第17話 ミユキ、高野山と敵対する?

ミユキ、高野山と敵対する?


「あら?旋空くん、最近よく会うわね?」

と、わたしは言った。

わたしの名前は、ミユキ。世間からは、霊媒師と呼ばれている。祈祷やお祓いをして、悪霊や動物霊、いたずらをしている妖などを退治している。どこの組織にも属していない、フリーで活動しているのだが、最近は、元の師匠が経営する『心霊等研究所』の手伝いをしている。

今朝もヒマだから、事務所に顔を出して、受付嬢をしている、又従姉妹のカナにモーニングコーヒーをご馳走になろう、とやって来たのだが……、先客が居たのだ。

わたしが旋空くんと呼んだ、二十歳くらいのイケメンは、高野山の沙門だ。『裏高野』と、一部の者から呼ばれている、呪術師のひとりだ。我々から見れば、ライバル会社の社員ともいえる。別にライバル視はしていないのだが、あちらからは、冷ややかな眼で見られているようだ。

「高野山から破門されました……。それで、この事務所で働かせてもらえないか、と……」

「は、破門?どうして?将来有望のレギュラー選手を!あっ、選手は、おかしいか……?プロ野球球団じゃあ、ないんだから……。まあ、詳しく知りたいわ、ね、破門理由を……。カナちゃん!」

「はいはい、モーニングコーヒーですよね!ミユキさん、最近、ここの重役になってますよ……。まあ、それくらい、活躍している!ってことですけど……」

と、言って、受付嬢のカナは、コーヒーの準備に給湯室に向かう。わたしと旋空は応接室のソファーに向かい合って座る。

「いったい、何があったの?」

と、わたしはコーヒーを口に運びながら尋ねた。何故か、受付嬢のカナまでソファーに座っている。

(まあ、こんな時間帯に客など来やしないのだけれど……)

「この前の、妖狐退治の結果報告をしたんです……」

と、一口コーヒーを飲んで旋空は語り始めた。

裏高野の組織については、ぼかしながらの話だ。組織の長というべき、Mという老齢の僧侶がいて、事件の総括をすることになった。当事者のひとり、浄空は熊野古道へ修行に出ていて不参加だった。だから、報告者の中心は、幽霊トンネルで、何の役にも立たなかった斎空だったのだ。

「斎空さんは、浄空さんと、ふたりの学生を救出出来たのは、自分の護摩祈祷の力の結果である!と言って、その場から妖狐が逃げたのは、力量不足の陰陽師がヘタを打ったからだ!とMに報告したのです!加えて、わたしが妖狐の結界の中で、妖狐を退治できなかったことにも責任がある!と結論づけました……」

「まあ!まるで事実と反対の報告。捏造しているじゃない!」

「そうなんです!それで、僕は真実を話したんです!妖狐の体内の結界で、シロウさんや、ミユキさん、クロウさんの活躍。ミユキさんが大天狗に協力を取り付けて、八咫烏まで結界を張って、おタマという妖狐を退治したこと。もう一匹のおキョウという妖狐がトンネルの入口に逃げたところで、斎空さんと寛空くんが妖狐に囚われて、人質になってしまったことを話したんです!そして、最終的におキョウももう一匹のケンも、ミユキさんが退治して、ただの狐になったことも、報告したんです!そしたら、斎空さんが真っ赤な顔をして『デタラメを言うな!お前は、破門だ!』と怒鳴り出して……」

「まあ、自分の失敗を暴露されて、嘘の報告をしたことを告げられたら、ね……。でも、調べれば、どちらの言い分が正しいか、わかるはずよ、ね?」

「斎空さんは、一応、僕の師匠ということになっていますから、師匠が破門する!と言えば、それに従うしかないんです……。まあ、それで、売り言葉に買い言葉で、『破門!結構!高野山の実力の底が見えました!わたしは、新たな師を見つけます!』と、啖呵を切って高野山を出てきたんです……。祖父に報告すると、まあ、破門にはならないから、謹慎中ということで、ミユキの元で修行をしろ!と……」

