きざはしに残る天使香について。

堺栄路

きざはしに残る天使香について。

少年の体から熱が失われていく。そのことが胸をしめつけて苦しかった。彼の名を呼び続けるのだが、空を向いた手のひらから、魂がこぼれ落ちていくのがわかる。

「死ぬわけじゃないんですから……心配……いらないですよ……」

 少年は笑顔を作ってみせる。そんな少年を、オーラ・ジュエルランドは引っぱたいてやりたかった。眼鏡を外して、頬を思い切りうつのだ。目を覚ませ、と。

「イクタ・オクタ」

 少年の名を呼ぶ。

「……はい、オーラさん」

 色素の薄くなった唇が、かすかに震えた。

「ウチにして欲しいこと、ある?」

 イクタの精神は消え入る途中にあった。——19歳の誕生日まで一時間を切ったからだ。

 オーラの心の内側で、先ほど聞いた声がリフレインする。

「イクタ・オクタも選ばれたんだ。この惑星を守護する衛士の一人にね!」

 それは寄宿学校の教師の言葉である。衛士とは統合会議に仕える兵士であり、衛士隊はこの惑星唯一の武力組織だ。オーラの故郷では警備隊などとも、自衛軍とも呼ばれる組織である。

 違っていたのは、その成り立ちだ。

 衛士になるのは、決まって19歳の誕生日であるという。また自らの意思でなるわけではない。統合会議に選ばれた市民は、勝手に、自動的に、衛士になるのだ。そしてその行為は、記憶と心を統合会議に捧げることでもあった。

「ほら、今度ウチの宇宙船ジュリエッタに乗せてやっからさ。乗りたがってたっしょ?」

 オーラが気丈に話しかけるのだが、イクタは目をつぶり、首をふる。

「わかるんです。もう、終わりだって……ありがとうございました。ぼく、オーラさんのこと……忘……忘れ……」

「イクタっ」

「忘れたく、ないなあ……」

 そう云って涙が一筋こぼれた。ゆっくりとまぶたが閉じられ、イクタ・オクタは力を失ってしまった。

 しばらく呆然としていたオーラだったが、彼の体を抱えてベッドに運び、それから自分の頬を強くたたいた。ぱんっ、と派手な音がして、彼女の色黒な肌がうっすら赤く染まる。

「あきらめんな、弱気になるな。まだ終わりじゃない……」

 ヒントを探して、オーラはイクタ・オクタと出会ってから——つまりこの星に着いてからの記憶をたどっていく。

 宇宙港を歩いていたら、泣き面のイクタと出会った。

 彼は友人を探していたらしい。聴き出したところ、友人はこつぜんと寄宿学校から姿を消してしまったという。しかも奇妙なことに、彼のことを誰も覚えていないらしい。

「良いやつだったんです。今日も一緒に船を観に行こうって約束していて。それなのに……」

 そこまで聴いたら、オーラは放っておけないと思った。義侠心などではない。放置すれば、夜眠る時に心地が悪くなるからだ。

「よし、ウチにまかせておけ!」

 そして彼女は寄宿学校へ潜入したのである。分かってきたのは、彼の言葉を裏付けることが何もないこと。イクタ・オクタが嘘をついていると考えた方が道理にあうのだが、オーラは疑わなかった。何があっても依頼人を信じるのが彼女の流儀だったからだ。

 しばらくして捜査は結論へとたどり着く。消えていった人間の輪郭を追ううちに、不自然なことが増えていった。二人で歩いたという事実が、一人で歩いた、というふうに書き換えられている。そんな細やかな記憶と記録の齟齬が、消えた人間の影を浮かび上がらせていったのだ。

 それらの証拠を集めて、学校の運営側に叩きつけたのが、今からおよそ一時間前のことだった。そこで教師の一人から語られたのが、彼の友人たちは衛士に選ばれたという事実である。衛士になれば、統合会議の命令を聞くだけの生きた操り人形となる。その際に、周囲から記憶は消されてしまう。それは優しさであると教師は語った。

