第25話 最強女子


花沢つぼみ。身長190cmオーバーの筋骨隆々女子。その体格と世紀末覇者のような風貌も相まって近寄りがたい雰囲気を醸し出すが、その性格は寡黙で穏やか。

家が古武術の道場という噂だが真実は定かではない。だがその喋り方は確かに古武術的なものを感じさせる。何せ一人称が「我」なのである。

 

しかしその件について本人は肯定していない。部活は手芸部に入っているし、鞄に付けられたクマの編みぐるみを見るにどうやら可愛い物が好きらしい。髪型もパッツン前髪に肩から下がる二つの三つ編みと、武道家という感じではない。

だが現実として花沢氏は素手で岩ゴブリンを撲殺して見せた。あの噂は本当だったんだと信じざるを得ない。

 


「す、すまな…い…助かっ…」


俺が花沢つぼみにお礼を言おうと必死に口を動かそうとしたその時、突然花沢氏の目が鋭くなった。


「む…!まだだ、待っておれ」


そう言うと花沢氏は重心を低くして構えた。

見ると最初に吹き飛んだ岩ゴブリンがよろよろと起き上がり、棍棒を拾う所だった。


そして構えた花沢氏は流れるような歩法で岩ゴブリンの眼前に移動。あ、あれはまさか縮地というやつか?漫画でしか見たことないぞ。

突然巨体が目の前に現れ驚いた岩ゴブリンは棒を振り回すが、花沢氏はその動きを完全に見切っている。トン、と棒を軽く横から押しただけで岩ゴブリンの手から棍棒がすっ飛んで行った。な、何だそれは…どういう原理だよ。


「破ッ!!」


その隙を見逃さずに放たれた花沢氏の掌底がゴブリンの顎を打ち抜く。あまりの威力にゴキャリと後ろに首が折れ曲がり、頸椎を砕かれた岩ゴブリンは塵となって消えた。


す、すごすぎる。素手であの化け物二匹を倒すとは…しかも瞬殺。人間業じゃない。おそらく古武術は事実…そしてそれに加えて、何かの魔獣の力を使っていたに違いない。


「う…ぐぅ…」


とにかく完全に助けられた形になってしまったが、花沢氏のおかげで危機は去った。

だが、もう体が持たない。何せ骨はバキバキ、身体中が腫れ上がっている。早く治療を…だが「回復薬」は皮袋の中に置いてきてしまった。


「た、頼…む…、回復薬…を…」


そう呻く俺の元に超速で花沢氏が駆けつけた。全く見えなかった。


「すまぬ、我も離れたところに荷物を置いてきてしまったのだ。だが心配するな、応急処置だが今治療してやる」


そう言うと花沢氏は一瞬目を閉じ、そしてカッと見開いた。


「噴ッ!」


その気合いと共に花沢氏の背中から二対の薄い羽が飛び出した。あ、あれはハエ…じゃなくて蛾…でもなくて、蝶の羽だろうか。


そして俺に向かって羽を一はばたき。キラキラと光る鱗粉のような小さな粒が俺の体へと降り注いだ。

正直ちょっと気持ち悪かったが、何とその鱗粉が触れたところから痛みが引いていき、少しずつ傷が治癒していったのだ。


「こ、これは…すごい…、治癒ができるのか」


「うむ、我の中に入った魔獣はお花の妖精さんなのだ。治癒の能力を持っている、らしい。さすがに骨折までは治らないようだが、幾分マシにはなったであろう」


「お、お花の妖精さん…」


何ともすごい魔獣がいたもんだ。

しかし確かに花沢氏の言う通り、外部の怪我は大分良くなったようだ。骨折は治りきっていないが、それでも痛みはかなり緩和されている。何て優秀な力だ。

…ん?待てよ…じゃああの戦闘力は能力関係ないってこと?えっ、嘘だろ…こいつヤバすぎない?


「そ、そうか。すまない、応急処置感謝する。…それと、申し訳ないが肩を貸してくれないか?荷物…回復薬を取りに行きたいんだ」


「ふむ、問題ない。我が連れて行ってやろう。どれ、少し待っておれ」


そう言うと花沢氏は何かを地面から拾い上げた後、ヒョイと俺を肩に担いだ。


「え、あの…」


「お主はまだ歩けぬであろう。心配いらん、我に任せておけ。ふむ、あちらだな」


そうして花沢氏は重さを全く感じさせない足取りで、俺の皮袋のところまで連れて行ってくれた。ちょっと素の力強すぎません?



