記憶の賭博(メモリーギャンブル)

MKT

序章『記憶の賭博への招待状』

白い光が、すべてを覆い隠していた。

目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは無機質な天井。滑らかで整然としたその表面には飾り気がまるでなく、ただ冷たいだけだった。アキラは仰向けに固い床の上に寝そべり、ここがどこなのかさっぱりわからない。


「ここは……どこだ?」


頭を動かそうとするが、妙に重い。身体に鉛が詰まったような感覚に襲われる。アキラはゆっくりと腕を持ち上げ、まじまじと見つめた。すると、右手首に異様なものが刻まれているのに気づく。


“1”


それは黒々と焼きつけられたかのように鮮明な数字。インクで描いたように見えるが、触れても何も感じない。まるで肌そのものが変色したかのようだ。


「なんだ、これ……」


アキラは眉をひそめながらゆっくりと起き上がった。そこは広大な白い部屋。壁も床も天井も純白で、まるで余分な要素をすべて排除したような空間だった。人工的な静寂が耳を覆い、アキラの存在だけが唐突に浮かび上がっている。


「誰かいないのか!」


呼びかけても声は反響せず、ただ虚無へ吸い込まれる。と、そのとき、背後からかすかな音がした。


「……誰だ!」


振り向くと、短い髪を揺らした一人の女性が立っていた。じっとこちらを見つめている。


「あなたも、ここに連れてこられたの?」


落ち着いた声色だが、その奥には不安の色が見え隠れする。


「連れてこられた……?」


アキラは彼女を見つめ返した。


「ええ。私も気づいたらここにいたの。あなたも――自分が誰か、覚えていないんでしょ?」


その言葉を聞いた瞬間、アキラは息をのんだ。

記憶が、ない。

自分の名前以外、すべてが霧の中だ。過去の出来事はもちろん、どうしてここにいるのかも思い出せない。背中に冷たい汗が流れ、足元が揺らぐような感覚に襲われる。


「……きみの手首にも数字があるのか?」


震える声で問いかけると、彼女は黙って腕を差し出した。


“3”


「君も、か……」


二人は自分たちの置かれた状況をつかめず、しばし沈黙した。そのとき、遠くで金属質な音が響く。


「他にも……いるみたいだな」


続々と現れる男女。皆、一様に手首へ異なる数字が刻まれ、同じく自分が誰だかわからないと口にする。人数が増えるたび、アキラの胸には言いようのない焦燥感が募っていった。そんな中、部屋の中央に設置されたスピーカーから無機質な声が響く。


「ようこそ、記憶の賭博へ」


冷ややかで感情の欠片も感じられない声が部屋中を包む。参加者たちが互いに顔を見合わせる。困惑と恐怖が入り混じった空気が膨れあがる中、アキラは声を張り上げた。


「誰だ! お前は何者だ?」


しかし声は質問を無視し、機械的に続ける。


「ここに集められた皆さんは、自らの記憶を賭けたゲームに参加していただきます」


言葉と同時に、天井から細い光の線が降り注ぎ、参加者一人ひとりの顔を照らす。異様に正確なその光は、監視の目を嫌でも意識させる。


「記憶を賭ける、だと……?」


誰かが震える声でつぶやく。場の空気が一層重くなる。


「ゲームの目的はただ一つ。自らの記憶を取り戻し、生き残ることです」


ルール説明

声は淡々とルールを語り始めた。


ゲームは複数の段階に分かれている。各ステージで与えられる課題をクリアすれば、その報酬として記憶の一部が返される。

逆に敗者は記憶を失い、ゲームの進行に不利となる。

重大なルール違反者は即座に「退場」となるが、退場が何を意味するかは明言されなかった。だがそれは誰の目にも明らかだった――死。

「そして、皆さんの体内にはバイタルモニタリングチップが埋め込まれています」


言われて思わず自分の身体を探ってみるが、異物感はまったくない。


「そのチップは、皆さんの嘘、感情、記憶を正確に検知します。うまく活用することが、生き残るための鍵となるでしょう」


「……ふざけてるのか?」


低い声で吐き捨てるように言ったのは、腕に“5”を刻まれた青年だった。アキラは彼の表情を横目に、息を詰まらせる。


「これが現実だっていうのか……」


円卓部屋への案内

「では、第一ゲームの会場へ移動してください」


無機質な声がそう告げると、部屋の壁が音もなく横にスライドし、奥に長い廊下が現れる。廊下の先には明るい光が漏れていた。


参加者たちは疑いと恐怖を抱えたまま、ほかに方法もなくその道を進む。


「なんだ、この部屋は……」


足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのんだ。

そこは巨大な円卓が中央に置かれた、またしても白一色の部屋。円卓の中央には何もなく、各座席に小さなカードとモニターだけが並んでいる。


「第一ゲーム:告白と嘘」


円卓を取り囲むように参加者が座らされると、例の声が再び響く。


「これから始まるゲームでは、指定された者が自身の“秘密”を告白し、それが真実か嘘かを他の参加者が見抜きます」


指定された者は“秘密”を必ず告白する義務がある。

ほかの参加者は質問を通じて、その告白が本当か嘘かを判断する。

「嘘」と思うなら「嘘」と宣言し、的中すれば勝者、不正解なら敗者となる。

正解者には記憶の一部が返還。不正解者は記憶をひとつ失う。

ざわめく参加者たちをよそに、声は冷酷に言い放つ。


「それでは、第一の告白者を指名します」


モニターがゆっくりと点灯し、名前の代わりに数字が表示される。


“1”


「……俺、なのか」


アキラは動揺を隠せないまま、視線を一身に浴びる。


「告白しなさい」


硬直するアキラの耳に、あの機械的な声が再び響く。彼は息をのみ、円卓を見渡した。


「……わかった。俺の秘密を話そう」


静まり返る部屋。アキラはうっすらと背中に汗を感じながら、一言を吐き出すように告げた。


「俺は……人を殺した」


その言葉が真実か嘘かは、今のところ誰にもわからない。


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