「統合会議は星民の最大幸福を追い求める組織だからね。徴兵制度なんていう古びた制度は最初に書き換えられたのさ。人が武力を忌避するのは何故だか分かるかい? 自分の愛するものが失われるからだ。だったら最初から亡き者にすればいい」

 高々と語る教師をオーラは鋭くにらみつける。

「んな理屈はどーでもいいっての。ウチが聞きたいのは、元に戻せんのかってこと」

「無理だね。カウボーイ・ウェブに繋がった市民には逃れる術もない」

「その統合会議にも?」

「一度こぼれた水は、コップに戻ることはないんだよ。よそ者の君無重力育ちには理解出来ないことかもしれないがね……」

 周囲をかこまれていることは、薄々勘づいていた。捕まればカウボーイ・ウェブの受信機を埋め込まれ、オーラも記憶を消されることは明らかだ。

「支配のための支配ってやつ?」

 ぼそりとつぶやくと、オーラは目の前の男をその長い足で蹴り飛ばす。間髪入れずにとびかかってきた他の教師たちとの乱戦に入った。一体の顔を蹴ると、その首がボロリとこぼれる。

 教師たちはカウボーイ・ウェブ経由で動く機械人形だったのだ。

 ——残った一体の頭に、オーラはハイヒールのかかとを突きつけた。

 首だけ転がった教師は笑い出し、「イクタ・オクタの心配はしなくていいのか」とのたまう。

 そして、イクタもまた衛士に選ばれたということを告げるのである。

 ——回想は終わる。息を吐く。心を落ち着けて、覚悟を決めるだけの時間としては十分だった。

「ウチにできること……」

 大腿に巻き付けたホルスターを指でなぞりながらつぶやく。答えはわかりきっている。あとは一歩踏みだせばいい。

 死んだように眠るイクタの額をそっとなでる。

宇宙船ジュリエッタは置いていくから、起きたら好きに触ればいいよ。おやすみ」

 もう一度自分の頬をたたいて、彼女は歩き出す。

 準備をしてから、学校の外に用意した大型二輪車に乗り込む。点火キーを押すと、蒸気燃料に火がついて、パイプから水蒸気が噴き出す。背部のプロペラが緩やかに回転を始めた。

 息を吸って、吐く。ゴーグルをつけると、オーラは思い切りペダルを踏み込んだ。

「いくぞっ!」

 プロペラがうなりを上げて二輪車は走り出す。

 大型二輪車を操るオーラは、さながら大昔のカウボーイのようだった。

 オーラ・ジュエルランド。

 彼女は宇宙から宇宙へ、惑星から惑星へと旅をする孤高の狼である。

 トレードマークは金色の髪と小麦色の肌。

 そして、何より彼女を象徴するのが、太腿のホルスターにしまい込んだ、一振りの武器なのだ……。

 

 ○

 

 惑星統合会議には三層からなる警備網が敷かれていた。この惑星系でも有数の防御装置であり、それぞれ「賢者の隔たり」「衛神の壁」「巨人の手」という異名を持つ。統合会議の設立から300年、誰にも破られたことのない不落の仕組みだった。

 だが、それが、今。

「賢者の隔たり、衛神の壁が突破されました!」

 あっさりと破られていた。

「アルマダ機甲団すら防ぎきった防壁だぞ! 一体どうやって?」

「それが……何故か警報に引っかからず……来ます!」

 大型二輪車に乗った人影が迫ってきている。プロペラが水蒸気を吹き上げて、大きな音と霧を振りまきながら飛んでくる。

 その女は口を大きく広げて笑っていた。防具などは何もなく、お腹の見える扇情的なファッションの女だった。

「支配者どもよ! 目に物見よ! 遠くのものは音を聞け! オーラ・ジュエルランド様のお通りだっあー! どけどけー!」

 その姿を見て、衛士たちの心に浮かび上がるものは恐怖だった。まったく理解がおよばなかったのだ。それでも彼らを動かしたのは心ではなく、その身を縛り付ける使命であった。

