第26話 伊園と花沢②
「見るがいい…
「ガ…グギギ…」
俺の魔眼に囚われた岩ゴブリンがその動きを停止する。ふむ、呼吸は出来るのか。内臓も動いているようだし、全体的な動作のみを縛っている、と考えるのが妥当なところか。
「破ッ!!」
そんな考察をしながら魔眼を使っていると、花沢が停止したゴブリンの頭を殴り潰した。どうやらあっちにいた三匹はすでに倒したようだ。さすが花沢、仕事が早い。さす花。
「やるな、花沢。これだけのゴブリンを瞬殺とは」
「いや、イソノの魔眼のおかげでもある。やはり動きが止まった相手は楽に倒せるからな」
そんな事を言いながら俺と花沢はドロップした豆を拾い上げた。
ここに来てから今日で3日目。これで戦闘も数回目だ。俺も魔眼の扱いには大分慣れてきた。
俺は第三の目で手元の豆をじっと凝視した。
『ゴブリンの魔珠:小さな魔珠。魔物との融和性を上げる』
豆の鑑定結果で分かったのは、これは豆じゃなくて魔珠というらしい、という事だった。融和性というのは多分同期率と同義だろうと予測される。魔珠が一体何なのかは不明だが、やはりレベルアップの手段と見て間違い無いだろう。
「くっ…」
額がズキンと痛む。この鑑定の力、便利なんだが意外に第三の眼への負荷が大きい。停止能力の方は目が乾くだけなのに…この力も使い所を選ばないとな。
俺は花沢と豆を分けて食べ、そしてカードに目を通した。
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【
『深淵』の力。その瞳は真実を見抜き、相対する者を支配する。
同期率:37%
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俺の同期率は37%まで上がった。すごく何かが変わったと言うわけではないが、何となく魔眼がスムーズに使えるようになった気がする。
ちなみに俺たちはお互いの能力を把握するため、すでにカードを見せ合った。情報を開示し合った事で、信頼関係はバッチリ築けたと言えるだろう。
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【
『安癒』の力。その羽の鱗粉は傷と心をを癒す。大自然の中では全ての力が増す。
同期率:25%
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俺が昨日見せてもらった花沢のカード情報がこれだ。こっそり鑑定した情報では名前と魔獣名しか分からなかったけど、やっぱり詳しい情報はカードを見せてもらうのが一番だ。
というか、本当に花の妖精だったんだな…そして自然の中でパワーアップするという力。やっぱりあの力はブーストかかってたのか。そりゃそうだ、素の力で化け物の頭を粉砕するやつがいたら怖いよ。…いや、花沢ならできる気もするけど、うん。
しかしカードの星は俺より多いが同期率は低い。何なら俺の初期値よりも低い。それに数値の上がり方の差を見ていると、どうやら星が低い方が成長速度は早いらしい事がわかる。大器晩成か早熟か。この試練のデスゲーム的な要素を考えると、むしろ星が低い方が有利な気もするな。
「おお。見ろイソノ、建物がある。今日はあそこで休ませてもらおう」
しばらく間欠泉が見当たらなくなったと思っていたが、どうやら人里エリアに入ったようだ。半壊したり壁が無かったりと、どう見ても廃墟の民家的な建物が幾つか立ち並んでいる。
「おおっ、やった!井戸もある」
そして半壊した煉瓦造りの民家の横にはポンプ式の井戸があった。今までは間欠泉から吹き出した温泉を少量ずつ飲んで凌いできたから、この井戸は非常にありがたい。
「ふむ…ちと待っておれ」
そう言うと花沢はポンプから水を汲み上げ、手酌で水を口にした。
「ペロッ…これは真水。大丈夫だ、問題ない。ちゃんと飲める水だ」
即座に飲用水と判断する花沢。一応俺も第三の眼で鑑定したが、ちゃんと飲用可という結果が出た。花沢すごいな、一体どうやって判断してるんだ。頼もしすぎるだろ。
「ゴクゴク…プハッ」
しかし遠慮せずにガブ飲みする水は、やはり格別にうまい。花沢も安心したような顔で水を飲んでいるし、水の問題が解決したのは本当にデカい。
「それでは我は肉を狩ってくる。すまぬが火を起こしていてくれぬか」
「ああ、頼む」
そう言うと花沢は夕暮れの中、木が生い茂る林の方へと歩いて行った。相変わらず男前である。
その辺に落ちている枯れ木を集め、花沢から借りたライターみたいな道具で火をつける。この着火装置は花沢が支給品ガチャで引いた物で、かなり使い勝手も良い。何が燃料になっているのかは不明だが、スイッチを押すだけで小さな火が出続けるのだ。