「あらあら、翔空さんがわたしのところへゆけ!と……」

「土産を持って行けば、ミユキも弟子にはしないが、仲間には、してくれるはずだ!と……」

「土産?何かしら?」

「高野山が昔、所持していた『紫色の弥勒菩薩像』の情報ですよ……」


「遺体の損傷が激しくて、身元の確認に時間がかかったんだが……」

と、コーヒーカップをソーサーに戻しながら、綾小路公彦が言った。

「クロウが招霊を試みてくれて、朝鮮語を話す人物とわかったから、入国管理の方に指紋照合を依頼してみたんだ……」

「それで?身元はわかったのかい?」

と、京都府警本部に程近い喫茶店に、呼び出しを喰らったクロウが、コーヒーを飲みながら尋ねた。

三日前に、京都と奈良と大阪の県境を流れる木津川で、男性の遺体が見つかった。見つかった河原が京都府エリアだったため、京都府警が捜査をする羽目になった。三十代男性、短髪、白いポロシャツにベージュの綿パン。財布や運転免許証等の所持品はなく、顔が潰れていて、身元不明のまま、事件か事故、あるいは、自殺の両面で捜査が始められた。

担当となった安村警部補が、公彦の友人にクロウとわたしがいることを知っていて、試しに招霊をしてみようか?と言ったのだ。クロウが切り紙を使って呼び出した霊魂は、意味不明の言葉を喋った。それが朝鮮語だと、安村が気づいたのだが、内容までは理解できなかった。

「ああ、韓国籍で、名前は張柏林。観光ビザで入国している。ただ、詳しく調べたところ、偽造のパスポートのようだ。韓国大使館経由で照会したら、該当者はいなかったらしい……」

「偽造パスポートで入国?それは、どういう意味だ?」

「まあ、スパイだな!北の……」

「北のスパイ……?待て待て、遺体は、なかなか筋肉質で、強そうだったな?軍人、ということか……?」

「軍人かどうかは、わからないが、工作員だろうから、それなりの訓練は、受けているだろうな……」

「死因は、何だったっけ?」

「脳挫傷。崖から落ちたか、鈍器で殴られたか……?それと、獣による噛み傷が腕と脚にあったな……。熊にでも遭遇して、逃げようとして、崖から落ちたのかもしれない、な……」

「熊ねぇ……?熊が、財布やパスポートを取って行くのか、ねぇ……」

「北の工作員の死体?それに何か気がかりな点があるのかい?」

と、事務所に帰ってきたクロウに、わたしは尋ねた。

「それが、公彦と話しているところへ、府警本部から電話があって、今度は奈良と和歌山の県境付近で、朝鮮人と思われる男性の遺体が見つかったそうです。しかも、複数の……。体格のいい男だそうです……」

「つまり、京都、奈良、和歌山の県境辺りで、北のスパイが暗躍していて、それに敵対している何者かが、撃退した!ってことかい?」

「場所的に、例の『真・弥勒教会』の本部にも近いし……」

「高野山にも近いよ!」

「高野山?北の工作員が高野山に敵対しているんですか?」

「さあ?それは調べてみないとわからない……。ただし、わたしはこれから、九度山に行く予定なんだ。九度山は高野山に程近いから、ねぇ……」

「九度山?何をしに?」

「旋空くんと旅行さ!ふたりっきりで、何泊かする予定だよ!」

「せ、旋空?ミユキさん!いつからそんな仲に……?いや、旋空くんは、シズカさんという彼女が出来たばかり……?」

「バカ!仕事だよ!高野山に伝わっていた『弥勒菩薩像の宝玉』を探しに、ね!翔空さんが、古文書を見つけて、ね。その昔、真田昌幸、幸村親子が九度山に蟄居していた頃、高野山の僧侶から、豊臣家を守るために、と渡されたらしい。ただ、その後、幸村がそれをどうしたか?は、謎だけど、ね……」