「巨人の手を起動しろ! 絶対に止めるのだ……!」

「巨人の手ですか? たった一人にやりすぎでは?」

「守るべきは俺たちのプライドではない、統合会議だろう!」

 その言葉に衛士たちは頷いた。

 伝令役の衛士が、背負いものから伸びたラッパに声を吹きかける。

「巨人の手、きどぉー!」

 その声が彼の背負う電信装置の電気膜をふるわせた。震えは電気信号となり、もう1つの電信装置——地下倉庫にある——へと送り届ける。

 ほの暗い底で、電信装置が歯車を回しながら、一枚のパンチカードを吐き出した。それを読んだ機械人形が、再び声を張り上げる。

「巨人の手キドウ! キドウ! 搭乗士フクショウセヨ!」

「了解! 機関始動! 巨人の手、起動します!」

 巨人の腹の内に座る衛士は声を張り上げる。初の出撃だ。つばを飲み込み、震える手でスロットルを強く握りしめる。巨人の目が彼の心に呼応するように怪しく赤く光り出した。

 

 ○

 

 衛士たちがにわかに騒がしくなったころ、オーラ・ジュエルランドはすでに統合会議の中にいた。

 では統合会議前で衛士が追いかけているオーラは何者かと云えば、これは偽物の機械人形であった。教師たちの残骸を、彼女の宇宙船ジュリエッタにある化粧品・変装用のウィッグなどで整えたのだ。元々会議側の機械人形であるので、相手方の警報もスルーできた訳である。

 機械人形を乗せた二輪車には、パンチカードで予め動きをインプットしてある。何もなければ15分は走り続けるようになっており、つまりこれが大体のタイムリミットとなる。

 オーラは慎重に、しかして大胆に足を進めた。統合会議の中は迷路のようになっていたが、衛士どころか誰ともすれ違わない。奇妙な違和感に後ろ髪をひかれたが、今のオーラには進む以外の選択肢はないのだ。

 やがてひときわ大きな扉にぶつかる。意を決して勢いよく開くと、大きな円卓会議場が現れた。

「やっほー」挨拶しながら前へ進む。円卓の周囲には老人たちが座っているが、誰一人オーラの方を向こうとしない。

「……おーい」

 さすがのオーラも啖呵のひとつも出てこなくて、一人の肩を揺さぶってみた。しんと冷えた肩であった。

 よくよく見れば、老人たちは人ではない。博物館に飾られているような人の模型である。

「これがマジの傀儡政権ってやつね。初めてみたわー」

 冗談がこぼれるが拾う人間は誰もいない。せめて正解のチャイムぐらいは欲しいところだ。オーラはため息をついて、円卓に腰掛けた。ぐわん。と円卓の天板が半回転する。裏側のフチには滑り止めのゴムが巻かれており、天から見れば円を描いているようである。

 その回転に巻き込まれた彼女の体は会議場から消えた。

 ——天板の下は大穴だったのである。

「マジあり得ないんですけどー‼」

 真下には真っ暗な闇が広がっており、彼女の悲鳴がわんわんと反響する。

 やがて暗闇の底で、水柱が立った。

 暗がりの底には水面が広がっていたのだ。その中から褐色の手が伸びて、次に顔が浮かび上がった。

「死ぬがど思っだ」

 中型宇宙船の全長程度の落下距離だったので、普通は死んでも不思議ではないのだが、彼女は骨一つ折れてなさそうである。

 浮島の一つに上ってみると、他にも似たような島がいくつもあり、この湖を横断していることが分かった。だがそれよりも奇異なのが、水面を取り囲む小さな滝である。しかも滝の下にはスクリューをつけた機械がいくつも置いてあり、その滝しぶきを一身に受け続けている。

