現代日本にはたして異能は必要だろうか
森林火林
第1話 現代日本の闇
——現代日本。
社会の闇には〈異能〉と呼ばれる超常の力を扱う者たちが潜み、その力で数多の犯罪行為を犯していた。
なんて事実を知ったのは、今から一ヶ月も前の話。
あの頃の俺は酷く無力で、何も知らないクソガキだった。
◇ ◇ ◇
「志郎。陽子ちゃんがまだ帰ってないみたいだけど、あんた探して来なさい」
時刻は20時過ぎ。
夕飯を終えてゴロゴロとテレビを見ていると、突如母親から家を追い出された。
陽子とは、隣の家に住む同級生。
まあ、いわゆる幼馴染の少女の名だ。
俺と同じく高校一年生で、水泳部に所属している運動神経抜群のスポーツ少女。
茶色のウェーブがかったボブカットがトレードマーク。
帰宅部の俺と水泳部の彼女とでは帰宅時間が異なり、別に20時なんてなんて事ない時間だと思っていたが、母親の態度を見る限りそうでもないらしい。
「よーこー。何処だ〜」
冷たい風が頬を撫でる。
ふと、静まり返った路地裏に何か違和感を覚えた。
視線を向けると、微かに見えた茶色の髪。
何故か俺は、それが陽子だと確信した。
「陽子……?」
その瞬間、俺の視界を激しい閃光が埋め尽くす。
「何だよ、これ」と驚き、目を閉じる。
暫くして光が収まると目を凝らすと、そこには三人の男女が立っていた。
一人はライダースーツに、穴あきグローブといったファンキーな男性。
もう一人は長い髪をバレッタで留め、ところどころ焦げたスーツを纏う女性。
そして最後の一人は茶色のウェーブがかったボブカットの女学生、陽子だった。
「そこの女学生を渡せ。そうすればお前は見逃してやってもいいぜ」
男が低く野太い声を放つ。
対して女性は、鋭い目つきで男を睨みつけた。
「あまり私をナメないで貰えますか」
一瞬の静寂。
瞬きの後、そこから始まったのは理解不能の現実離れした光景。
女性が一瞬で数メートル先の男と距離を詰める。突き出される右拳。
しかし男は両手を上げて灼熱の壁を作り、女性は慌てて距離を取った。
え?早っ……いやいやいや。え?何これ?
非現実的な光景を前に目を疑う。
その間も繰り広げられる、超常バトル。
そんな中、俺の目には陽子の姿が止まった。
あ、助けないと。
気づいたら、体は勝手に動いていた。
陽子をこの場から引き離す。
ただその一心で駆け出した俺だったが、それが悪手だった。
先に気づいたのは女性。
俺を見るなり驚嘆すると、なりふり構わず声を荒げる。
「え!?そんな……逃げて!!!」
言われなくても逃げるっつーの。
陽子を助けた、その後でな。
俺は陽子の手を掴み、半ば強引に逃げ出そうとするが、気づくと目の前に男が迫っていた。
「邪魔だ。無能者」
灼熱の拳が、腹部に刺さる。
車にでも轢かれたかのように俺の体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「がっ!?」
痛いなんてもんじゃない。
異常なほどに腹部は熱く、打撃と火傷を同時に浴びせられた激しい痛み。
倒れた体は思うように動かない。
女性がなんとか戦っているが、どう見ても不利。
陽子を守っているせいか、その動きは制限されていて、遂に女性も俺の横まで殴り飛ばされてしまった。
「どこから紛れたかは知らねえが、無能者のお陰で楽に仕留めれたな。礼を言うぜ」
「くそっ………卑怯者め……」
俺も女性も、立ちあがろうとするが力が入らない。
どうやら相当深刻なダメージらしい。
「放って置いても死にそうだな。んじゃ俺は、あの子を頂いて行くとするぜ」
男が踵を返し、怯える陽子に手を伸ばす。
その瞬間、俺の中でぷつんと何かが切れた。
気づくと俺は、隣に横たわる女性に声をかけていた。
「何か武器は?」
「武器って……一般人に貸せる訳ないじゃない。それに……異能者に武器は通じない」
「所詮人間、通じないなんて事はない。いいから貸してくれ。大切な幼馴染なんだ」
女性と目が合う。
俺の真剣な訴えに折れたのか「はぁ」と息を吐くと拳銃が一丁、投げ渡される。
「弾は全部で6発。それで全部よ」
「恩に着る」
狙うは両足。まずは、動きを封じる。
拳銃なんてゲームでしか使った記憶がない。
だけどなぜか、銃を撃つモーションは恐ろしく静かで、流れる所作で二発の銃弾を放つ。
「……あまいっ!!」
男が両手を下げ、灼熱の壁が展開される。
銃弾は熱で溶けたのか、男に当たった形跡はない。
だが、それは想定内だ。
「異能者にたかが拳銃が通じるかよ!」
「通じるさ。もう既に、当たってる」
炎の壁が消え、声高らかに叫ぶ男をよそに俺は再度銃弾を二発、両足に放っていた。
一般的な拳銃の性能だと秒速340mで銃弾は放たれるとされている。
秒速340m、音と同じ速さ。
異能者に銃が通じない。
それは多分、防ぐ術があるというだけで完璧ではない。
男の場合、炎の壁を作れたが、一度作ると必ず解いていた。完璧ならば常に張り続ければいい。それをしないということは、ラグ的なものが存在すると予想した。
そしてそれは、見事に的中。
俺が放った銃弾は、男の両足を貫く。
「があ!? クソッ! テメエ、何者だ!」
「ただの幼馴染だよ。そこの女のな」
「ざけんな。異能者が無能者に負ける訳ねえ……負けていい訳ねえんだ」
「知るかよ、そんなの。じゃあな」
残る銃弾は二発。
そのうち一発を、動けなくなった男の頭部に放つ。
ゴオッと燃え盛る炎が銃弾を溶かす。
だが、それは一発目。
まだ最後の一発が残っている。
「チェックメイトだ」
パァンと乾いた発砲音が響く。
男は糸の解けたマリオネットのように、力無く倒れ込んだ。
「空砲だよ。流石に人を殺すほど、覚悟決まってないっての」
最後の銃弾を撃つ直前、俺は一発だけ弾を抜いていた。
理由は単純、殺す度胸はまだないから。
まあ両足を撃って行動不能だった訳だし、殺さずとも大丈夫だろう。
そんな考えから、俺は最後の銃弾を抜いた。
ふぅ、疲れた。
救急車とか呼ぶべきだろうか?
という眼差しを女性に向けると、首を横に振られた。
どうやら黙っておいて欲しいらしい。
なるほどなるほど。
りょーかいしましたよーっと。
異能なんて漫画やアニメの中だけだと思っていたが、知らないところで現代日本にも存在していたらしい。
俺は離れたところで座り込む陽子と目を合わせ、微笑み合った。
ははは……よく分かんないけど、これから一体どうなるんだろう?
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