リバイバルウィッチ〜調停者たちと多元界〜
カンジョウ
【プロローグ】
静かな闇が、名もなき異空間を包んでいる。その空間は、黒曜石のような滑らかな床と、淡い光の紋様が浮かぶ壁面を備えた、広いホールのような場所だ。ここはミーシャが“中継空間”と呼ぶ、新しく整えた特殊な領域である。かつて、彼女はこの空間を単なる異世界間の転移拠点として用いていたが、いまはもっと機能的な場へ作り替えている。
床には幾何学的な模様が走り、透き通った魔力の水晶が柱に埋め込まれ、柔らかな光を放っていた。その光源の周囲には数多くの椅子やテーブル、簡素ながら清潔で居心地の良さそうな家具が配置されている。ここで生活できるよう、寝室や食堂、書庫、工房のような区画も増設済みだ。
そして、この空間に集まっているのは約100人の女性たち。元の世界で「魔女」と疑われ、迫害され、殺される寸前で救出された者たちである。彼女らはほとんどが普通の女性で、本来魔女などではない。ただ、偏見と狂信が彼女たちを犠牲にしようとしていただけだった。
今、彼女らは困惑と不安、それに微かな安堵を混ぜ合わせたような表情で、この不思議な空間を見回している。窓がないのに明るく、外には何があるのか分からない。だが、少なくとも鎖につながれた牢獄や、血が滴る拷問部屋ではないことは確かだ。
「ここは……どこ?」
一人が弱々しく囁くと、隣の女性が肩を叩いて微笑む。「分からない。でも、もうあの恐ろしい拷問から解放されたわ。痛みも消えている。」
確かに、全員が傷やあざを負っていたはずなのに、今は痛みが薄れ、体が軽く感じる。いつの間にか衣服も清潔になり、髪は埃が消え、血や泥の汚れがなくなっている。
魔法的な癒しが行われたことは明白だ。彼女らの多くは魔法など伝説めいたものと考えていたが、現実に救われた以上、受け入れるしかない。
「誰が助けてくれたのだろう?」
別の女性が周囲を見回すが、この空間には100人ほどの女性以外、今は人影がない。
すると、突如として空気が揺らめき、ホールの中央に黒いローブをまとった女性が現れた。背丈は中肉中背で、漆黒の髪と冷静な瞳を持つ。彼女が視線をあげると、100人の女性たちは息を呑むほどの圧倒的な存在感を感じ取る。
「あなたが、私たちを……?」
何人かが自然と一歩下がる。その女性は、微笑みもしないまま、静かに頷く。
「そう、私があなたたちを救い出した。私の名はミーシャ。全能の魔女と呼べる存在よ。」
声は冷ややかだが、敵意はない。ただ圧倒的な力を漂わせているだけ。
「全能の魔女……?」
女性たちは理解できずに顔を見合わせる。いままで魔女という言葉は迫害者たちから罵倒と殺害の理由として聞かされてきたが、目の前の女性は、明らかに圧倒的な力を示す本物の“魔女”なのかもしれない。
「恐れる必要はないわ。あなたたちに危害を加える気はない。むしろ、救い出したことが私の意思を示しているでしょう。」
ミーシャは短く言う。その声は落ち着いていて、100人の女性を前にしても微動だにしない。
「なぜ、私たちを? 私たちは魔女扱いされたけれど、実際には普通の娘で、魔力なんて使えない……」
勇気を振り絞った一人が問いかける。
「かつて、私も同じ立場だった。魔女狩りで殺されかけたが、運良く異世界へ転移し、力を得たの。あなたたちを救ったのは、私がかつて救われなかった可能性を、今からでも与えたかったから。」
ミーシャは淡々と答える。
その言葉に、女性たちは胸を突かれる。弱い立場の者を、かつて自分だったかもしれない存在として助ける—— それは慈悲にも思えるが、ミーシャの表情からは単純な優しさとは違う、もっと複雑な思いが感じられる。
「ここは私が創り出した中継空間。異世界間を繋ぐ拠点であり、あなたたちにとって新しい生活の場でもある。」
ミーシャが指を動かすと、ホールの一角が明るくなり、簡素な厨房や食堂のような区画が見える。清潔な水と温かいスープが用意されているようだ。
「好きに飲食していいわ。体力をつけなさい。」
女性たちは警戒しつつも、空腹には勝てず、何人かがスープを口にする。驚くほど美味で栄養があり、ほっとする味だ。続いて他の者も続々と飲み始め、心身が温かくなる。
「あなたたちは、これから自由だ。この世界……いえ、この空間を拠点に、元の世界へ戻るもよし、他の世界を見に行くもよし、私と共に未知の世界で問題を解決する挑戦に挑むこともできる。」
ミーシャは新たな計画を語り始める。
女性たちは戸惑い、異世界、他の世界、調停といった言葉に目を見開く。しかし、ミーシャは続ける。
「私には転移術があり、無数の並行世界に干渉できる。そこには理不尽や混乱、暴力、異形の神々、科学兵器、奇妙な魔法環境など、無数の問題が存在する。私が全能の魔女として行けば、簡単に問題を壊せるけれど、それだけでは虚しい。だから、あなたたちを育成し、2〜3人ずつチームを組ませて、その世界へ派遣する。あなたたちには可能性がある。」
「可能性……? 私たちは普通の女で、何の力も……」
