君の500年、これから1000年
七福ねこ
人造人間と仮面の少年
キンッ、キィン!
剣と剣が激しくぶつかり合う。
相手の剣筋を読み、先回りする。かと思えば隙を突かれ、ぎりぎりでそれを躱す。
一進一退の攻防。本気の
お互いが敵同士。そこに違いなんてない。
少しの油断が命取りとなるこの状況下で、ルーストは口角を持ち上げた。
ああ、最高の気分だ!
湧き上がる高揚感で得た力で、鍔迫り合いをしていた相手を押し退ける。
頭部から鼻先まで覆う分厚く悪趣味な仮面のせいで、目の前の男の顔はわからない。だが、まだ成長段階といった薄い肉付きの身体を見るに、恐らく十六から十八だろう。ルーストとそうかわらない年齢だと思われる、この敵の少年との戦闘は、はじめてではない。
戦えば戦うほど、ルーストは少年への興味を強めていた。
「やっぱり、おまえと戦ってる時がいちばん愉しいぜ、俺は」
何しろ、ここまで互角に戦える相手は、彼しかいない。
だが─────だからこそ、そんなルーストについてこられる相手は、早い段階でいなくなってしまっていた。
本気で戦える相手がいないことは、ルーストにとっては永遠に晴れない空のようなものだ。ルーストの気持ちは、いつも曇天だった。
そんな時に現れた彼─────〝
「おまえもそう思ってるんだろ、〝鴉〟」
「…………………」
「まーた、だんまりかよ。俺とは会話もしたくねえってか」
「…………………」
「はいはい、わかったよ。んじゃ、また本気で殺し合おうぜ!」
言いながら、ルーストは剣を握る手を掲げる。
「〝
「〝
仮面の少年と、ほぼ同時に叫ぶ。と、呼応するように剣が輝き、その姿を変える。
ふたり、手にしていたのは飛び道具だった。
片手で引き金を引くと、中に装填した
不思議なのが、仮面の少年も〝錆弾〟を持っていることだ。
あれが発見されてから、まだ三日しか経っていない。
「おまえ、なぜそれを」
「…………………」
相変わらずの無言。存在を無視されているようで、気に食わない。
「……そうかよ、なら意地でも会話したくなるように痛めつけて、命乞いさせてやるッ!」
引き金を引く。パンッと破裂音が鼓膜を揺らす。素早く飛び出た弾が、少年目掛けて飛んでいく。
高く跳躍して弾を避けた少年は、空中で的確にルーストに向けて〝錆弾〟を撃ってきた。常人離れした視力で、ルーストは最低限の動作で五発の弾を避ける。
使い方まで知っているとは。ルーストが〝錆弾〟の説明を受けたのは、つい昨日のことだ。発見されたばかりの古代兵器は、詳細が解明されるまでは一般人に公開しない。それなのに、仮面の少年は知っている。
「てめえ、どこで〝
「………………」
「あーッ、クソッ、いい加減にしやがれ!」
地団駄を踏みたくなる。
なんて頑なな野郎だ。腹立たしい。
苛々しながら睨んでいると、ふと、仮面の少年はルーストから外れた場所を撃ち抜いた。パリン、と背後で何かが割れたような音がするが、そんなことより、ルーストはくるりと方向転換した仮面の少年が気になり、無駄とわかりつつ声を張り上げる。
「おいこら、てめえっ、逃げるんじゃねえ!」
「ルースト!」
追おうとした刹那、背後から駆けてくる足音と呼ぶ声が聞こえ、とっさに目で確認してしまう。その隙に、仮面の少年は姿を消した。隠された転移装置があったようだ。
古代遺跡には、様々な用途の装置があちこちに隠されている。
舌打ちし、ルーストは渋々、仮面の少年を追うのを諦めた。
「〝
〝錆弾〟が、手のひらに収まるサイズの
青年のほうはランド、少女のほうはルナールだ。どちらもルーストと同じ、遺跡探索部隊に所属している仲間だった。
「また〝鴉〟と戦闘してたの、ルースト」
「ああ。逃げられたけどな」
「遺跡を探索すると必ず現れるな。怪我はないか?」
「あるわけねえだろ」
「もー、怪我がなかったのはよかったけど、ルーストが〝鴉〟を追いかけてさっさと遺跡の奥に行かなければ、私たちも加勢できたんだよ?」
うるせえな、と悪態をつきつつも、ルーストはルナールの正論に耳が痛かった。仮面の少年との戦闘を誰にも邪魔されたくなかったために、わざと離れていく彼を深追いした自覚があるからこそ、余計に気まずい。
「たしかに。三対一ならなんとかなるかもしれないしな─────あっ」
「どうしたの、ランド………あーっ!」
「なんだよっ、うるせえ………げっ!」
二人の視線を辿り、ルーストの表情も引き攣った。
「〝
今回の遺跡探索の目的だったのに、とルナールが嘆く。
わなわなと、ルーストは震える。
