第4話 伝説を超えるモンスターとの融合


血に染まるトムール大草原。その広大な地平の中心に、漆黒の巨大な卵が忽然と現れた。


空には赤い三つの月が浮かび、十数頭のIII級モンスター「銀魔狼」が、高さ3メートル、直径1.5メートルのその卵に向かって集まり始める。

飢えた彼らの凹んだ腹部が、飢餓の苦しみを雄弁に物語っていた。


三日間、この地に漂っていた二体の伝説級モンスターの威圧感はほとんど消え、濃厚な血の匂いだけが草原を満たしていた。銀魔狼たちはその匂いに引き寄せられた。


群れの先頭に立つ狼王が漆黒の卵に噛みつく。だが、その鋭い牙は「ガキンッ」と乾いた音を立て、逆に折れてしまった。

狼王の吠え声が響き渡ると、群れは一斉に戦闘態勢を取る。月光に照らされた彼らの爪と牙が、不気味に輝き、凶悪さを際立たせていた。


その時だ。

卵に細いひび割れが走り、それが一気に広がり始めた。

ひびの間から現れたのは、一つの左手――指輪をはめた手だ。続いて右手も。


夢の中で、彼は黒く粘ついた液体のような生物に全身を支配されていた。その生物は意識を通じて宮本と会話さえしていたのだ。

「我に従え、抗うな。我は伝説を超えた力をお前に与えよう。この世のすべてが、足元にひれ伏すことになる……」

「誰だ…?」

「バルトと呼べばよい」

「俺に何をするつもり!?」

「お前を強くする」

「はあ!?……じゃあ代償は?」

「代償などいらぬ。ただ、我が授けるものを受け入れるだけでよい……」


その会話が途切れると同時に、宮本の体内で遺伝子誘導薬が活性化し、遺伝子再構築が始まった。その激痛に耐えられず、彼は最後の意識を手放した。

だが、黒い物質――バルトは、宮本の遺伝子に完全に融合し、その体を支配しようとしたのだった。

「人類というのは、なんと美しい生物だ。この甘美な螺旋DNAが、あの亜竜亀をどれほど上回っていることか!

 人類のDNAこそ、伝説を超える鍵……」



バルト――それは誰も知らない古の伝説級モンスターだった。

永遠の命と伝説を超える進化を追い求めた結果、現在のような形態へと至った。

3000年の眠りから目覚めた彼は、ひどく衰弱しており、近くにいた亜竜亀の体を一時的に支配することで復活を果たした。

しかし、亜竜亀の体を手に入れたことで、彼は即座に伝説級モンスターへと進化し、ウェスグロの唯一の伝説級モンスター「嵐の雷竜」の攻撃を招いてしまった。

伝説級モンスター同士の激突は、相打ちという形で終わり、バルトは目覚めたばかりの虚弱状態から、さらに極限の衰弱へと追い込まれた。

だからこそ、彼は意識を通じて宮本を欺き、抵抗を諦めさせようとしたのだ。

今のバルトは無力そのものだった。


バルトは宮本の遺伝子に無事融合し、あと24時間で宮本の肉体を再構築し、彼の魂を抹消し、自分がその完璧な体の主となるはずだった。しかも落ちぶれた社畜の中年男である宮本は、体を奪われ魂を抹消される危険には気付いていなかった。


…が、予想外の出来事がバルトの野望を完全に打ち砕く。


遺伝子誘導薬剤――それは人間の遺伝子組成を再構築し、遺伝子の鍵を解放することで強大な能力を得るための危険な薬剤だ。

宮本の遺伝子に完全に融合したバルトは、最も脆弱な状態にあった。

その瞬間、薬剤の遺伝子再構築の力が発動し、バルトは



草原では、群れの狼たちに囲まれていた漆黒の卵がついに完全に砕け散った。

茫然と周囲を見渡した宮本だったが、狼群に目を向けた瞬間、意識が覚醒した。

「俺が……死んでいない?でも、この状況、脳腫瘍で死ぬよりマシとは言えないな……。 あの夢……いや、あれは何だったんだ?

 バルト、まだいるか?力をくれると言ったよな!?この危機をなんとかしてくれ―!」


宮本の独り言をよそに、銀魔狼たちは限界まで追い詰められていた。群れの一頭が飛びかかり、彼の喉元を狙う。


咄嗟に手を振り上げた宮本。その動きはただの反射だったが、信じられないほどの力を発揮した。巨大な魔狼を十数メートルも吹き飛ばし、地面に叩きつけた狼の頭は潰れていた。

地面に叩きつけられた狼の頭は半分になり、脳髄が飛び散った。

「これ……俺がやったのか……。まさか、あのバルトって奴……夢じゃなくて現実だったとか? 