弱々しく返す者がいる。
「力は私が与える。知識も、錬金術や魔法の基礎、科学技術の理解、他の世界の言語、必要なものはすべてこの中継空間で学べるようにする。」
ミーシャは淡々と語るが、その言葉の重みは絶大だ。無から有を生み出し、教育環境や物質を瞬時に整えるなど、人知を超えた行為が可能なのだろう。
100人の女性たちは、死ぬはずだった運命から解放され、さらに未知の選択肢を提示された。中には異世界が怖くて帰郷を望む者がいるかもしれない。ミーシャは強制しない。
「元の世界へ戻り、静かに生きる選択もできるわ。ただ、私がこの空間から招集すれば、いつでも来られるようにする。もしあなたたちが私の言う多元調停活動に興味が湧いたら、参加すればいい。」
これにより、女性たちは安定した避難所と教育の場を得る。少しずつ心が落ち着き、何名かが「私、やってみたい……」と小声で言い始める。
「焦らなくていい。まずはゆっくり休みなさい。私がこの空間に書庫と工房、講義用のホールを設ける。そこでは基礎から学べる。魔力感知、基礎錬金術、言語学、世界文化史……あなたたちが成長し、いつか他の世界で役立てるように、私は環境を整える。」
ミーシャが指を動かすと、ホールの奥に扉が出現し、その先は書架が連なる学問の部屋だ。別の一角には鍋や蒸留器、奇妙な金属器具が並ぶ工房が顔を出す。
「私にとって、あなたたちは過去の私を救う行為かもしれない。私は全能の力を振るって世界を壊し、直し、救い、導く。破壊だけでなく、創造や再建に力を貸すことが、この先の私の使命になりそうだ。」
女性たちはその言葉を飲み込み始める。ミーシャが単なる怪物ではなく、何か新しい秩序をつくろうとしていることを感じ取る。
「あなたたちが得た自由、命、知識、それらを使って、いつか多元世界の何処かで誰かを救うことができるかもしれない。それは私自身の罪滅ぼしでもある。私はかつて多くの世界を壊し、絶望を広めた。今度は違う。あなたたちと共に、混沌に立ち向かい、世界を均衡へ導く調停者となろう。」
この宣言に、数名の女性は涙を流す。自分たちが何も知らぬ存在から、世界を救う役割を与えられるとは想像もしなかった。
「やります、私……もう二度と弱いだけの犠牲者になりたくない。役に立てるなら、力を貸します!」
一人が声を上げ、他の数人もうなずく。
当然、まだ踏ん切りがつかない女性も多い。故郷に戻りたい者や、ただ静かに暮らしたい者もいる。ミーシャはそれを咎めない。
「選択はあなたたち次第。どのみち、ここが安全な避難所となるわ。時間をかけ、じっくり考えなさい。」
こうして、新たな物語が動き出す。
現世への復讐はもう終わった。魔女狩り文化を根絶し、100人の女性を救い、この世界で済ませるべきことはすべて済んだ。
ミーシャは異世界や多元世界に目を向ける。科学や魔法、未知なる存在が入り乱れ、様々な苦難が待ち受けているが、今度は破壊や復讐だけではなく、救済や調停という建設的な行為を行える。
かつて破壊した世界にも戻り、最低限の再創造を行おうと考える。あの時絶望と虚無しか残らなかった世界に、ほんの少しの緑、清らかな水源、生存者が生き延びる手段を提供する。それは小さな罪滅ぼしの一歩だが、全能の魔女としての新たな使命感がここに宿る。
ミーシャは中継空間の中心で腕を組み、遠くを見つめるような眼差しをする。
もう復讐の苦しみはない。あの炎に焼かれた過去は清算され、別の方向へ進む道を選んだ。
100人の魔女は戸惑いつつ、確かに救われた。彼女たちはこれから学び、成長し、チームで未知の世界に立ち向かうことになるだろう。少しずつ、彼女は弟子たちを育てて、調停者集団として運用する。
「これで終わりじゃない。これは始まり。私が全能の魔女として、彼女たちが魔女として、多元世界で何ができるか試してみよう。」
ミーシャが心中で囁き、黑いローブを揺らす。
復讐から解放されたミーシャが、未来へと歩み出す。
かつての弱さと怒りを経て、今や彼女は創造や救済、調停をも視野に入れる無限の力の所有者だ。
救われた魔女たちは、いずれ新たな冒険に挑むだろう。未知なる世界、異形の神々、科学兵器、魔法の深淵、何が待つか分からないが、今の彼女たちにはミーシャが背後にいる。絶対的な安心感と無限の知恵がある。
「さて、次の旅路を考えようか。」
ミーシャは小さく微笑む。
この世界での任務は完了、100人の魔女を救い、魔女狩りを終わらせた。
さらなる多元世界の混沌を正し、破壊した世界を再建し、調停者としての使命を全うする未来が、ここから紡がれていく。
こうして、新しい物語が始まろうとしている。
復讐を終えたミーシャ、100人の魔女たち、そして無限に広がる世界が待ち受ける中で、新しい章が開く瞬間だ。
(了)
リバイバルウィッチ〜調停者たちと多元界〜 カンジョウ @sometime0428
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