私は今日もきっと
モンキーパンツ
第1話
明日、世界が悲しみに覆われる。
地獄の大魔王と悪魔サタンが仲良くなり
すべての国で悲しみの曲が流れ
人々は、ずぶ濡れになるほど涙を流す。
…あーあそんなふうになってくれればいいなぁ。
でも、私が死んでも明日は、きっといつも通りに回るんだろうな。
この世界は私がいなくなっても何一つ変わらないんだろう。
明日も郵便のお兄さんは、眠そうな顔で自転車に乗ってるだろうし
左隣の家のニイヤマさん夫婦は明日も些細なことで喧嘩するだろうし
右隣の家のバンドマンは下手くそな歌を明日も歌っているんだろうな。
今日まで私の命を繋ぐために食べられた命達…ごめんなさい、私のせいであなた達の命もムダに終わってしまうね。
私の人生って何も価値がない、
無駄なものだったなぁ…
この前、亡くなった有名人みたいにたくさんの人の人生に影響を与えるほどすごいことをしていたらきっと私が死んだ明日、世界は何か変わるんだろう。
あーあ、せめて最後は、海の中で魚のエサにでもなって無駄な命じゃなかったって証明して終わろう。
始まりは、くだらないものだった。
新任の先生の授業中、みんなふざけて話を聞こうとしなかった。
だから、「うるさい!」って勇気をふりしぼって注意した。
たった一言だけだった。
それから、派手ないじめはなかったけど少しずつ少しずつ誰も私と話してくれなくなった。
新任の先生だけは、私の味方でいてくれると思った。
でも、先生はいじめに気づいてくれなかった。
自分の行動、存在、心全てを否定された気分になった。
それから学校に行くのをやめた。
部屋にずっと閉じ籠っていたら心が腐っていくのを感じた。
腐りきる前に、命を捨てたくなった。
嫌なことばかりを思い出して海に向かっている途中、いつも眠そうにしてる郵便のお兄さんが道端で倒れていた。
厄介ごとの匂いがしたので無視した。
知らんぷりして横を通り過ぎようとしたら、お兄さんが最後の力を振り絞って私の靴ひもを外してきた。
私は、派手に転んだ。
「なにするんですか!?」
「お嬢さん…頼む、他人に任せたなんてなると怒られるから、こっそり、誰にも見つからないようにこの地図に書いてある家に手紙を届けてくれないか…?
今日は、2日酔いで猛烈に眠い…」
「今日は、じゃなくて今日も!ですよね?」
と言いたかったけど、お兄さんは道路でイビキをかいて寝てしまった。
色々と悩んだ結果、このまま死ぬのも後味が悪い気がして仕方なく、人生で最初で最後の人助けをすることにした。
それとおまけに自販機で目覚ましになりそうな栄養ドリンクを買ってきてお兄さんの横に置いてあげた。
渡された手紙は3枚もある…
めんどくさいなぁ…
地図に書かれた場所に着くとニイヤマさんの家だった。
郵便のお兄さんに言われた通りこっそり入れようとしたらニイヤマさん夫婦に見つかってしまった。
「あら!チーちゃんじゃないの?
久しぶりね!あんまり、お外に出ないから心配してたのよ~」
奥さんがハイテンションで話しかけた。
「うちの前でどうしたんだい?」
旦那さんが、不思議そうに聞いてきた。
私は、説明するのもめんどくさかったのでニイヤマさん宛ての手紙をサッと渡した。
渡した後に嫌みったらしく「今日は、喧嘩しなくていいんですか?」と言ってやった。
「あちゃ~、やっぱり喧嘩聞かれてたか~」
奥さんが顔を赤らめて恥ずかしそうにした。
旦那さんは、気にせず渡した手紙を読んでるかと思えば突然大きな声で。
「よし!
今日からチーちゃんのために夫婦喧嘩をやめる!!」
と突拍子もなく言ってきた。
「え?私のために?」
「この手紙、遠方に住む娘からでね。チーちゃんのために喧嘩をするな、だってさ」
ニイヤマさんの娘さんが…?
私が赤ん坊の頃にしか会ったことないのに?
続いて、奥さんが笑って手紙を読み上げ始めた。
「なるほどね~。
【いつも夫婦喧嘩が絶えないお父さんとお母さんへこの前友人から、夫婦喧嘩は子どもの成長に良くない、と聞きました。おかげで私はひねくれ者に育ちましたが、まだ近所にはチーちゃんがいます。チーちゃんは今、繊細な年頃です。今すぐ仲良くしなさい】だと。
確かに、こりゃあ嫌でも仲良くしないとね~!
マイダ~リ~ン」
奥さんは、こめかみに血管を浮き出しながら無理矢理、旦那さんに笑顔を向けながら言った。
「そうだなーマイハニーチーちゃんをウチの娘みたいにひねくれ者にしないためだー」
旦那さんは、ロボットみたいな棒読み口調で心を無にして言った。
「「私達は、チーちゃんが隣に住んでるおかげで仲良くなります!」」
ニイヤマさん夫婦は大きな声で宣言をして、どちらかの掌が潰れそうになるぐらい、ギューっと手を繋ぎ家に入っていった。
なんだか、わからないけど私の存在が喧嘩を止めたらしい。
良かった…のか?