 …ってかなんで!? 何の要求もなくただ助けてくれただけってこと!?ラッキーすぎる!!」

驚きに満ちた表情を浮かべる宮本。しかし、考える暇もなく、狼王の一声が響き、群れは一斉に攻撃を仕掛けてきた。




心斎橋ダンジョンがあるビルの6階、入口の前で、門番は目の前で徐々に石化していく転送ゲートを驚愕の表情で見つめていた。

「一体、何が起きている? なぜこうなった?」

突然発生した異常な封鎖現象。門番は、これは自分の手に負えない事態だと判断し、迷うことなく衛星電話を取り出して短縮番号を押した。

「すぐに探査部に報告しなければ!」


日本、東京

銀座・歌舞伎タワーの最上階、探索者協会本部。

協会は30年前、全国でダンジョンが湧き出した月に創設された。

創設者は人類史上初の遺伝子解放者であり、わずか半年で4段階の遺伝子ロックを解放した超強者。今や20年間行方不明の「夜帝」として知られている。


遺伝子解放者が増える中、協会は強力な政府機関と結びつき、1年後には探索、調査、防衛、製造、研究などを一体化した巨大機関として正式に発足した。

現在、広大な作戦会議室では、探査部部長の坂本修が巨大なホログラムスクリーンを凝視し、険しい表情を浮かべながら、スタイル抜群の秘書に指示を出す。


「たしか第三ダンジョン探査隊は今本部にいるはずだ。美月隊長を作戦室に呼んでくれ」

秘書は慎重に進言した。

「部長、実は美月隊長が今、寝ていまして…ご存知の通り、隊長の睡眠時間を邪魔すると大変なことに…」

坂本修は何か嫌な記憶を思い出したように少し沈黙し、こう言った。

「それなら副隊長の石川を呼べ」



5分後

緑色のタンクトップを着た、身長2メートル近く、屈強そうな男が作戦室に入ってきた。

坂本はホログラムスクリーンの情報を指し示しながら命じる。

「これが第三探査隊の新任務だ。ウェイスグロに向かい、突発的な異常封鎖事件を調査しろ」

「…大阪のSSS級ダンジョンですか?」

石川は眉をひそめた。

「あそこは、第三探査隊の管轄区域外では?」

「本来なら、第七探査隊が担当する場所だ」

坂本修はため息をつき、スタッフに第七探査隊の全隊員情報を表示させた。

ホログラムスクリーンには第七探査隊の隊員たちの顔写真が映し出され、それぞれの写真に「失踪」と記された赤い文字が点滅していた。


坂本は険しい表情のまま口を開く。

「4日前、第七探査隊は沖縄北部にあるSS級ダンジョン内で完全に消息を絶った。IX級モンスターに襲われた可能性が高い……」

坂本の指がスクリーンを操作し、次の映像が表示される。

「『総督府』と呼ばれるそのダンジョンは現在封鎖状態だ。戦闘部の四将軍の一人、『ウィールス』が現地で指揮を執っている。」

石川はその報告を黙って聞き、拳を固く握りしめた。その目には怒りの色が浮かび、彼の闘志を隠しきれない。

「了解しました、部長!」

石川は秘書から任務資料を受け取ると、無言で振り返り、作戦室を出ようとした。

しかし、その背中に坂本の声が響く。

「待て、石川。美月がまだだ。彼女が目を覚ましてから出発しろ」


石川の足が一瞬止まる。彼の脳裏に嫌な記憶がよぎった。

――以前、美月隊長を無理に起こそうとした男がいた。

あの男は、戦闘部で将軍昇格が最も期待されていた自信家だった。

しかし今、その男は――

「まだ入院中、だったな……」

石川はそう呟くと、短く息を吐き、再び歩き始めた。


ウェイスグロの転送ゲート前

門番は額に汗を滲ませ、怯えた表情で説明していた。

「大島さん、ウェイスグロで異常な封鎖現象が発生し、現在進入できない状況です。」

門番の前に立つのは、身長1.82メートル、鋭い輪郭と銀白の短髪が特徴の男性だった。

圧倒的なオーラを纏い、限定版のフライトジャケットと茶色のサングラスを身につけたその姿は、人目を惹きつける。


彼の名は大島蒼悟――または「フライヤー」

ダンジョン配信業界の伝説的人物であり、Delta級の遺伝子解放者である。


遺伝子解放者の階級は以下の通り。

Alpha(α):1段階の遺伝子ロックを解放

Beta(β):2段階の遺伝子ロックを解放

Gamma(γ):3段階の遺伝子ロックを解放

Delta(δ):4段階の遺伝子ロックを解放

Epsilon(ε):5段階の遺伝子ロックを解放


大島はチャンネル登録者数972万人を誇る、Y社トップのダンジョン配信者である。彼にとっても、ウェイスグロが最もお気に入りのダンジョンだ。

「そうか。」


低くハスキーを帯びた声が門番の耳を打つ。大島はゆっくりとサングラスを外し、鋭い鷹の目で石化した転送ゲートをじっと見据える。

「原因は分かったのか?」

門番は緊張した面持ちで首を横に振る。

「はっきりとは分かりません。2日前に突然発生しました。すでに協会本部に報告してありますので、まもなく探査隊が調査に来るはずです」

大島は一瞬考え込み、穏やかな笑みを浮かべた。だが、その微笑みにも彼の威圧感は隠せない。

「助けが必要か?」

門番は戸惑いを隠せなかった。

「ど、どういう意味でしょう?」

「僕なら力尽くで開けることもできるが?」

大島は転送ゲートを指し示しながら、さらりと言った。

門番は一層怯えた表情を浮かべる。

「いや、自分はただの門番ですので……」

「そうか」

肩をすくめると、大島は踵を返した。

「探査隊に任せよう。5層のダンジョンで配信するから、また数日後に来る」

そう言いながらサングラスをかけ直し、去ろうとしたその時、大島は何かを思い出したように立ち止まり、振り返る。


「ところで、最後にウェイスグロに入ったのは誰だ?」

門番は一瞬記憶をたどり、数日前の出来事を思い出した。

「たぶん……あの『生きて帰るつもりはない』と口にしていた奇妙な男です」

「なんだそれ」

「登録したばかりの探索者で、社畜の中年男性でした。ダンジョンで死ぬつもりだったのでしょう…。だってあの人、遺伝子誘導薬剤の効能すら発動していなかったんです……」


大島の目が鋭く光り、興味深げに笑みを浮かべる。

「ほう、面白い」

彼は静かに呟いた。

「遺伝子ロックを1段階も解放していない、ただの人間か」

大島は目を細め、何かを考え込むような表情を浮かべる。だが、それ以上何も言うことなく、再び踵を返してその場を去った。

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