第3話 拠点の地図

 自分が自殺を憎んでいた理由が、もっとはっきり分かったところで、女神はほっと息をつく。


「解除する薬なんて、どうやって見つけるおつもりですか?」


 妻は幾分か落ち着いた口調で問いかけた。

 薬の所在など調べる術は彼女には思いつかなかった。


「それについてはアテがある」


 厳つい口調から普段に戻して、女神は天使に視線を向けた。


「まずは居場所を突き止めるところでしょうかね。君たち、分かりますか」

「表向きの場所なら調べられますが……本当に住んでいるかどうかは……」


 拠点なら、ギルドにでも聞けばわかるかもしれないと思い、夫は言った。


「大丈夫よ。それだけあれば」

「本当ですか!」


 いまから向かおうかとばかりに女神が腰を上げるので、夫がもう遅いから明日にしようと提案した。天界に戻られてはいかがか、と。


「……天使くん、許してくれないかな?」


 彼女は人間の家にもっといたかった。右腕の許しを乞うため、手を胸の前で合わせる。


「自覚が薄すぎます。あなた様は女神なのですよ。

 尊敬されているといえば聞こえがいいですが、実際は畏怖いふと警戒です。理解できない超常存在なんて手に余るだけです。僕もですがね」


 夫妻の言いにくい心情を当ててみせた彼は、彼女をいさめた。

 彼女の行動パターンを熟知している彼は、暴走を止めるために日々知識を増やしている。

 ここまで人間を理解した物言いも、その過程で身につけたものである。


「それを口にできないってことぐらい、あなた様でもお分かりになりますよね? ですから認めることはできません」


 理路整然とした反論に彼女はなす術もなく、すごすごと退散した。


「……わかってるわよ。君たちも、無茶言いそうになって申し訳なかったわ」


 女神は夫妻に謝罪し、天使といちど天界に帰っていった。




「とんでもない1日だったね」


 神族の来訪というとんでもないビックイベントを、こうとしか表せなかった夫に、妻はなに言ってるのと返す。


「明日もいらっしゃるのだから、今夜中にできるだけ準備しましょう」


 昼の殺気は綺麗さっぱり消えた妻は、腕をまくった。







 翌朝。

 夫妻が朝食をとったあと、彼女らはやってきた。

 今度はバンジージャンプなどではなく、家にそのまま転移してきた。


「おはようございます、女神さま」

「今日もお世話になります」


 毒気が抜けて少し明るくなった妻が朝の挨拶をする。


「よく眠れたみたいね」

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

「謝罪なんていらないわ。準備はできてる?」

「はい、すぐにでも向かえます」

「なにか魔法で飛んで行かれたり……?」


 初対面が魔術師だからか、夫は魔法を想像した。

 だが彼女は、物理タイプなので、歩くつもり満々だった。


「いや? 歩いていくわ。案内よろしく」

「「はい!」」




 夫はギルドまで半刻も歩かせるのかと思っていたが、女神はともかく意外に天使も楽しんでいる様子で安心した。


「そろそろギルドでございます」


 ここで、歩きながらした会話の概要を説明しておこう。


 まず、彼女らの表向きの関係性。

 神族だと知れてもいいことはあまりないし邪魔されたくない。

 だから女神を奥様、天使を坊っちゃまと呼ぶことになった。


 次に、夫が主に会話を担当すること。また、話の流れで嘘をつくことを了承してほしいということだった。

 神族の価値観と人間の価値観は異なる。

 それでボロが出ることを防ぎたかったのだ。


 3つ目に、ギルド自体は中立であるが受付嬢など構成員がそうとは限らないこと。

 はっきり言ってしまえば、敵の手先が紛れている可能性もある。

 目をつけられないように行動することが肝要になる。


 そして、これが最後だ。

 妻を獣にだんだん変えるような劇薬を保持し使用したやさぐれども……こやつらは「破滅ルイン仲介者メディアリー」と名乗っている。


「ええ、ついに戦ね!」

「落ち着いてください、母上」


 貴族の坊ちゃんという設定で女神に話しかけた。


「参りましょう、奥様、坊っちゃま」

「うん」「はい」



 彼らは真っ直ぐ受付に向かう。

 唯一暇だった受付嬢が手を上げて彼らを促した。


 貴族らしき一行に、受付嬢は内心で警戒レベルを上げた。揚げ足を取られないように注意を高めた。


「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょう?」


 夫が一歩前に出た。


「情報をいただきたいのです」

「どのようなものを?」


 魔物を討伐したり天然の宝物庫のようなダンジョンを攻略したらする冒険者相手なら、それらの情報を求められているとわかる。

 しかし、この4人組は冒険者ではない。

 ギルドに求める情報とはなんなのか、彼女には見当もつかなかった。


「実は娘が難病を患っているのです。どれだけ高くても構いません。このあたりを拠点としていてその薬を売ってくれる団体に心当たりがありませんか?」


 夫は、事前に、“破滅の仲介者”が高額の報酬と引き換えに難病の薬を売っていることを調べていた。

 奴らは薬も毒もつくることができる。

 どんな経歴の者が内部にいるのかと戦慄せんりつした。


「それは……心中お察しします」

「ありがとうございます」

「ですがっ」


 受付嬢は悲痛な表情で、夫を止めようとボリュームを上げた。


「それは危険です。

 あなたには仕えるべき主がいらっしゃって……いま見る限り重く用いられているのでしょう?

 ご息女を諦めろとは口が裂けても申し上げませんが、危険な賭けに足を踏み入れようとしていることを警告いたします」


 女神は、見ず知らずの彼に対して真剣に警告した受付嬢に、高評価をつけた。

 もし関わることがあれば贔屓ひいきしてやろうと、心のノートに書き込んだ。


 彼女は真っ当なことを言っている。

 演技が見破られていないことに安堵したが、夫は彼女を説得することは骨が折れると感じた。


「あなたは親切な方ですね。でも僕はそれでも娘を……あの子は嫁ぎ先が決まるってところだったんです。だからどうしても生かしてやりたいんです」


 架空の“娘”という存在にさらに設定を付け足し、受付嬢の同情を誘う。

 彼女は自分を頼ってきた人を放っておけないお人好しなのだと、夫は判断した。


「お願いします。拠点だけでもいいので、教えてください。お願いします」


 これだけ言えば彼女も落ちてくれる。

 夫は、妻とともに頭を下げた。


 受付嬢と同じく真面目な妻は、彼女を騙すことに胸を痛めた。

 しかし、自分やひいては夫のためだと言い聞かせ、必死に頭を下げ続けた。


「……わかりました。お2人とも頭をお上げください」


 受付嬢は、なにかあればすぐに自分に報告することを条件に地図を手渡した。

 しかし夫妻には女神がついている。

 “万が一のこと”など、起きようもなかった。

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