「七つの宝玉のひとつの手がかりが見つかったのですね?場所は、九度山のどの辺りですか?」

「空海さんが創建して、母親が暮らしていた、慈尊院というお寺と、真田親子が住んでいた庵跡に建てられた善名称院というお寺に行く予定だよ!」

「有名なお寺ですか?」

「ああ、慈尊院の本尊は、国宝らしいよ!しかも『弥勒菩薩』様だそうだ……」


「それで?クロウさんは……?」

と、カローラを運転しながら、イケメンの若い沙門が尋ねた。

「仕事よ!あいつは、一応『心霊等研究所』の職員だから、事務所の仕事、つまり、お祓いを頼まれているから、そっちが優先なのよ!だから、わたしはフリーでいるの!仕事を自由に選べるから、ね……」

「なるほど!でも、ミユキさんくらいの実力と実績があるから、フリーでいられるのですよね?僕なんか、とても、とても無理だろうなぁ……」

「霊媒師の仕事なんて、そんなにないよ!だから、最近はクロウの事務所の手伝いさ!探偵や秘密諜報部員みたいな仕事をしているのよ!前は、ウエイトレスのバイトもしていたけど、ね……」

「霊媒師、陰陽師、祈祷師、儲かる商売ではありませんよね……。普通のお寺の住職になるべきだったかな……。結婚して、家族を養うなら、正業につかないといけないんでしょうね……」

「ははぁ〜ん、そうか!旋空くん、シズカさんと結婚する気なんだ?」

「いや、まだ、そこまでは……」

「確かに、家族が出来たら、祈祷師なんて、ちゃんとした神社かお寺で働かないと収入が不安定だから、ね……。お祖父さんは高野山でずっと勤めていたの?そうだ!お父さんは?翔空尊師の息子だから、それなりの地位にいるんでしょう?」

「父は、居ません!」

「えっ?居ない?って、どういう意味?」

「修行に耐えられなくて、逃げたそうです!しかも、女郎といい仲になって、女郎を足抜けさせて、駆け落ちして……。その女郎が僕の母親だそうです!何年か一緒に住処を転々として、最後には家族を捨てて消えたそうです!母宛てに置き手紙を残して、自分の実家に行けば、なんとかなるはずだから、と……」

「お母さんは、あなたを連れて、翔空さんの元に帰ってきたのね?お祖父さんは、受け入れてくれたのね?」

「祖父が受け入れたのは、僕に特殊な能力があったからです!三歳になったばかりの頃ですけど……、死神が見えました……。母親の背中に乗っていた……」

「まあ!旋空くんは『見鬼』の才能があったのね?死神が見えた?わたしと、同じだわ……」

「旋空!山を降りたそうだな?まあ、斎空の下で働くのは、考えもんだ!尊師の庵で独立するつもりか?」

慈尊院の導海という名の和尚が、茶室にわたしと旋空を招き入れて、茶を点ててくれながら、そう言った。

「いえ、祖父の薦めで、陰陽師の元で修行をいたすつもりです!こちらが、わたしの新たな師匠で、ミユキ殿と申します」

「ミユキと申します!旋空さんの師匠にはとてもなれませんが、共に修行を重ねる所存でございます!」

「ふむ、翔空尊師から、文が届いておる!尊師の眼から見ても、ただならぬ術師だそうな?『神タラシの秘術』とやらの遣い手、だとか……?土御門の柳斎師の『メガネに叶うた』ほどなら、旋空の師匠に、ふさわしい!ワシからも、よろしくお願いする!旋空は、本来、ワシが指導するべき男であったのだが、ちくと、ワシが上の者と喧嘩してのう!こちらの寺に落ち延びたのよ……」

「では、導海尊師も……、『裏』の達人?ってことですか?」

「いやいや!もう、真言を唱えて、護符を放つなど、出来はせぬ!経を唱えて、御仏に帰依するばかりの年寄よ!ところで、翔空尊師からの文によると、その昔、高野山に伝わっていた『弥勒菩薩像の宝玉』を探しに、当地を訪ねることになった、とか?何故に今頃になって……?」