「何アレ、さむそ。機械の滝行?」

「発電装置だよ。冷却水を巡回させるついでに、いくらかの電力を作り出しているんだ」

 その声は暗がりに反響した。声の元を探ってみるなかで、空間の中央に大きな塔が建っているのに気がつく。塔に巻き付くようにして金属管が配置されており、その天辺にはラッパが突き出している。いびつな花束のようだとオーラは思う。

 その花束の天辺から、その音声は発されている。人の声に寄せた人ならざる異音である。

異邦人ストレンジャーがここまで来るのは初めてのことだ。歓迎するよ、オーラ・ジュエルランド。先ほどぶりだね」

 よく見れば水底にはいくらかの髑髏が転がっている。異邦人でないということは……見なかったことにした。

「あんたはどこにいる? 姿をみせろし。あと、初対面だと思うケド?」

 花束は赤と緑に点滅する。

「さっき寄宿学校で会っただろう? もっとも、あれは僕の傀儡の一つだが」

「傀儡だって? あんた、人間なの?」

「見ての通り、僕は階差機関だよ」

 階差機関が自我のあるように話している。パンチカードを読み込んで計算をするだけの機械に過ぎないはずなのに。

「勘違いしているようだが、僕に意思というものはない。星の管理をするために作られた統合管理型思考機関オールマイティ・イマジナリ・エンジンにすぎないのだから。数万数億単位の情報の統合体が僕であり、そこに個は存在しない」

 つまりは、この星の支配者ということか。

「やけにお喋りな機関ね。そう作られているから?」

効率的な情報伝達手段カウボーイ・ウェブを持たない君に合わせているんだ。ひどく非効率だがね」

「そりゃお気遣いどーも。じゃ、単刀直入に聞くけどさ、ウチのお願いは聞いてくれるわけ?」

「否定。イクタ・オクタの記憶処理なら止められない。誰か一人の通信だけをコントロールするなど、例外は認められないのだ」

 お見通しということか。この階差機関が惑星管理機関であるということは、あながち嘘ではないのだろう。オーラの眉がわずかに動いた。

「例外がダメなら、いっそこんな制度止めてしまうのはどうよ?」

「議題を確認。審議——300,000,000票中反対99パーセント。否決された」

「マジでいってる? 自分の中だけで完結してんじゃん。それって独裁ってやつじゃないの?」

 皮肉交じりの言葉だったが、機械は否定をしなかった。

「判断を誤らない独裁は宇宙でもっとも優れた統治方法だろう」

 オーラはやれやれ、と息を吐く。

「自分にはソレができるっていうの? ゴーマンっしょ、それ」

「判断間違いの原因は個の意思によるものだ。だが僕に心はない。だからこそこの惑星は、300年の”平和”を享受し続けてきたんだ。それこそが証拠じゃないかな」

 オーラは何か考えていたようだが、やがて諦めたように太腿のホルスターに手をかけた。

「それは平和とは呼ばない」

 そのボタンを外す。

「平和ってのはさ、みんなが相手の意思を思いやることができる状態を云うんだよ」

 彼女の右手が天を向いた。鈍く光を放つそれは、超大型のリボルバー拳銃である。

「ずっと違和感あったけど、話してしっくりきたし。あんたのそれは、”支配”って呼ぶんだ」

 ——ウェブ・フォッズ一三ミリオートマチック・リボルバー。彼女の母親リズ・ジュエルランドから受け継ぎしこの拳銃は、オーラ・ジュエルランドの象徴とも呼べる代物である。

「銃なんて無駄なものはやめたまえ。僕は爆弾でも壊せない設計だ」

「いや、無駄じゃねーし」

 大概のことは笑って流すオーラであるが、銃を握ったときは例外である。彼女をよく知る連中は絶対に銃は抜かせない。それは天使に寿命を告げられるのと同義であるからだ。

 ——オーラは旅のなかで、色々な銀河を渡ってきた。

 あらゆる星で、正しいと思えないことと彼女は戦い続けてきた。百万の軍勢や、数千の宇宙船・数億の宇宙菌類などと渡り合ってきた。そのほとんどが、「平和」を「支配」と呼び変えていた悪党たちだった。その支配に狂わされ、泣かされ、死んでいったものたちの声が、想いが、オーラの心には深く刻まれている。たとえ死んだって忘れられないぐらいに。