鑑定では『イグナイター:一般的な着火装置』という浅い情報しか分からなかった。
パチパチ…といい感じに火が大きくなった頃、花沢が帰ってきた。
手にはでっかいネズミと二つ頭のヘビを持っている。それ食うの?ちょっと引くなあ…。
鑑定するとネズミは体液に神経毒があるから食用不可、意外にも蛇の方は可食という結果だった。
「ううむ…だがどうやって捌くか。俺も花沢も刃物など持っていないぞ」
刃物が無ければ開いて内臓を取り除くこともできない。まさか素手で解体するわけには…。
そう思っていると花沢が「我に任せておけ」と言い、軽々と蛇の頭を捻り取り、素手で腹を割いて処理し始めた。こ、こいつすげえや。それ、何でできんの?まさに力こそパワーよ。
驚愕して見ている俺をよそに、花沢は開いた蛇に棒を刺して火にかけた。なんとも言えない香ばしい香りがする。
焼けた蛇を二人で分けて食べたが、かなり淡白な味だった。出来れば塩くらいは欲しいところだ。
取り出した内臓とネズミは焚き火の中にぶち込んでおいた。うーむ、なんとも言えない酸っぱい匂いがする。やっぱり燃やさないで埋めとけばよかったか。
「よし、この家が良さそうだ。一番損害が少ない」
「うむ。扉も残っておるし、窓の穴を家具で塞げば安全だろう」
そして俺たちは今日休む民家を選んだ。他の家は大体壁が崩れているが、この家はかなり状態が良い。窓にはガラスなんて無いから、花沢の言う通り家具か何かで塞いでおけば魔物の侵入も防げるだろう。
扉を開けると中には倒れたテーブルや椅子、本や食器などが散らばっていた。かなり荒れているし、年月も感じる。
住人の姿…死体などは無かった。この集落に何があったのかは分からないが、今晩はこかに泊まることを許して欲しい。
「噴ッ…!」
ズズズ…と花沢が、大きな本棚を窓の前へ移動させた。さす花。これでこの家は安全地帯へと変身だ。
床に散らばった物を隅によけ、寝床を確保。交代しながら休むことにした。
少し本をめくってみたが多分知らない文字だった。暗くてよく見えなかったから明るくなったらもう一度見てみるか。
そして魔物の襲撃もなく、無事に一晩休むことができた。
「さすがに体が気持ち悪いな…風呂でも入りたいところだが」
ここに来てすでに数日。体が痒くなってきたし、匂いも気になり始めた。不思議とこの制服は破れても!いつの間にか補修されるし汚れも消えている。確実に俺の制服なのに不思議だ。転送された時に何かいじられたんだろうか。
「ならば水浴びをしてくるが良い。どれ、我が見張りをしてやろう」
「えっ…いや、それは…」
「気にするでない。それにイソノの後に次に我も浴びる。ほら行くぞ」
「ちょ、ちょま…」
そうして強引に井戸まで連れて行かれたが、井戸の周りには壁も何もない。「我は背中を向けているから安心しろ」と言い、花沢は仁王立ちで周囲の警戒に入ったが、安心できるわけねえ。
躊躇しながらも服を脱ぎ、全裸に金属ベルトという格好になる。このベルトは呪われたかのように外れないので、情けない格好になるのは仕方ない。
キュキュ…バシャーンと家で見つけた桶を使って水を浴びる。冷てえ〜!…けどこの辺りは温泉地帯で暑いし、これくらいが気持ち良い。
「あっ、タオル…考えてなかったな」
体中びしょ濡れになってから拭くものがない事に気付いてしまった。仕方ない、出来るだけ水気を切って服を着よう。そう思ったその時、花沢が背中を向けたまま口を開いた。
「ふむ…我が乾かしてやろう。…噴ッ!」
そして背中から羽を生やし、パタパタと羽ばたいた。
するとフワ〜ッと優しい風が俺の周りに纏わりつき、その風が俺の濡れた体を絶妙に乾かしていく。
「こ、こんな事ができるのか。これは風を操っているのか?」
「いや、そんな大層なものでは無い。ただ小さな風を送っているだけだ。我は微風を起こすことと、治癒の鱗粉を出すことくらいしか出来んからな」
いや、それ十分だよ。同期率低いのによくこんな細かいことできるな…やっぱり体操作は古武術に通じる部分があるのかもしれんな。
「そういえば花沢は…武術か何かやっているのか?」
だから直接聞いてみた。何となくこの状況なら聞ける気がしたからだ。
いそいそと服を着る俺に、花沢は背中を向けながら返答をした。
「…噂で聞いたのか。そうだな…こんな状況だ。隠していても仕方がなかろう」
そう言って花沢は俺の方に振り返った。
「我は一子相伝の古武術、花沢撲殺流の正統後継者なのだ」
そしてキメ顔で告げた花沢は、俺のパンツ姿を見て硬直。カーっと赤らめた顔を両手で隠し、しゃがみ込んでしまった。ちょ、いきなり振り返んなよ!俺だって恥ずかしいわ。
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