「実は……」

と、わたしは七つの宝玉の存在と、それを狙って暗躍している複数の組織、個人がいることを導海に語った。

「なるほど、その昔、比叡山にも宝玉があったという噂は聞いていたが……、賀茂家と播磨、それに山岳神道の一派にも似たような宝玉が伝わっていたのか……。元は百済の王が所持していたモノを天皇家が写し取った……、それらは、それぞれの一派が保管していたが、時代と共に、行方がわからなくなった……。それをひとつに集めよう!と考えた輩が現れ、それが外に漏れて、争いが始まった、か……」

「わたし自身が宝玉を集めよう!とは考えていません!しかし、その争いが、我が国と隣国との不穏な関係を作りだしそうなんです!ましてや、天皇家の宝玉を狙うとなれば……」

「未然に塞がねばならぬ、な……。よかろう!ワシも微力ながら協力しよう……」


「その『世界民族平和教会』ってところに、軍人のような連中が出入りしていたのか?」

と、綾小路刑事が尋ねた。

「先日、その京都支部で死体が出たはずだが……?」

と、クロウが答えた。『真・弥勒教会』の事件の後、加藤幻斎の一派と傭兵部隊が争いを起こして、死者が出た。わたしとクロウに、個別の依頼をしてきた、『鈴木太郎』と『山田三郎』と名乗る、正体不明のエージェントも、その死体となった中にいたのだ。

「いや、暴力団が、数名、事務所に不法侵入してきて、敵対する別の組織との抗争があったことは、聞いているが……」

「迷彩服を着た暴力団員がいるのかなぁ?つまり、上層部が、そういう解決法を取ったんだな……」

事件はうやむやなまま、処理されたようだ。

「ところで、何で俺が刑事のお前に同行して、三重県まで行かなきゃならないんだ?」

「また、死体が出たのさ!今度は、和歌山と三重の県境。三重側に死体があったのさ!もちろん、朝鮮人らしい、ガタイのいい男の、頭に裂傷のある奴だそうだ!」

「つまり、最初が京都。次が奈良、和歌山ときて、最後が三重か……?わざとらしい、死体遺棄だな?まるで、所轄を別々にするために、遺棄する場所を選んでいるようだ、な……」

「最後になってくれるといいんだけど、な……。とりあえず、四県の警察が合同で捜査することになって、俺が京都府警の代表なんだ!お前の能力が必要になりそうな案件だから、な……」

「安村さんなら、招霊も信じてもらえるだろうが、他県の警察の刑事には通用しないよ!」

「いいんだ!俺だけは、信じているから、な……」

「俺は、九度山に行く予定だったんだぜ!ミユキさんと旋空くんに合流するつもりだったのに……」

「そっちは、事件じゃないんだろう?緊急性もない調査らしいし、ふたりに任せておけばいいんじゃないか?」

「緊急性がないから、余計心配なのさ!旋空くんは、才能にあふれた好青年。もちろん、イケメンだ!しかも、場所が彼のホームに近い、山間部。温泉もありそうだし、男女の間だから、万が一!ってことも、ない!とは言い切れないだろう……?」

「ミユキさんに限って!あり得ないね!まあ、たまには、お前以外の相棒と仕事をしたくなったのさ!最近、ずっとお前とコンビだから、な……」

「ええっ?合同調査本部は、解散になったのですか?」

と、公彦が驚きの声を発した。

「解散!というか、設置が見送りになった!というか……」

と、応対に出てきた三重県警の中年男性の刑事が言った。

「上からの『御達(おたっし)』ですよ!どうやら、政治的判断らしいですよ!警察庁やら、検察庁やらからの電話が、県警本部長宛にあったそうですから……」

と、その隣にいる、少し若い刑事が、不機嫌そうに語った。

「御達、か……」

と、公彦が呟いた。

「そんなわけで……、奈良と和歌山の刑事さんたちも、先ほど帰られました……」

と、年配の刑事が額の汗をハンカチで拭きながら、申し訳なさそうに言った。

「すみませんが、発見された遺体を見せていただけませんか?見るだけで、帰りますから……、一応、うちの上司に、そう命令されておりまして……」

と、クロウが低姿勢でそう言った。

「こちらは?府警の刑事さんですか?」

と、年配の刑事が、クロウの出で立ちに不審そうに訊いた。なにせ、クロウは黒っぽいトレーナーに、黒いジーンズ姿。髪型も長髪なのだ。とても、刑事には見えない。

「ああ、こちらは……」

「私立探偵です!神津九郎といいます!綾小路刑事とは、古くからの友人で、わたしの依頼人が今回の事件に関わっておりまして……、発見された遺体が、その依頼人と関わる人物かもしれませんので、確認したいのです。依頼人のことについては、秘守義務がありますので、お話しできませんけど……」

