はじめての会話


 古代遺跡探索部隊とは、惑星ネストの実質的権力者である研究者たちの私兵団から、枝分かれした少数精鋭の組織だ。

 本拠地は研究者たちの私有地の一部に建てられ、都市部とは離れている。広大な敷地は分厚い壁に囲まれ、一般人は踏み入れることを許されていない。

 五百年前の〝鴉〟との激しい戦闘での勝利は、研究者たちの努力の賜物だ。だからこそ、彼らの子孫はいまだに、あらゆる特権を享受している。

 広大な私有地も特権の一つだが、いちばんの特権は、〝外〟への自由な行き来だろう。

 これで、古代遺跡に眠るあらゆるお宝・・を、彼らは独占できている。

 それをずるいと、不平等だと主張する者はたまにいるが、そんなことはルーストには関係なかった。研究者が造った〝人造人間カサドル〟であるルーストは、彼らの成功作─────お気に入りである。命令に逆らわなければ、ある程度のわがままは許してもらえるし、ランドやルナールが兵舎で生活している横で、ルーストには一軒家が与えられている。

 兵舎から離れた静かな森の中にあるドーム型の一軒家は、トレーニングルームとしての役割も担っている。破片カケラをもっと使いこなせるように、武器の本質を知るという名目で、最近になって増えた〝錆弾フリーゲン〟訓練室は、なかなか面白くて気に入っている。

 備え付けのシャワーを浴びてさっぱりしたルーストは、ちらりと己のベッドを横目で見る。

 古代遺跡で隠し部屋の崩壊に巻き込まれ、気絶した仮面の少年─────仮面は壊れ、今は素顔を晒している─────を寝かせているが、まだ起きていないようだ。一緒に連れてきた小動物は、買い置きしていたフルーツをたらふく食べて、今はソファで眠っている。

 そうっと近付き、死んでないよな、と少年の呼吸と脈を確認する。かれこれ、この確認作業を五回は行っているのだが、ルーストの手つきは毎度慎重だ。

 そういえば、己はシャワーを浴びてさっぱりしたが、少年はまだ汚れたままであることに気付く。連れ帰ってからすぐ、濡れた服は乾かしたが、汚れはそのままだ。

 身体を拭いて、着替えさせるか。

 身体の厚みは違うが、背丈はほとんど同じだ。普段ルーストが着ている服はオーバーサイズだから、少年なら余裕で着られるだろう。

 適当に服を見繕い、手伝いロボットに湯とタオルを運ばせる。

 少年が眠っているだけで、まるで他人のベッドになったようなそこに腰掛け、そっと、少年の服に手を掛ける。

 古代遺物かよ、と悪態つきたくなるほど、彼の服は面倒で古臭い作りだった。とにかく釦が多い。一つ一つ外していく作業は、大雑把なルーストには骨が折れる。

 苛々しながらぜんぶ外し、素肌を晒す。新雪のようなまっさらな肌に、一瞬目を奪われかけるが、すぐに異変に気が付く。

 左側の肌に、黒光りしている石のようなものが、いくつも埋め込まれていた。


「……なんだ、これ……」


 触れてみると、それは非常に硬く、つるつるとしていた。手触りは破片によく似ている。

 まさか、と思いながら、おかしな鎧に覆われた左腕に触れると、それは鎧などではなく、硬化した少年の腕なのだとわかる。

 ああ、間違いなく、彼は異種族だ。

 異形だ。だが、なんだ。なぜこんなに──────心臓が暴れているのだろう。

 最高傑作の造り物のような、花の似合う完璧な少年の躰に、不気味で醜い異形な部分がある。そのミスマッチさが、そしてそんな彼が手元にあることが、ゾクゾクとした悦びをルーストに与えた。