「この銃を見ても分かんない時点であんたの負けなんだよ。この星以外のことに興味をもつべきだったね」

 破裂音が響くと、滝の下の機械に大穴が空いた。

「なっ」

 発射の反動で弾倉が回転し、次の弾丸がセットされる。続いて隣の機械も貫かれ、バチバチと火花が上がる。

「やめろ……やめるんだ……オーラ・ジュエルランド……」

 やっと現実を把握できたようだが、到底遅い。

「イクタ・オクタの洗脳を解ける?」

「それは……反対が九六パーセント」

「じゃ、ないわ」

 ついに核たる中央の階差機関へと銃口が向けられる。その時、天辺のラッパから怪音波が発された。耳を刺し貫くような高音は、三半規管すら麻痺させるようである。さすがのオーラも顔をしかめるが、それでも、彼女は立っていた。

 階差機関は混乱している。完全に想定外の事態だ。彼の中に記憶された生命の中に、これほどまでの力をもつものは居なかった。外宇宙のことまではインプットされていなかったのだ。この銀河系が他の銀河と交流を始めたのはおよそ250年前のことで、彼が作られた300年前にはその情報は無かったのである。

 だから、オーラ・ジュエルランドについて知ることがなかった。ただの外星人と侮っていたのだ。

 知っていれば、彼女をここに招き入れるという愚かなことはせずに済んだのに。

「やめろ……このままじゃ、また人と人た争う世の中に逆戻りだぞ……」

「うっさいな。機械なんかに支配されているより、よほど健全っしょ」

 オーラは血の出る耳を押さえながら、拳銃の引き金を3回ひいた。3発の弾丸が塔の根元を砕き、大きな水しぶきを上げて塔は倒れる。

 音が止み、無音が訪れた。

 オーラは精悍な顔つきでソレを見つめる。

 ウェブ・フォッズから空薬莢がこぼれた。慣れた様子で弾丸を詰め込み直し、オーラは息を吸う。ゆっくり吐いて、それから大げさに頭を抱えた。

「ウチのアホー‼」

 滝の音に負けないぐらいの叫びであった。

 いつもウチはそうだ。考えなしの無鉄砲! 交渉ベタの暴力女! そんなのだから、G.A.L.(Goverment's Against Lady = 体制が嫌う女の略。転じて体制の破壊者のようなニュアンスで使われる)なんて呼ばれんだし。もう、ガチでへこんだ。いつまでもママみたいにカッコイイ女にはなれないのかな。もうベッドで寝ていたい……。

 ダウナーの渦に沈んでいくオーラであったが、しばらくすると不意に立ち上がり、頬をたたいた。

「ま、反省はあと。切り替えてこ」

 統合会議の大本である階差機関は打ち倒したのだ。イクタ・オクタの洗脳も解けただろう。ひとまずそれでいいじゃないか。

 切り替えの早さは長所である。それと同時に短所でもあるのだが。

「さて、階段かエレベータでも探すか」

 そう云って、彼女は飛び石を渡り始める。切り替えてしまった彼女は深く考えなかった。

 統合会議をつぶしたから終わりと、無意識に油断してしまっていた。

 だから、地面を割って飛び出してきた”巨人の手”に対する反応が遅れてしまったのだ。

 ”巨人の手”は統合会議最後の防衛機構である。

 大量のセンサー機器による「賢者の隔たり」や、超巨大壁の「衛神の壁」に続くそれは、いわばセンサーや壁をものともしない大型兵器や危機へ対応するためのものであり、惑星侵攻兵器に匹敵する火力を備えている。統合会議の地下格納庫にて眠り続けていたそれは、名の通り機械の巨人とも呼べる姿をしているのだ。

