甘い思い出
ルイ
前編
『加露ってきめぇよな』
やめて。
『本当それ〜、髪もあんなボサボサでさ〜』
やめて、やめてよ。
もう、聞きたくない。
そんなの自分が一番よくわかってる。
周りから聞こえるノイズは、一番聞きたくないもので溢れている。
その言葉がどんな傷を作るかも知らない無知な存在達は、嘲笑って楽しんでいる。
痛い。痛くて気持ち悪い。
誰か、誰か助けて。
‥‥
重い瞼を開ければ昨日ネットサーフィンをしたまま寝落ちしたらしい、ゲーミング椅子に座りながら眠っていた。
机の上にある時計を見れば、午前6時。
朝は迎えてるもののカーテンを閉め切っていて部屋は暗く、寝たのも午前5時で何も変わった気がしない。
下に下がっていた厚手のメガネをかけ直し体を伸ばして、スリープモードで暗くなったパソコン画面に映るクマのひどいボサボサの髪な自分を見てこれもいつもと変わらない自分。
そう、何も変わらない。
行かなくなった場所から出ても何も変わらない自分。
結局、悪かったのは何も変えられなかった自分だ。
誰か助けてなんて望むんじゃなかったなと今では後悔してる。
だって、誰一人自分を見てる人なんてあそこには、居なかった。
‥‥
あれから、再びネットサーフィンをすること数時間。
家のチャイムが鳴り響いた。
両親は長期出張中で居らず、出るとしたら自分しかいない。
荷物も頼んだ覚えはないし、近所の人とも長いこと会ってない。
じゃあ、誰が。
そう思っていると再びチャイムが鳴り響き声が聞こえた。
「加露りなさん〜!同じクラスの宮奈りさです!」
その声に肩が跳ねる。
同じクラス。つまり、あの時あの中で嘲笑ってた連中の一人。
なんで、今更。もう、学校に通わなくなって2年も経つのに。
何度もチャイムを鳴らし、大きな声で呼びかける声に耳を塞いで耐え凌ぐ。
「また!明日来ます!」
外の人物はそう言うと本当に帰って行った。
肩から力が抜けて、耳を塞いでいた手もダランと下に落ちる。
もう、やめてくれ。
もう、あそこと自分は関係ないのだから。
‥‥
それから、数日。
その人物は毎日忘れず家に訪れてきていた。
初日のような緊張感は無くなり、カーテンからそっと覗くようにできるようになった。
だが、そろそろ近所迷惑で訴えられそうでそちらも怖い。
どうしようかと考えていると、カーテンから覗いていた隙間から訪ねてきたその人物は手を振っているのが見えて慌ててカーテンを閉める。
そこからは、チャイムの嵐で半分ヤケクソで玄関のドアをそっと開ける。
「あ!同じクラスの宮奈りさなんだけど、覚えてる?」
顔を出した瞬間に食い気味で自己紹介をされ、一歩後ずさる。
思わずその容姿の美しさに目を見開いた。
風に靡いても崩れることなさそうな、綺麗な黒髪。
整った顔立ち。
自分とは正反対のその存在に目を逸らしたくなる。
「‥お、覚えてないです」
久しぶりに人との会話に声が震える。
また、笑われる。
そう思ってると、いきなり腕を掴まれる。
「ねぇ!今から時間ある?」
食い気味な自己紹介と同じく更に距離を縮められるほどの食い気味に来てもう一歩後ずさる。
「‥外あんまり出たくないので‥ごめんなさい」
目線を逸らしながら謝るも、腕から手を離してはくれなくて戸惑ってしまう。
「‥それって、あいつらのせい?」
「っ‥?!そ、それは‥!あなただってわかって‥「なら、大丈夫!絶対見つからない場所だから、ね?」」
一瞬冷めた声で言葉にしたと思えば、次はうるうると瞳を潤ませてこちらを見てくる。
コロコロと表情も声もよく変わるなと感心してしまい驚く。
悪い子ではなさそうだけど、あの中にいた人物を簡単に信用なんてできない。
断ろうとしていた時、その存在が声を上げて何やら急いだように腕を引っ張ってくる。
「急いで!時間になっちゃう!逃したら絶対損!」
強くドアノブを片手で握り何とか引っ張られないように踏ん張るも、2年も引きこもっていた体力なんて底が知れていて、案の定引っ張られて片手からドアノブが離れる。
「いや、あの‥!」
「ほらほら!行くよ!」
そのまま引っ張られ、ほぼ引きずられるように久しぶりの外に出た。
‥‥
引きずられ気づいた時には、鈴の音が鳴音で意識が戻った。
「いっらしゃいませ」
慌てて辺りを見渡せばレトロな雰囲気なカフェの中だった。
お客さんはまばらで、静かで落ち着いた感じだ。
「ねね、一番奥空いてるって!」
再び腕を引っ張られそのまま席まで連れて行かれる。
ソファー席のようでそこに座らされ、向かい側に宮奈さんがやっと落ち着いたように座った。
「あの、ここって‥」
「ふふ、ここはね〜、私のおすすめお店ナンバーワン!3時限定のケーキと紅茶がおいしいんだよね〜」
言われて店内の時計を見ればギリギリ3時前だった。
でも、そんなに人気なら他の若い人やそれこそ同じ学校の生徒が来るのではと不安になる。
「あの、私帰っ「大丈夫!ここ、穴場だから!誰も来ないよ」」
笑みを浮かべて先に出された紅茶を優雅に嗜んでる姿に、再び思わず胸の内が高まってしまう。
自分の前にも出された紅茶に映る自分に何も言葉が出なくなった。
そうだ、これが私だ。
その瞬間黒い何かが胸の内を侵食する。
そこからは、記憶はほぼ無い。
おいしいと言ってくれた紅茶もケーキにも手をつけずそのまま俯いたまま固まっていた。
「加露さん!」
声をかけられて初めて家まで戻ってきたことを知り、握られていた両手を見る。
「‥な、に「また!会いにくるから!絶対絶対!来るから!また、3時にあのカフェに行こうね!じゃ!」」
嵐のような人だと思った。
まだ、はっきりと胸の内が晴れてない中家の前で一人きり立ち尽くすことしかできなかった。
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