 どこからきているのかもわからない高揚感を鼻歌で誤魔化しながら、ルーストは少年の左の脇腹や左腕を、何度も何度も撫でた。


「ん………」


 そんなことをしていたからか、少年が小さく声をもらした。

 破片が姿を変える瞬間をスローモーションにしたように、閉ざされていた目がゆっくり開く。

 他人の瞳の色が何色なのかなんて、はじめて気になった。

 少年の瞳は、透き通るような蒼だった。

 湖。古代遺跡の地下に広がる森の、あの湖の色によく似ていた。

 食い入るように見つめていると、ハッとした少年が、ベッドから飛び降りようとした。それを、ルーストはとっさに、馬乗りになって阻止する。


「落ち着け、何もしねえ!」

「─────ッ!」


 ばたばたと足を振り上げる少年に、思わず舌打ちがもれる。

 何度か的確に、脇腹に蹴りが入っていた。地味に痛い。

 縛り付けておけばよかった、と後悔していると、突然、リーン、とベルが鳴り響いた。

 ビクッと少年が震え、動きを止める。

 手伝いロボットが、自身の上半身のモニターに玄関の様子を映す。


『ルースト、いないのー?』


 ルナールだった。その隣には、見切れているが背格好からランドだと思われる人物も映っている。


『いないみたい、どうする?』

『せっかく作ったんだし、テーブルの上にでも置いておけば、食べるんじゃないかな』

『そっか、そうだね』


 勝手に入るつもりか。

 げ、とルーストは顔をしかめる。副隊長のランドは、ルーストの家のロックを解除できるよう、指紋登録していることを思い出した。

 彼が勝手に家に入るようなことは滅多にないのだが、どうやら今回は、ルナールが持っている紙袋をどうしても置いていきたいらしい。

 ランドはルナールに甘いのだ。


『待って、今開けるから』

『こんなことで勝手に入ったら、ルースト怒りそうだね』

『はは、そのときは僕が甘んじて怒られるよ』


 なら怒鳴りつけてやろうか、と歯軋りしながらモニターを睨んでいたルーストは思う。

 ピ、と指紋認証が成功し、次いでがちゃりとロックが解除された音が響く。

 舌打ちし、ルーストは少年の耳元で囁く。


「騒ぐんじゃねえぞ、おとなしく隠れてろ」

「………………」


 相変わらず返事はないが、構っていられない。ここでまた暴れるようなら、仕方ない。勝手に忍び込まれたことにして、戦闘しつつ、逃がすしかないだろう。

 動かない少年に布団を掛け、ルーストは〝錆弾〟訓練室に入る。さも、ずっと訓練してました、といったふうに演出するためだ。


「おじゃましまーす」

「ルースト、入るよ」

「あ? なんだよ、てめえらか」


 今気付いた、という顔で訓練室を出る。置きっぱなしにしていたタオルを首にかけ、汗を拭いているふりまでする周到ぶりだ。


「あ、訓練してたんだ。ごめんね、邪魔しちゃって」

「戦闘に関してはストイックだね、ルーストは」


 ついさっきまで、ベッドで同い年くらいの少年に馬乗りになっていたことを思い出すと、なんともいたたまれない気分になりつつも、ルーストはそんな感情をおくびにも出さず、冷めた眼で二人を見据える。


「で、勝手に入ってなんの用だ?」


 常人なら臆するルーストの威圧を、慣れきった二人はあっさりと受け流す。


「じゃーん! カップケーキ作ったの! ルーストにもお裾分けしてあげるね」

「兵舎の食堂で、消費期限間近の食材が無料で配られてたんだって」

「そうなの、だから遠慮しなくていいからね」


 ふーん、と呟きながら、紙袋を受け取る。中を覗くと、一つ一つ個包装された四つのカップケーキが、ちょこんと収まっていた。甘い香りがふわりと漂い、鼻腔を擽る。


「ん、もらっておく」

「ルースト、今日はもう訓練終わり? よかったら次の遺跡探索の打ち合わせしない?」

「もうちょいやりたいから先行ってろ。時間あったら俺も行く」

「りょーかい。あんまり無理しないでね」

「ああ」


 ひらひらと手を振って、ルナールとランドは帰って行った。

 彼らと行動を共にするようになって、一年が経つ。はじめの頃は衝突することもあったが、今はお互い、適度な距離感がわかっているからか、さらりと言葉を交わせるようになっていた。

 悪くない。そう思いながら、ルーストは手伝いロボットに家の周辺の映像を映させ、確認してから、紙袋片手にベッドに近付いた。

 多勢に無勢となることを避けたかったからか、きちんとおとなしく隠れていた少年に、いちおう「もういいぞ」と声をかけ、布団を剥ぐ。

 いつでも飛び出せる野生動物のような態勢でルーストを睨む少年に、ずいっと紙袋を押し付ける。


「これ、食うか?」

「………………」


 少しだけ鼻を近付け、くんくんと匂いを嗅ぐ彼が思いがけず、ルーストはふはっと笑ってしまう。途端、驚いたように少年は顔を引っ込める。

 じいっとルーストの動向を窺い、警戒している少年がおもしろいなと思う。


「俺も食うから、好きなの選べ」

「…………………」


 恐る恐る、少年は紙袋から一つのカップケーキを取り出す。それから再びこちらを見るから、ルーストは見本を見せるつもりで、無造作に取り出したカップケーキの包装を破り、ぱくりと一口食べてみた。すると、少年も同じように包装を破り、小さく口を開けてカップケーキをはむっと齧った。

 ぱあっと、蒼の瞳が輝いたような気がする。

 もしかしたら、口に合ったのだろうか。


「全部やる」


 ベッドに紙袋を置くと、少年はすぐにそれを手に取り、すごい勢いで食べていく。

 よほど、空腹だったようだ。

 手元に残ったカップケーキを惰性で咀嚼しながら、ルーストは美味しそうに菓子を頬張る少年を見つめた。

 ぼろぼろと食べかすがベッドに落ちているが、あまり気にならなかった。

 カップケーキ、気に入ったのか。

 普段は何食ってんだ。

 古代遺跡で、おまえは何をしてる。

 訊きたいことはたくさんある。だが浮かんだ疑問のどれもが、ルーストがいちばんに知りたいことではなかった。

 今、いちばんに知りたいのは──────


「なあ、おまえ、名前なんていうの」

「……………………」


 ぴたりと、少年は動きを止めた。いつもは疑問を投げかけてもなかったことのように無視されるだけだから、これはいちおう、反応が返ってきたと思うべきだろうか。ルーストは悩む。

 しばらく沈黙が続いた。やはり駄目か、とルーストが諦めかけたとき、観念したように、少年が口を開いた。


「イセキ、イク、ワカル」

「────あ?」


 イセキ、イク、ワカル?


「……遺跡に行けば、教えてくれるってことか?」


 こみ上げてくる感情は、歓喜だ。

 やっと、やっとだ。話しかけても無視され続けていたのに、やっと、応えてくれた。

 よっしゃ、と拳を握るルーストを、少年は不思議そうに見て、首を傾げていた。

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