「あ、あんの…………カラス野郎ッッッ!」
✸✸✸✸✸
惑星ネストに人類が移り住んでから、五百年の月日が流れた。
もともと惑星ネストには、黒光りする外殻をもつ、鴉のような見た目の、凶暴な未確認生命体の巣があった。それを人類が片っ端から駆逐し、危険を排除して安寧の地を手に入れたのだ。
歴史の本にはそう簡単に記述されているが、〝鴉〟と名付けられた未確認生命体との戦いの裏には、人類の長い苦労と挫折が横たわっている。
人類はたくさんの犠牲を出しながらも、なんとか倒した一体の〝鴉〟、通称〝ダークレディ〟を武器として利用できないかと、研究を重ねた。そして判明したのが、〝鴉〟の外殻は非常に硬いが、適応者の思念を読み取り、その形状を変化させる性質があることだった。
〝鴉〟と同じ外殻を自由に扱えるようになれば、戦闘は有利になる。そこで研究者たちは、適応者を量産することを思いついた。
そうして造られたのが、〝
もう惑星ネストに〝鴉〟はいない。だが、せっかく生み出した兵器を、人類はなかなか手放せない。秘密裏に〝
そのこと自体を、ルーストは悲観していなかった。戦闘に悲観などという感情は不要だから、取り除かれているだけなのかもしれない。だが、それならなおさら、考えるだけ無駄だと割り切っている。
ルーストにあるのは、渇きだ。己を満たすものが何もない現状に、ただただ渇いていた。あの仮面の少年は、そんなルーストの渇きに無造作に水を撒いてしまった。
はじめて満たされたルーストは、只管に、次にあの少年と戦える機会を願うばかりだ。
「聞いてるの、ルースト!」
「………なんだよ」
音楽を流していた〝
紅い瞳の眼光は鋭く、大人でも震え上がる者もいるというのに、ルナールは平然と受け止めている。彼女だけではなく、ルナールの背後で腕を組んでいるランドも、苦笑しながら立っていた。
三人は、古代遺跡から本拠地に戻ったばかりだ。上官に報告に出向いたランドを、ルーストとルナールは待機室で待っていた。
「なんだよ、じゃないでしょ? ルーストが勝手に突っ走って、〝鴉〟は取り逃がすし〝宝珠〟は割られるし、散々だったんだからね!」
人類の敵として、仮面の少年は〝鴉〟と呼ばれていた。彼の黒光りしている仮面も、全身が黒ずくめの衣服なのも、より〝鴉〟らしさに拍車をかけていた。
「うっせえなあ、その話はもう終わっただろ」
「ぜんぜん終わってない! ルーストのせいでランドが隊長に怒られたんだから!」
「まあまあ、僕は気にしてないから」
「ランドは甘い!」
ぷりぷり怒っているルナールの肩を、ランドがぽんと叩く。
「僕のために怒ってくれてありがとう、ルナール。僕もルーストに話があるから、先に食堂に行っててくれる?」
「むー……、わかった」
とぼとぼと待機室を出て行くルナールの姿が見えなくなると、ルーストは疲れたようにどんっと壁に背中を預け、脱力する。
「ンだよ、あいつ……」
「心配してるんだよ、君を」
「心配だあ?」
この俺を?
不可解そうに眉を寄せると、ランドは肩を竦めた。
「気になる子のことは、必要ないと思っても心配しちゃうものだろ?」
「あ? 俺のなにが気になるってんだ」
「……あー、君って意外とそういうタイプか」
なるほどね、と呟くランドに面倒くさくなって、ルーストは意識から彼を追い出す。が、伸ばされたランドの手が〝
「触んな」
「これ、くだらないって廃棄された古代遺物だよね。人類が惑星ネストに辿り着く前に、すでに滅んでいた知的生命体の音声を録音したものだろ? 聴いてて楽しいの?」
「歌だ」
「え?」
「もういいだろ、さっさと夕飯でも食ってこいよ」
しっしっ、と追い払いながら、ルーストは再び〝
嵐のようなノイズの中に、透き通るような歌声が聞こえる。
歌詞の意味はわからない。人類の言語には当てはまらない、未知の言葉。
音楽なんて興味なかったのに、これはずっと聴いていたくなる。できれば本人に、耳元で囁くように歌ってほしい。
「隊長が、〝
音楽に浸るルーストには、録音のノイズよりも煩わしい内容の伝言を残して、ランドもまた、待機室を出て行った。
〝鴉〟と聞いて、ルーストの脳裏に仮面の少年が過ぎる。
〝人造人間〟のルーストと同等以上に、〝ダークレディ〟の破片と似た黒い物質を扱える、不思議な少年。
「あー、次はいつ逢えっかなあ………」
その時は、名前でも訊いてみるか。
そんなことを思いながら、ルーストは流れる歌に合わせて、鼻歌を口ずさんだ。
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