<第一章:退紅竜レア> 【01】


【01】


「パパですよね! レアです!」

「うん、知らん。誰だ?」

「レアです!」

「いや、どこのレアだって?」

「パパー!」

「うぉぉおおお!」

 竜が、その巨体で飛びついてきた。

 轟音が鳴り、大地が揺れる。咄嗟に避けなかったら、間違いなく潰されていただろう。

「なんでよけるの!?」

「危ないからだ!」

 6メートルの物体だ。避けるに決まっている。

「何じゃこれは」

 騒ぎを聞き付け、爺がやってきた。

「こんにちは! パパのお友達ですか!」

「お、おう? 元気が良い………お嬢ちゃん? じゃな」

 爺は混乱しているも、声の幼さから竜を子供と判断した。

「レアはレアって言います!」

「儂は、ウェズロー・ラ・ティルト・ログレット・ロンダール。ほ、いや、この辺りの村長といったところか」

「村長さん!」

 竜の声はクソデカイが、不思議とうるさく感じない。

「して、お嬢ちゃんの父親がコレとして、母親は誰かな?」

「ママは、赤宝竜パラティアです」

「赤宝竜、とな。………………知らぬ名だ。爵位がないということは、王国滅亡後に生まれた竜じゃな」

「う?」

 竜は、よくわかっていない。

 俺も、よくわかっていない。

 爺は、それを察して言う。

「かつて王国では、竜が生まれたさい爵位を与える習わしがあった。竜と王国の友好の証としてな」

「王国が滅亡して、何年だっけ?」

 俺は数字には弱い。

 自分の年齢もよく覚えていない。

「儂にとっては、17年前に滅んだ」

「おい。こいつの母親、何歳だよ」

「お嬢ちゃん。歳は幾つじゃ?」

「よん、ごー? ろく? 6!」

「だそうじゃ」

「………………」

 こいつが本当に俺の娘だとして、母親が若すぎる。

 爺の計算でも11だぞ? んな子供に手を出したことはない。

「6年前か。ヒユ、心当たりあるだろ?」

「あるにはある」

 俺が、英雄と勘違いされるようになった一件だ。

 6年前、今よりも戦火の残り火が強かった時期。

 王国の崩壊から生まれた自由都市群は、その境界の曖昧さと資源の奪い合いから、激しい争いを繰り広げていた。

 季節ごとに、いや日ごとに、名と頭だけを挿げ替えた自由都市が生まれては消える。

 そんな中、俺が滞在していた南部の自由都市が、飛竜の襲撃により壊滅した。

 飛竜は空を飛び、群れを成し、人肉を好む。鱗は強固で、なまくらな刃物では傷1つ付かず。爪は鋼を容易く斬り裂き、吐く炎は街を簡単に焼き尽くす。

 しかし、その程度。

 駆除自体はある程度の強者個人で可能だ。

 飛竜の恐ろしいところは、死後にある。

 ガラス状になった遺骸が、毒と火で土地を汚染するのだ。この毒は人間には致命的で、しかも自然に還らず、浄化する方法が見つかっていない。

 飛竜に襲われた土地は、放棄するしかなかった。

 逃げ出した俺たちだが、幸運なことに、受け入れ先はすぐ決まった。

 一夜にして砂漠に生まれた王国、【アガスティア】である。

 不運なことに、周辺の自由都市から襲撃を受けた。

 この襲撃には諸説ある。

 中でも目立った説は2つ。

 飛竜の毒が、人を媒介して広がるというデマ。

 そして、【アガスティア】そのもの。

 かの【アガスティア】の建国は、自由都市とは異なる。自由都市の大半は、王国の残党であり、元領地が好き勝手に独立したもの。

 だが、【アガスティア】は違う。かの国は、王国最大の敵、崩壊の一因でもある【獣の王】の腹心が作り上げた国だ。

 そんな所に人材が流出すれば、王国の血を引く自由都市の敵となる。

 その懸念は正しいのだろう。

 だからといって、『死ね』と言われて死ぬ人間はいない。生きるためには、かつての敵に降る人間の方が多い。

 人間そんなもんだ。

 関係ない俺が言うのもおかしいが。

 襲撃は、苛烈だった。

 戦える人間はバタバタ死んで行き、俺もやれることはやったが、戦えない人間にも被害は拡大して行く。

 状況も相まって、俺は“しんがり”を務めた。

 当時の俺は、今以上に自暴自棄だった。目的がごっそりと失せた時期であり、何をやればいいのか? 何をして生きればいいのか? 答えが出ない毎日を浪費していた。

 だから、命を賭けて弓を引くことに歓喜した。

 環境も味方した。

 滅多にない深い霧が発生して、敵を包んだのだ。

 霧程度で外すような腕ではしていない。

 百の矢で百の敵を射抜いた。矢が尽きると死体から矢を拾い、それも折れると、弓で放てる物は何でも射った。五指の肉が剥がれ、骨が覗くまで弓を引き続けた。

