【完結】女神の手繰る糸

ルリコ

第1話 女神へのファンレター

 ここは、この宇宙のどこかに存在する世界。

 地球のように生物が生まれ生きられる、天文学的な確率で限りなく奇跡に“近い”星。

 ………近い、そうだ近いだけで、決して

 この星はつくられしものだ。




 天界。


 そこでは、港区系女子くらいの年齢の女性が手紙を読んでいた。

 女性は、淡い青のドレスをまとい金髪と赤の瞳なのにあまり派手さはない。

 口を緩ませときに笑い声をたてながら楽しそうである。

 紙の色といい装飾の好みといい恋文かとも思えるが、決してそうではない。


 これは、彼女が「」と呼ぶものだ。

 誰からか?

 彼女の身分を少し考えてみればわかるだろう。


 手紙を畳んだ女性は鈴を鳴らした。

 すぐに彼女より若い少年がやってきた。


「女神さま、なんでしょう」



 彼女はこの世界の創生者である女神で、少年は彼女にただひとり仕える天使である。


 女神といっても、勇者を転生させたり誰かに加護を与えたりする存在ではない。

 もっとも彼女は勇者を知らないし、この世界に加護はないのだが。

 その地に住む人々からの祈りを手紙(FL)として受け取り、自分の基準で祝福を与える(ファンサ)ことが仕事だ。

 つまり、先程のファンレターは人々からの祈りなのである。


 天使の見た目は、いわゆるといった感じである。白い服をまとっているし金色の輝く輪っかを冠している。

 若葉色の天パがかった髪と、サファイアブルーの沈んだ瞳が特徴的な、落ち着いた雰囲気のイケメン少年だ。

 自分の出自は覚えていない。

 彼の最初の記憶は「あなたは私に拾われたの。末永くよろしくね」と満面の笑みを浮かべた女神さまだ。

 でも女神さまだし優しいし綺麗だし、杜撰ずさんなところもあるけど嫌いになれなかったので、特に拒否することもなく働いている。彼女に仕える者が自分以外にいないと知ったときは仰天したが。



 話を戻そう。


 女神が呼びつけた天使は、彼女に用事を聞いた。


「この人に祝福をあげようと思うの」

「わかりました。拝見しても?」


 畳んだ手紙を女神は手渡した。




 ーいつも僕たちを見守ってくださる女神さまへ。

  この地をつくってくださりありがとうございます。


  とてもお忙しいとは思いますが、女神さまの祝福をいただきたいのです。

  僕の妻とは結婚して2年になって、数ヶ月前に妊娠が発覚しました。

  身重になった妻は危険があってもすぐに逃げることができないので、あまり

 外出しないよう言い含めていましたが、庭に出た隙にやさぐれ者どもに拐われ

 て魔物にだんだん変わる劇薬を投入されてしまいました。

  その日すぐ返ってきましたが、暴れそうになったら飲めと嘲笑いながら渡さ

 れた薬を妻は手放しません。

  副作用はないのかと問うても、あっても飲むしかないと覚悟を決めた表情で

 言うのです。私が見ていないところで飲んでいるかもしれません。

  そして抑えられなくなったら殺してくれ、できないのなら自死する、とため

 らいもなく夫である僕に告げるのです……。

  どうか最愛の妻をお救いください。




「どうなされるおつもりですか」


 手紙を返して天使は女神に問う。


「私は自殺を許さない。理由も知ってると思うけど」


 女神は決して自殺を許さない。道徳的にとか倫理的にとかではない。

 他の悪事にはかなりゆるい。許したりするし、なんなら賛同してしまうこともあるタイプの悪い女神だ。

 それでも、それだけを許せないのは、それだけの理由がある。

 だが、それを語るのはいまではない。


「もちろん。ではこの妻だけを咎めるのですか? 彼女を治してしまえば問題は解決するのではありませんか」

「だからそれをめさせてから治すのよ。その対応によってはそのギャングどもも潰してやるわ!」


 女神が言いそうにないセリフを、ポーズつきで言い放つ。

 天使は手慣れた仕草で、上機嫌な女神に承諾の意を示した。



 彼女は立ち上がってある場所に向かった。

 カギを持っていた彼がドアを開錠した。


 その部屋は“転移部屋”。下界に舞い降りるための施設である。

 行きたい場所を探すための精巧な世界地図、その場所を上空から確認するための水鏡。そしてもっとも大事な転移魔法陣。これらが揃っている。


「女神さま、よろしくお願いします」


 これから、女神という規格外がおこす力技をご覧入れよう。


「は~い」


 女神はファンレターに触れて、これを書いていた人物まで糸を辿っていく。

 すべての生きる人や動物、植物は、創造主・女神と“糸”で繋がっている。とても大事なものだ。これが切れることは死を意味している。

 いまの地球で例えると戸籍だろうか。いち個人で辿れて、見つけるまでの時間ロスが桁外れに少ないという違いはあれど、使い方は似ている。


 見えない糸をほんとうに手で操っているように動かしていた彼女は、1分後目を開けた。


「みつけた」


 水鏡に自分の魔力を流して漂わせる。そして酸素を確保する魔法を唱えて、顔をつけた。

 ファンレターの主の顔を思い浮かべて居場所を探っていく。

 徐々に霧が晴れていき、夫婦が2人で暮らしている家を見つけ出した。

 顔を上げて深呼吸した女神は、天使に目配せを送る。


「確認しました。あとはこちらで」

「うん」


 世界地図をあさり該当箇所を見つけるのは、普通に考えて難しいし時間もかかるだろう。

 しかし、そもそも彼らは普通ではない。常識で測るほうが間違っている。


「見つけました」

「じゃあ向かうわよ!」


 魔法陣を起動しようとした女神に天使がストップをかける。


「お待ちください、女神さま! 食料などの準備をしておりません」

「え~早くしてきて!」

「かしこまりました」


 天使は苦労人。

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