流星群
あじふらい
流星群
顔の周りに白い吐息がまとわりつく。
大地を覆う結晶ひとつひとつが暗闇の中であわい光を弱々しく反射している。
靴が埋もれないように、自分の周囲の柔らかい雪を踏み固めた。
上着の胸ポケットから煙草を取り出して、乾燥してかさつく唇で咥える。
ジッポライターの火が網膜に刺激をあたえ、手元をゆらゆらと照らした。
最初の一口を細く吐き出しながら、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
午後十一時三十八分。
強烈なバックライトに目を細めながらロックを解除する。
メッセージアプリを開き、他には目もくれずに見慣れたアイコンに指を置く。
《今日も労働の時間がきてしまいました…泣いちゃう…》
《昼ごはんはつかれた腹いせでラーメン三日目です》
《残業やっと終わった》
《帰る前にちょっと寄り道してるよ》
メッセージをスクロールすれば、最新のメッセージは五分前だ。
オンラインの自己主張をするように『おつかれ』『いま休憩中』と矢継ぎ早に送信する。
既読マークがついたのを確認して、白い煙を吐き出す。
なにか彼女が喜びそうな話題はあっただろうか。
煙の行方を追いながら夜空に目を向ければ、満天の星が
思案していると、オリオンの横を流星が駆け抜けた。
急いで手元に視線を戻しメッセージを送る。
『ながれぼしが』
《流星群みにきてふ》
焦って変換をしないまま送信したメッセージと、彼女にしては珍しく誤字がそのままのメッセージが、ほぼ同時に行き交った。
『もしかして今の見た?』
《みた!!》
『今日、流星群の日?』
画面の左端の時計を確認して二本目の煙草をくわえ、先端に吸いさしの火種をあてがいながら、息を吸い込む。
一本目の煙草を靴底に押し当て、火が消えたのを確認してコーヒーの空き缶に放り込んだ。
ふたご座流星群の極大が今日だと伝えるメッセージに『ラッキー』と返信をする。
《知らなかったのに偶然見れるなんてほんとラッキーだねぇ》
『うん』
幸運の理由を、彼女は知らない。
もちろん流星を見れたことも幸運だが、そんなことより今日は――。
『同じ星見てたのが嬉しい』
『楽しそうだし』
『話せたのもラッキー』
『天体観測楽しんで』
『風邪ひくなよ』
『帰り運転気をつけろよ』
『休憩おわる』
柄にもなく、答える間も与えずに次々とメッセージを送る。
なんだか気恥ずかしくて、返信も見ずにスマートフォンをポケットに放り込む。
上がった口角をもとに戻しながら煙草の最後の一口を星空に浮かべた。
流星群 あじふらい @ajifu-katsuotataki
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