第10話 剣の錆にもならない

 赤い光が私達を狙っている。

 宝石サイズの小さな光だ。

 私はつい視線を奪われる。


「アレは……」


 つい口にしてしまった。

 その瞬間、リーダー格の男性は起き上がる。

 確実に無理をしているのは確かで、私の体に掴み掛る。


「とうとう捕まえたぜ」

「捕まえてどうするのかな?」


 正直この程度の相手造作もない。

 前回の人生は勇者パーティーのメンバーだった。

 こんな盗賊相手、負ける気もない。私は詰まらない相手に目を付けられた。


「捕まえてどうするだと? もちろん、こうするに決まってんだろ!」


 男性は腰のベルトからナイフを取り出す。

 私の首筋に刃を合わせると、殺そうとしている。

 確かにビビるだろうな。普通なら。


「で?」

「おいおい、強がってんじゃねぇぞ?」

「強がってないけど?」


 そもそもどこに強がる要素があるのか。

 正直この程度の攻撃で死んだりしない。

 私を舐めるな。今まで一体何万回、いや、何億万回死んで来たと思っているんだ。


「チッ、面白くねぇな」

「それはどうも?」

「しかも男の癖に私かよ。お前は何処かの貴族か執事なのか?」

「あっ、差別的だね。そんなこと言うと、罰が当たるよ。まぁ、この世界では当たり前なのかもしれないけれど」


 私は幾つもの世界を渡り歩いてきた。

 そこでたくさんの人生を最後は一人で過ごしてきた。

 決まったルールと役柄があって、それを思い起こせば、かなりコンプラに厳しい世界もあった。だけどここは違う。ここはファンタジー溢れる異世界だ。つまりは……


「多少のコンプラ違反は、許される!」


 ドーン! と私は股間を膝で蹴り上げた。

 すると男性は悶絶。絶叫を上げ、喉が急激にしぼむ。

 心が腐り掛けると、吐き気を催してしまった。


「ぎょえぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「「ヒヤッ!!」」


 リーダー格の男性は悶絶している。

 股間を押さえると、目から血の涙を浮かべた。

 何やってんだか。私はただ股間の骨を砕いただけなのに。


 それよりマズいのは今の悲鳴だ。

 アレで何か騒動になれば問題。

 地面から起き上がると、私は男性を見下ろした。


「ざ、雑魚すぎる」


 私は呆気に取られてしまった。

 もはやドン引きレベルの弱さに私は呆れる。

 苦しんでいるが実際、骨が折れると痛みを忘れる。

 きっと今痛いのは、骨を折った瞬間に、血管が神経に触れたせいだ。


「大丈夫? 治す?」

「くっ、い、痛い……」

「血管が神経に触れているんだよ。どうする? このまま光に裁かれるなら、治してもいいけど?」


 私だって悪魔じゃない。少しくらいは恩赦を与える。

 しかしリーダー格の男性は言葉を失っている。

 口を開く余裕が無くなり、虫みたいにユラユラする。


「ダメか。それじゃあどうして……ん?」


 つい私は視線が止まる。

 やはり赤い光が気になって仕方が無い。

 あの方角は森の中じゃなくて、馬車の方な気がする。

 一体なにに対して光を放っているのか分からないけれど、その瞬間異変が起きた。


 パシューン!


「なっ!? 嘘だよね」


 光の狙いは完全にレーザーポインターだった。

 狙いを定め、白煙の中に照射される。

 凄まじい熱のレーザーが襲い掛かると、私は容易く躱す。

 その先にあったのは何か。もちろん私じゃない。狙いは盗賊団のリーダーだ。


「危ないな!」


 私は盗賊団のリーダーを放り投げる。

 圧倒的に私が小さいのに、軽々と持ち上げると、上手く射線を外した。

 そのおかげで男性は助かったが、不意に立ち上がった。


「今、なにが起きて? お前、正体ついに見破ったぞ!」

「ヤバッ」


 しかも赤いレーザーのせいで面倒な事になった。

 白煙が蒸発してしまう。

 引火は免れたものの、せっかく姿を隠していたのに、顔がバレてしまった。


「マズいな」

「はっ、なにがマズいんだよ。俺にとっては好都合だぜ!」


 確かに男性には好都合かもしれない。

 けれどどうせ顔は明かすことになるんだ、問題はそこじゃない。

 私のやって来たこと、隠していたものが浮き彫りになり、少女の悲鳴が上がった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 少女の悲鳴が鼓膜を貫く。