 獣とも戦った。

 沢山の沢山の獣と、月夜の下で戦った。

 知らぬ間に気絶して、目覚めると朝だった。目の前には、射殺された敵の死体だけが残っていた。

 その後、馬を拾って【アガスティア】に到着………………歓迎され、英雄とうたわれた。

 あの王国の滞在中、俺の人生は絶頂だった。

 とにかくまあ、女が寄って来た。

 命を助けられたという事実と、英雄という箔は、女の股を開かせるに十分な理由なのだろう。

 とてもとても、恥ずかしい話。

 女に慣れてなかった俺は、来る者を拒まず、片っ端から抱いた。

 酒池肉林、天国だと勘違いした。

 背中を刺されるまで、それが人としてやっちゃいけないことだと気付かなかった。

 あ………思い出した。

「自分を竜だって言う女がいた。燃えるような赤い髪で、【アガスティア】の統治者と同じ髪色だから、土地の慣習か、粋な演出だと軽く流していた」

 今の今まで忘れていたけど。

「当たりか」

「そりゃ当たったけど。いや待て、レア」

 竜に視線を向ける。

 ちょっとした疑問があったのだ。

「なんで、俺が父親だってわかった? ほら、証拠的な物はあるのか?」

 まだ、人違いの可能性もある。

 わずかに。

「これ~」

 レアは、翼の裏側から小枝を取り出す。

「おぶっ」

 俺の弓の“節”だった。

「ママから貰ったの~。パパのいる方向に向けるとプルプル震えるんだって。本当に会えた!」

 ま、間違いない。何人かの女に渡した記憶もある。

 そうか。マジかぁ。俺の子供なの? 本当に? 凄く大きいんですけど?

「えーと、レア。今更、いや、なんでまた、俺のところに?」

 動揺しながら、次の疑問をたずねる。

「あのねぇ~ママがね~。危ないから、しばらくパパの所にいなさいって。しばらく、お世話になりまーす」

「そうか。そうだな」

 なんだか頭が真っ白だ。

 俺も、たぶん子供がいてもおかしくない歳。のような気がする。たぶん?

 子供が出来たら、なんて妄想をしたことはある。

 でも、6メートルの子供が来るとは思わなかった。

「ヒユ。ちょっと来い」

 手招きする爺に連れられ、少し離れた。

「どうするつもりじゃ?」

「どうって言われても」

 どうすりゃいいのさ。

「お前に、子供を育てる器量なんてないじゃろ。小さい子供なら、うちの女共の誰かに面倒を見させるが、相手はこと竜じゃ。癇癪1つで死人が出る」

 あの体じゃありうる。

「それに飯じゃ。昨日も言ったが、この辺りの土地は、種を植えれば翌日にでも作物が生えて来る。だが、常にそうとは限らん。気まぐれに、草一本も生えぬ時期がある」

「どのくらいの期間だ?」

「最長で100と12日じゃな」

「おいおい」

 餓死する可能性もあるだろ。

「一定の蓄えを保ち、節制して生きておる。いらぬ財が増えても揉め事の種になるでな。とてもだが、竜を養えるほどの余裕はない」

「この辺りで、狩れそうな動物はいるか?」

 普通の獣なら、剣でなんとか狩れなくもない。

「おらん。たまに畑を荒らす羽根ウサギ程度じゃ」

「………………あ」

 失念していた。

「竜って、人間の姿に慣れるよな?」

 でなきゃ、間違えて抱くわけがない。

「ある程度、成長すればなれると聞いたな」

「おふっ」

 早々に何も思い付かなくなった。

「………儂の知り合いに、竜と関わりのある者がいる。そやつに相談してみる。竜の子を育てるなど、儂らのような“普通の人間”には無理なことじゃ」

「しばらく預かるだけだ」

 そう本人が言っていた。

「竜は、身内への感情が強い。そのせいで幾つもの国が滅んだ。竜が幼い子供を手放すとは、真っ当な理由ではない」

「父親に預けただけで、大袈裟な」

 言って、『父親』という言葉に凄い違和感を覚えた。

「今の今まで子供がいたことも知らなんだ奴じゃぞ。そんな男に子供を送り付けるとは、何もかも解せん。余程、切羽詰まっていたのか、或いは人の理解できない理由なのか」

 爺は、ブツブツ考えている。

 さしあたって、俺のやることが1つ思い付く。

「爺、道具貸せ」

「は? なんの道具じゃ?」

「農具に決まってるだろ。一刻も早く、耕して植えて育てるんだよ」

 先がわからなくとも、食うために何かしなきゃいけないのが、普通の生き方だ。

 ………竜がどれほど食うか知らないけど。

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