「ゴクゴク…くっ、苦い…!お、おお!でもこれはすごいな」


回復薬の力は本物だった。骨折も何もかも全て瞬時に元通りになり、俺はその効力にただただ驚愕した。本当にこれはすごい。残りの一個はよく考えて使わねばならないな。


「さて…」


自分の皮袋を取って戻ってきた花沢氏に俺は向き直る。色々と話をしなければならない。


「まずは…ありがとう。本当に助かった」


「気にするでない。たまたま近くにいただけの事」


あの時花沢氏が助けてくれなければ俺は確実に殺されていた。まさに彼女は命の恩人。感謝してもしきれるものではない。

だが、一応聞いておかねばならない事がある。俺を助けてくれた事から心配はないと思うが、確認は必要だ。


「そ、そうか、すまないな。それで…花沢つぼみ…いや、花沢さん…、いやええと…花沢氏…よ…」


「花沢で構わん。我もお前のことをイソノと呼んでおるからな」


「そ、そうか…。では花沢よ、お前は星を奪い合う事に賛成しているのか?」


そう、この問題だ。

この「試練」のゴール条件である星3つの確保。そのターゲットをクラスメイトに向けるやつは必ずいる。クラスメイト同士で殺し合うのか協力するのか、どちらのスタンスなのかは非常に重要だ。まあ花沢がその気になれば俺なんて瞬殺しゅんころなんだろうけど。


「我は級友同士で争う事には反対だ。それならば協力して、襲い来るハンターとやらを返り討ちにする方が良いと思っておる」


そして花沢の返答は予想通りのものだった。まあ俺を助けてくれた時点でそうだよな、分かってたけど一応。


「そうか、良かった…。では俺と一緒に行動してくれるのか?」


正直この戦力は欲しい。花沢がいればこの危険な森だって余裕でクリアできる気がする。

そんな期待を込めて聞いた質問への答えは——


「うむ、当然だ。共に行こうではないか」


と、なんとも男気に溢れる返答だった。本当に男前だなこいつは。

しかし初日に花沢と出会えたのは本当にラッキーだ。他にどんな魔物がうろついてるか分かったもんじゃないからな、最高の前衛だ。


「ほら、これを食っておけ」


すると花沢が何かを俺に差し出してきた。


「これは…豆?食えるのか?」


それは二つの薄く光る豆。少し不思議な見た目をしているが、見ていると妙に食欲をそそられる。

俺はちょっと躊躇しながらその豆を口に入れた。その瞬間、物凄いうまみと幸福感が俺を襲い、思わず「へえあぁ〜っ!」と恥ずかしい声を出してしまった。


「コホン…。は、花沢、今の豆は一体なんだ?」


俺は誤魔化すようにして花沢に尋ねた。すると花沢は俺の予想外の答えを返した。


「あれは小鬼が落とした物だ。おそらく額に付いていた豆だろう」


それを聞いて俺は固まった。小鬼…さっきのゴブリン?ゴブリンから取れた豆?う、嘘だろ…なんてもん食わせんだ。


「イソノ、自分のカードを見てみるが良い」


行き場のない気持ちでいっぱいの俺に花沢がそんな事を言う。思考停止しながらもその言葉に従い、俺は自分のカードを見てみた。


「えっ」


俺のカードの同期率が上がっていた。最初は29%だったけど今は31%になっている。間違いない、最初に確認した時より数値が上がっている。


「我もさっき知ったが、どうやらあの豆を食えば同期率とやらが上がるらしい。お主のように戦闘が不得意な者でも、魔獣の力を育てればきっと強くなれるのだろう。ならば積極的に食うべきだ」


そう言って花沢はニヤリと口元を歪めた。多分笑顔のつもりなんだろうけど、怖えよ。威圧感がすごすぎるよ。

…でも、そうか。こうやって魔物のドロップ品を食うことで強くなれるのか。それならば確かにそのシステムに従うのが得策だろう。


「フッ…そうだな。我が魔眼のためゴブリン共には贄となってもらおう」


そう言って俺も不敵に笑い返した。


よし、光明が見えた。これなら俺も成長できる。今はサポートくらいしか出来ないが、いずれは最強の魔眼使いになるのだ。


…しかし一応女子の前なんだが、俺は気負わずに暗黒ムーブが出来ている。やっぱり花沢は女子から遠い存在だからか?もしこれが尾野崎相手だったらこうはいかないだろう。

まあいい、とにかくパフォーマンスを維持出来るのは良いことだ。頼りになる相棒くらいに思ってこのまま行こう。

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