 流石にこれは予定外で、私の視線は馬車の方に向く。

 しかし赤い光は消えていた。証拠を残さないように、早期に撤退したらしい。


「一体いつまで気絶しているんだよ」


 相変わらず御者台の上には男性が一人気絶している。

 この状況でよく寝れるなと思ってしまう。

 しかし目を離したのはマズかった。リーダー格の男性は、動けることで余裕を持つ。


「(チッ)一時どうなることかと思ったけどよ。もう痛みもないからな。ここからは思う存分やらせてもらうぜ!」


 男性は骨が折れている。そのせいか痛みがまるでない。

 体を無理やり動かしても男性には造作もなかった。

 つまりは、変にハイになると、男性は調子に乗る。


「死にやがれ!」

「はぁ。そう簡単に死ぬと思う?」


 男性はナイフを突き出した。

 私を本気で殺そうと、胸にナイフを突き立てる。

 けれどナイフの先端は触れることなく、私は男性の腹を一発殴った。


「ぐはっ……なんだよそれ」

「この距離で反撃しない訳ないよね?」


 私は男性の腹を一発殴り、気を失わせようとした。

 けれど男性は負けを認めない。

 不意に視界に入ったのは、怯えながらも私のことを応援する少女だ。


「す、凄いです。頑張ってください!」

「プライム様、ダメです。目を閉じてください」


 猫の獣人の女性が必死に少女の視界を奪おうとする。

 悲鳴を上げ、この惨劇を視界に納めてしまった。

 きっと気が動転しているに決まっている。そう思ったに違いない。


「そうだ。元を辿ればお前のせいで、お前のせいでこんな目に……」

「ん?」


 なんだ。気が動転したのかな? リーダー格の男性は急に吐露する。

 鋭い眼で睨み付け、私から少女達に視線を配る。

 全身から殺意を剥き出しにすると、ゆっくりと体の向きを変え、少女と女性に牙を剥く。


「そうだ。お前達のせいだ。目的変更だ。誘拐しなんてせずに、ここで腸を抉り出してやるよ!」


 リーダー格の男性は完全に我を忘れていた。

 弱い者虐めをすることしか興味が無い。

 少女達に足早で近付き、ナイフを振りかざした。


「きゃっ、こ、来ないでください!」

「近付かないでいただけますか。それ以上近付けば、容赦しませんよ」


 少女は悲鳴を上げてしまった。

 獣人の女性は剣を構えて少女を必死に守る。

 けれど守る立場の人間が、腕が震えてしまっている。


「知るかよ。死ねぇ!」

「こ、来ないでください! シャルムを虐めないでください!」


 リーダー格の男性は強きになっている。そのせいか意味が無い。

 ナイフを振り回してしまうと、少女は怯える中で右手を突き出す。

 すると手が眩く輝き始め、魔法紋章が浮かび上がった。


「アレは……マズい」


 私の目は誤魔化せない。強力な魔法だ。

 魔力を多く消費し、リーダー格の男性を一瞬で殺すには充分。

 悟った瞬間、少女の心の悲鳴が聞こえた。このまま殺させるわけにはいかない。

 そう思うと、体が自然と走り出し、右手は剣の柄を掴んでいた。


「死ねっ……(コトン)」

「えっ……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 少女の悲鳴が貫通する。最大限の音波に変わり、森の中を駆ける。

 そのせいか木々達が騒めき出し、たくさんの生き物が逃げてしまう。

 それも仕方が無い。私が剣を抜くと、問答無用で男性の首を刎ね飛ばしたからだ。


「まさか最初の試し切りが、こんな形になっちゃうなんて。……剣の錆にもならないや」


 正直こんな結果を招くなんて。

 私は思った形と違う剣の初切りに頭を掻く。

 申し訳ない気持ちがあるけれど、やっぱりしょうもない相手を切っちゃった。

 神様に申し訳が立たなくなると、私は溜息を吐いた。

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