公彦がクロウのことを紹介する言葉を遮って、クロウは先にデタラメな自己紹介と、遺体を確認したい理由を説明する。

「なるほど、依頼人から、遺体の確認をして欲しい!と頼まれたのですか?しかし、遺体の顔は損傷が酷くて……」

「いえ、顔ではなく、ある特徴を訊いてきました。傷跡があるそうです!犬に噛まれた、大きな傷跡が、ね……」


「ここが、真田昌幸と幸村親子が暮らしていた『庵跡』に建てられた、という『善名称院』というお寺ね?」

慈尊院を出て紀の川沿いに東に向かい、丹生川に架かる橋を渡ると、導海に教えられた真田家ゆかりの場所にたどり着いた。

「この寺が建てられたのは、江戸時代の半ばですから、幸村が持っていた『弥勒菩薩像の宝玉』が、この寺にある!とは、考え難いのですが……」

と、旋空が言った。

「でも、真田家と一番ゆかりのある場所には違いないでしょう?昌幸の亡霊が現れて、祟り神として祀った!って言われている神社もあるそうだし……」

「神として祀られた真田昌幸の霊魂を呼び出して、宝玉の行方を聞き出しますか?例の『神タラシの秘術』で……?」

「あら!それはいいアイディア!でも、昌幸は宝玉を知らないよ!渡されたのは、息子の幸村。昌幸が亡くなった後の、幸村が大阪城に向かう、ほんの数日前でしょ?」

「そうらしいですね……、徳川と豊臣が不穏な関係になって、大阪側から使者が来たことを知った高野山の僧侶が持参したと、古文書に書かれてあったようです……」

「幸村が霊能力を持っていた、とは思えないわ!つまり、渡されても使い方がわからなかったでしょう、ね……」

「毘沙門天や不動明王なら、戦に関わる神様だけど……、弥勒菩薩像では、必勝祈願の対象にはならなかったでしょうね……」

「大阪城に持って行ったら、かえって『軟弱者?』と思われるかもしれない……?と、したら?置いて行った可能性があるのよ、ねぇ……」

「誰かに預けた?か、何処かに隠した?か、でしょうか……?」

「隠した!でしょう、ね……。弥勒菩薩は、平和な世界にふさわしい仏様だから、戦が終わってから、使うつもりだったのかも、ね……」

「隠すなら、何処でしょう?」

「ここではないわね!人知れず、土中にでも埋めた、と思うわ!時間的な余裕がなかったはずだから……」

「松の木の根本は?この寺を建てた時、松の木だけを残したそうですよ……」

「一本だけよね?導海さんから、それは聞いたわ……。だから、もう探ってみたのよ……。反応は、なし、ね……」

「これが、ガイドブックにあった『米金の金太郎』さんね?」

善名称院から程近い通りに、ひときわ目立つ、陶像の金時が立っている。腹掛には『米金』と書かれていた。2メートルはある大きな金太郎さんだ。

「大正時代の作品らしいですね?焼き物で、この大きさのモノは、珍しいですね……」

と、長身の旋空でさえ見上げる格好で感想を言う。

「ほら!ジイちゃん!わたしの予言どおり、ミユキお姉さんがいたでしょう?」

と、わたしと旋空が並んで立っていた道の九度山駅方向から歩いてきたふたり連れのひとりが言った。

「おまけに、翔空の孫まで一緒じゃのう!」

と、その連れが言った。

(ミユキお姉さん?)

(翔空の孫?)