次の手紙は…
げっ!隣のバンドマンの家じゃん。
今度こそ見つからないようにこっそりポストに手紙を入れようとした。
「おい!それなんだ!?」
モヒカンのバンドマンがすごい勢いで出てきた。
また見つかってしまった。
郵便のお兄さんごめんなさい…クビにならないでね…
「なんだ?ってあなた宛ての手紙だけど…」
「は、早く渡せ!」
バンドマンは、焦った素振りで私から手紙を奪った。
嫌な奴…
「やった!!やったっ!!やったぁあああ!!」
手紙を読んだバンドマンが急に騒ぎ始めた。
「おい!なんで、俺が喜んでいるか気になるだろ?」
別に気にならない…
でも、頼んでもいないのに手紙を見せつけてきた。
【おめでとうございます!!
先日、開催した~目指せ!!バラードキング!!~のオーディションに合格しました】
「すげぇだろ?」
「へー、良かったですねー」
「なぜ俺がオーディションに合格できたか教えてやろうか?」
また頼んでもいないのに勝手に語り始めてきた。
「俺は、金が無くていつも家でパンクロックの練習してた…
でも、全くオーディションに合格できなかったんだ…
そんなある日!俺はあることに気づいた!
俺にはパンクロックの才能がないということだ!」
めちゃくちゃかっこよくめちゃくちゃダサいことを言ってきた。
「自分では決して気づかなかった!
でも、会ったこともない隣の家の人が教えてくれたんだ!
お前にはパンクロックの才能がない、
とな!」
…?
え?隣の家ってことは私の家?
しかも、なんか2階にある私の部屋を指差してる…
怖い…
私は、あなたなんかに何も教えたことはないよ…
「あの2階の窓を見てみろ!
俺がパンクロックを歌うと勢いよく窓を閉められるんだ!
で、試しにバラードを歌っていると窓を開けっ放しにしてくれるんだ!」
なんじゃそりゃ…
「で!気づいたことがある!
パンクロックを歌うと窓を閉められてバラード曲を歌うと開けたままにしてくれるということは…!
俺はパンクロックよりバラード曲のほうが聴き心地が良いということじゃないかぁ!?
だから、試しにこの前バラードのオーディションに行ったら念願の合格を貰ったんだぜぇ!
イエーイ!」
単純にパンクロックがうるさかっただけというのもあるけど、
確かに、このバンドマンパンクロックはめちゃくちゃ下手だけど、バラードは心地よくて聴いてられたんだよな…
バンドマンは、「こうしちゃ、いられねぇ!」と慌てて、家に戻り練習しに行った。
知らなかった…
へんてこりんな理由だけど
私の何気ない窓の開け閉めで夢を叶えた人がいるんだ。
…あ!そうだ!あと1枚あるんだった!
最後の手紙は…
私宛ての手紙じゃん…
誰だろう…
同じクラスのキノシタさん?
ほとんど話したことないのに…?
【チヒロさんへ
突然、手紙を送ってごめんなさい。
学校に来なくなって心配です。
迷惑かもしれませんがチヒロさんに、どうしても伝えたいことがあって、この手紙を書きました。
私が目が悪くなって去年からメガネをかけるようになった時のことを覚えていますか?
初めてのメガネでドキドキして、学校に行きました。
そして勇気をだして、好きな人に見せてみたら眼鏡をからかわれました。
それ以来、メガネを外してもその人から言われた一言が耳から離れなくなって、自分の容姿がどんどん醜く見えるようになりました。
鏡を見るたびに気持ち悪くなって吐いて、徐々に死にたいと思うようになりました。そんな時、チヒロさんが「今日は、メガネしてないの?似合ってたのに。」って言ってくれました。
その瞬間世界が途端に明るくなったのです。
私の耳にこびりついて取れなかったトラウマが、綺麗に削ぎ落ちたのです。
私はチヒロさんの一言に命を救われました。
チヒロさん、ありがとう】
…そうだったんだ。
キノシタさんも死のうとしてたなんて知らなかったし、声をかけたことも覚えてない…
でも、キノシタさんは私のなんとなく言ったたったの一言で救われた…
私の人生って
無駄じゃなかったのかな…?
次の日、郵便のお兄さんは栄養ドリンクで目がバキバキになって手紙を届けていた。
お兄さんがいつもより早く出勤したおかげで、幼稚園児を乗せるバスが高齢のおばさんを轢きそうになるのを、一歩手前で気づき大惨事を防いだらしい。
左隣の家のニイヤマさん夫婦は仲良く手を繋いで散歩していた。
奥さんは鼻息を荒くしながら強く握って旦那さんは苦悶の表情を浮かべながら痛みに耐えていた。
あれだけ仲が悪かった夫婦が急に仲良しになったと町中で噂が広がり、テレビ番組の企画で取材された。
その番組でニイヤマさん夫婦が仲良くなるコツを教えて世の中の夫婦喧嘩が少し減ったらしい。
右隣の家に住むバンドマンはバラード曲を家で猛練習していた。
数年後、そのバンドマンは世界的に有名なミュージシャンになって、たくさんの人に夢や希望を与える存在になった。
私は、そんなことがこれから起きるなんてことも知らずに早朝にキノシタさんを誘って海に行った。
海岸には誰もいなくて穏やかな波の音だけが聞こていた。
キノシタさんは突然、私の手を引っ張って服を着たまま浅瀬にバチャバチャと入っていった。
そして、笑いながら水をかけてきた。
私も負けじとキノシタさんに水をたくさんかけた。
顔も服もずぶ濡れになってお腹が痛くなるぐらい2人で笑い続けた。
地平線の先では朝日が世界を優しい光で包んでいた。
私は、今日もきっと知らない間に誰かを救いながら生きている。
私は今日もきっと モンキーパンツ @monkeypants
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