 衛士を胸の奥にしまい込んで動くそいつの手は、オーラ・ジュエルランドの小柄な肉体をスッポリと包み込んでしまう。

 <抵抗は無意味だ! 投稿しろ!>

 巨人の頭にはラッパが二つ咲きほこっている。そこから衛士の声が響く仕組みらしい。

 オーラは顔だけを出すと、巨人の胸に座る衛士に目を向けた。

「戦う理由がなくない? 統合会議は潰れたんだよ?」

<だからだ! まったくなんてことを……! 俺は、俺たちはこれから、誰に従って生きていけばいいんだよ!>

 泣きそうな声だった。その声の響きにオーラの記憶領域が刺激される。聞き覚えはあるけれど出会ったことのない声だ。そう、たしか。

「あんたジュールっしょ? ジュール・ハンディラン」

 怪訝そうに衛士はオーラをにらむ。

 行方不明になっていたイクタ・オクタの友人の名である。イクタに資料としていくつかの記録を見せて貰ったことがあった。

 <なんで俺の名を……>

「あんたを探している人がいてね。そうだ、ひとまずそいつに会うことから初めてみるのはどう? 記憶も戻るかもよ?」

<ふざけるな!>

 巨人の手がギチギチとうなり、オーラの体が締め付けられる。内臓が飛び出しそうだ。

 ——マジもマジなんだけどな……!

 痛みをこらえながら、オーラは銃口を足下に向けて引き金をひく。飛び出した弾丸は勢いよく地面に激突し、跳ね返り、巨人の足首を砕いた。

 巨人があわや転倒するかというところで、背中の大型ボンベから蒸気が吹き出す。噴射したスチームによって巨人は体勢を整えるどころか——その体をロケットの如く打ち上げた。

「うっそっ!」

 天井を突き破ってやがて建物を破壊し、巨人は空高く舞い上がる。成層圏を飛び出してしまう。そこには人の身には致命的な寒さがあった。

 <たとえお前でも、ここから落ちたら耐えられまいよ>

「そーかもね。試してみる?」

 不敵に笑うオーラに対して、手の力がゆるんだことが答えとなった。自然、少女の体は自由落下を始める。もちろんパラシュートなどはあるわけがない。先ほどの地下とは状況も違う。下にあるのは固い地面、完全な死が待っているだろう。

 だがオーラは動じず、ただ目をつぶり、ゆっくりと腕を広げた。

 <死んでしまえッ! 俺たちの”平和”を奪った極悪人がッ!>

 ——なんだ、何をするか自分で決められてるじゃん。だったら大丈夫だって。統合会議なんてなくたって、やっていけるよ。

 穏やかに瞳を開けると、ぼやけた視界の隅に光るものがみえた。風を切る音の合間に、聞き覚えのある地鳴りのような音が混ざってくる。まばたきの度に大きくなるシルエット——それは宇宙船ジュリエッタだ。彼女の下に船体が滑り込み、ハッチが開いた。男が出てきたかと思うと、オーラへとその手を伸ばす。

「——‼」

 言葉は聞こえなかったけれど、理解はできた。オーラは体の向きをかえて空気の上を滑る。彼女もまた手を伸ばした。

 二つの手が重なると、思ったよりも強い力で、彼女は宇宙船の中に引っ張りこまれた。

 ハッチ閉じられると、風切り音はやみ、幾分か静かになる。

 空気が満ちている。温かい。さすがのオーラもゼエゼエと息を吐いたが、隣に転がる彼はというと、全身汗でずぶ濡れであった。

 そんな姿をみて、オーラは頬をゆるませる。

「やば、マジで来たし」

「……来ない方がよかった?」

 首を振る。

「最高だよっ!」

 オーラの腕が彼を抱きしめて、それで彼——イクタ・オクタの顔は真っ赤に染まる。

 彼にも云いたいことは山ほどあった。

 ——目を覚ませばベッドの上に転がされており、周囲にはバラバラになった機械人形たちが転がっていた。それだけでパニックだというのに、外は統合会議が破壊された混乱で騒がしい。自分がまだ記憶も何もかも残っていること、オーラが居ないことから示される状況は一つである。一瞬で青ざめた彼は残されていた宇宙船ジュリエッタに飛び乗って、しゃにむにで飛び出した……。