意外な言葉に驚いて、わたしたちは、金太郎から視線を歩行者のふたり連れに向けた。ひとりは金剛杖をついた『托鉢僧』姿の笠を被った僧侶だ。顔は笠でよく見えないが、老人のようだ。連れは、リュックを背負った、小学生と思われる『おかっぱ頭』の女の子だった。

「雲海尊師ではありませんか?お久しぶりです!」

と、旋空が托鉢僧に向かって笑顔を浮かべて声をかけた。

「雲海さん?じゃあ、レイコちゃん?お久しぶりね!」

ふたり連れは、今年の三月『姥捨山事件』で知り合った、真言宗の僧侶の雲海と、曾孫のレイコだった。

「えっ?ミユキさんは、雲海さんとレイコさんをご存知なのですか?」

と、旋空が驚く。

「旋空!立ち話もなんだ!その辺の茶屋にでも入らんか?大事かどうか?は、わからぬが、ソチらに話がある……」

わたしが旋空に事情を話そうとする前に、雲海が笠の顎紐をほどきながら言った。

「隠居された尊師が、我々に話……?」

「我々がこの九度山に来ていることに、関係している話なのですね?レイコちゃんの予言で、わたしがこの時間帯に、この場所に来ることを知った上での話のようですから……」

「そうじゃよ!レイコがミユキに逢いたい!と言(ゆ)うてな!大事なことを伝えたい、と……」

「レイコちゃんに、予知能力が現れたのですね……」


「クロウ!さっきの死体に『犬の噛み傷』がある?っていうのは、単なる思いつきなのか?」

クラウンを運転しながら、公彦が尋ねた。クロウと公彦は、三重県から和歌山の方に向かっている。三重県内で発見された朝鮮人と思われる死体は、県南部の鷲尾市の警察に留め置かれていて、ふたりは死体の確認に車を走らせたのだった。県警本部から連絡を入れてもらったおかげで、死体の確認は、簡単に終了した。

「目的は死体から霊魂の欠片を人型に取り込むためさ!死ぬ直前の彼の眼にしたモノを知りたかったからね……。噛み傷は、京都府警の死体にあった獣の噛み傷から、思いついたのさ!」

「それだよ!さっきの死体にも、同じような噛み傷があったぜ!犬ではないし、新しい傷のようだがな……」

「つまり、京都の死体も三重の死体も同一犯の仕業ってことだ!北のスパイ組織に敵対している組織か、個人だな!」

「そんな、対立している組織があるのか?暴力団関係か……?」

「北のスパイは、『世界民族平和教会』の傭兵部隊だと思うよ!スパイというより、元軍人だろう……。敵対しているのは、呪術師の一派だと思うよ……」

「呪術師の一派と宗教団体が何故敵対しているんだ?」

「思い当たるのは、百済から伝わった『弥勒菩薩像の宝玉』から、レプリカが作られたと言われているんだ。七つの宝玉だな!それを集めようとしている組織がある!ってことだ!」

「それが世界民族平和教会と呪術師の一派!ってことか……」

「前に一度、争ったことがある。ただし、今回も同じとは限らない!呪術師の一派がひとつとは限らないからね……。俺の知っている呪術師が、同じ組織の仲間なのか、別々の組織なのか?が、まだ不明なのさ!」

「呪術師が何人もいるのか?」

「ああ、加藤幻斎と夜叉姫。もうひとり、猛斎という名の男がいるらしい。今回の死体は、その猛斎が絡んでいるようだな……さっきの人型に取り込んだ、死体の最後の記憶から考えるとね……」

