光る。
「え?え!?」
「此度、我は願う。タキリの力をもってかの者の縁を斬る力をかの者の頭上に、その為にわが手に集い給え。切断の意思よ!」
「な、なんだ――」
焦るシュミットの声はシザルタの手を合わせる音によってかき消される。シュミットを囲う四つの道具からさらに光が溢れだした。その時、シザルタの両手が合掌から解かれてその両手の合間に光が満ちた。
「お、おい……それ――」
「じっとしてくださいね」
シザルタの下に集った光は一本の細い柱を形成し、シザルタの両手から伸びていた。それはすぐに刃の形を見せ、シザルタはそれをぎゅっと握りしめる。
「切断を司る四つの知恵、願いを持つ一つの心の下にかの者を救い給えっ!!」
光の刃をシザルタがシュミットに向けて振るった。呪文と道具の下に仰々しく振るわれた刃にシュミットは一瞬、死を覚悟した。
「……え?もう終わり?」
すぐに体の安全を確認した。部屋の空気は埃っぽいだけだった。
「もう大丈夫ですよ。婚約破棄の運命を今しがた、婚約したという事実から切って破棄に結びましたので」
「……そうか」
儀式が始まってから終わるまでの合間、シュミットはただ固まっているだけだった。その間にもシザルタは淡々と話を続ける。商売の話を。
「二日後になったらまたあなたの前に私は来ます。それで破棄がなされていないのなら報酬はお返ししますね」
「わかった。何故二日後なんだ?」
「その日になればわかりますよ。それでは」
シザルタは挨拶をしてその部屋を去った。
空っぽの部屋にはポカンとしたシュミットが取り残されているだけだった。
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