 何をやってるんですか。何しでかしてるんですか。死ぬ気だったんですか……。色々な文句が喉元までのぼってきたが、オーラの体温を感じていると全部溶けていってしまった。イクタの両腕が彼女の背中に伸びようとしたとき、オーラはすんでのところで立ち上がる。

「んじゃ、行こうぜ」

「行く? どこへ?」

「どこって、」彼女は空を指す「宇宙しかなくない?」

「なんですって?」

 思わず顔を上げるイクタ。眼鏡がずり落ちた。

「なんでも何も、もうこの星じゃお尋ね者だし。ウチもイクタも」

 イクタは眼鏡を片手で直した。

「会議壊したのはオーラさんじゃないですか」

「そのウチを助けたのはイクタっしょ? 衛士の目の前でね」

「あ……」無我夢中で考えていなかったようだ。青くなるイクタの肩をオーラは優しく叩く。

「じゃあ、早速だけど宇宙船ジュリエッタの操縦よろしくね」

 そう口にされて初めて、イクタはこの宇宙船が落下を始めていることに気がついた。青ざめた表情のままで操縦席に滑り込むと、思い切り上昇ペダルを踏み込んだ。船体が斜めになり空に向けて飛び上がっていく。

「どーして云ってくれなかったんですか!?」

 冷や汗が噴き出す。そんな彼をみてオーラはカラカラ笑っている。

「あはははっ! いーじゃん何とかなったっしょ?」

「楽観的で考えなし! ああもう、知りませんよ!」

「ソレ、よく云われる。だいじょーぶよウチ、マジで運はいいからさ」

 イクタの座るシートの背もたれに手を置いて、オーラは白い歯をみせる。横目にイクタはつぶやいた。

「何を根拠にそんなこと……」

「だって、イクタ助けにきたし」

「う……」

 顔が近い。耳まで赤いのをごまかすようにして、イクタは宇宙船の速度を上げた。

 それを知ってか知らずか、オーラ・ジュエルランドは元気に笑い続けている。

「くそ、ボク無免許なんですよ!」

「でも宇宙船オタクの君は飛び方を知っている、でしょ?」

「……まあ」

 マニュアル本だけは暗記できるまでに読み込んでいる。

「じゃあ大丈夫っしょ。ここまで飛んでこれたワケだし。後は任せたっ!」

 ——イクタは諦めた。この少女に何を云っても結果は変わらないと悟ったのだ。スロットルを引いて、ペダルを再び踏み込んだ。こうなりゃ開き直るしかない。

「ああもう、知りませんからね!」

「あはは、がんばれオタクくん、かっこいーぞ!」


 

 宇宙船ジュリエッタは光の筋となり、宇宙の彼方へと飛び立っていく。その筋はさながら天階のようで、翼を持たない衛士たちはそれを見守ることしかできなかった。”巨人の手”もまた、宇宙まで飛び立つ力は持たないのだ。

 こうして宇宙船オタクとGALの珍道中は幕を開けた。このお尋ね者たちが次にこの惑星を訪れるのは三年後で、その時はなりゆきで何故か宇宙連合の大使となり、大戦争の停戦交渉に訪れることになる、のだが……。

「堅っ苦しいのはなしで! みんなでパーティでもしない? 仲良くなって大団円じゃん?」

 オーラが腰に手を回してふんぞり返っていると、隣のイクタは億劫そうに額を抑える。

「いつもそうやって考えなしで。ここでやらかしたこと忘れました?」

「だからっしょ? 仲直りにはみんなで騒いで遊ぶのが一番なんだから!」

「調整するボクの身にもなってくださいよ……もう」

 

 

 おしまい。

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