「猛斎?それは、どんな男なんだ?」

「呪術師というより、羆のような大男だそうだよ!ただ、死体の獣の噛み傷は、もしかしたら、夜叉姫が使う、ワニの式神のモノかもしれない……」

「それより、これからどうするんだ?九度山に行く前に、熊野に行きたい!ってことだけど、本宮に行くか?那智勝浦に寄るのか?」

と、公彦が話題を変える。クラウンは熊野市に入った。本宮へ行くなら、右に。那智勝浦なら、直進なのだ。

「那智の滝を見て行こう!知り合いが、その近くで修行をしているそうだから……」

「光明宝院という真言宗のお寺がここか?知り合いは、滝行でもしているのか?」

クラウンを駐車場に停めて、公彦が言った。那智の滝のすぐ近く。滝の音が聞こえてくるくらいの場所だ。

「そうだな!滝行も、しているだろうな……。ここに来る前は、阿弥陀寺で瞑想していたらしい……」

「なんだ?ずいぶん、迷いのある人間なんだな?大失恋でもしたのか?」

「いや!俺と同じ、霊媒師さ!高野山の有能な術師だ!」

「有能な術師?それがなんで、今更滝行なんだ?」

「有能、故の悩みさ!自分の能力が、ミユキさんより劣っていることを悩んでいるらしいんだ!才能は、俺より上かもしれないが、ね……」

「ミユキさんと比べることが、間違いだな……。そのことに気づかなければ、滝行も瞑想も無駄な努力だ……」

と、公彦は山門から参道へ入りながら、言ったのだった。

「気づいておりますよ!ミユキ殿には、及ばぬこと、『上には、上がある』ってことは……。だからこそ、少しでも、近づきたいのです!同じ、術師として、ね……」

山門を入ったすぐの参道脇に、上半身裸の僧侶がいた。汗がその額から、上半身を濡らしている。どうやら、体術の鍛練をしていたようだ。

「浄空さん!」

と、クロウが驚く。今、話題にしていた本人が現れたのだ。だが、この寺にいることは、知っていたはずだ。『噂をすれば影が射す』ことも……。

「クロウさん!旋空か、翔空尊師から、わたしがこの寺にいることを訊いたのですね?ミユキ殿がご一緒でないのは、残念ですが、ちょうど良かった!是非とも、協力していただきたいことがあるんです!高野山の連中には……、頼み難いし、事件性があるので、探偵もしているクロウさんなら、適任か?と思うんですよ……」

「事件性がある?それって、まさか、朝鮮人が関わっていたり、例の加藤幻斎絡みの案件じゃあ、ないでしょう、ねぇ?」

「えっ?どうして、わかるんです?クロウさん!予知能力を持っているんですか?」

「やっぱり……」

(ああぁ~、九度山行きが、また遅れそうだぜ……)


「弥勒菩薩像の宝玉を巡って、また『世界民族平和教会』が、新たな傭兵を本国から呼び寄せた!というのですね?それで、和歌山のあちこちを探索している……。その連中を妨害する者がいて、傭兵に死者が出ているんですか?」

と、わたしが確認の言葉を発した。茶屋で休憩したあと、わたしたちは、慈尊院の庵に戻って会話をしているのだ。

「傭兵が数名死体で発見されたらしい。いずれも、頭部に裂傷か、大きな打撃痕があったという……」

「軍人を素手か、あるいは、棒のような鈍器で倒した?ってことですか?」

「そうだな……。そこで、レイコの予言じゃよ!」

「予言?」

「そうよ!ミユキお姉さんが戦う相手は、熊のような大男よ!素手の場合と、ヌンチャクのような武器を持っているわ!」

と、レイコが会話に割り込んだ。

「熊のような大男?それって、猛斎っていう、呪術師の加藤幻斎の弟のことかしら?レイコちゃんは、わたしがその大男と戦うところが見えたんですね……?」

「ほほう、猛斎のことを知っておったか?」

「はい!知り合いに、呪術師に詳しい人がおりまして……」

「マコモの婆さんじゃな?なるほど、ミユキさんには、敵もいるが、味方のほうが優秀じゃな?神々の加護もある……。じゃが、物理的な攻撃は、術では防げぬ場合がある!しかも、相手も呪術を心得ている場合は、体術勝負になることもあるから、のぅ……」

「つまり、猛斎は、わたしにとって、難敵になる!ということですか?式が通用しない……?」

「式は、幻じゃよ!豹の式に喰われても、喰われた!と思わなければ、ただの紙切れが当たっただけじゃ!気弾を同時に撃ち込んでも、相手が熊のような体格であったとしたら、蚊に刺された程度にしか感じないだろうから、な!式は、逃げる時の目眩ましにしか、使えないかもしれぬ、な……」

「では、わたしに猛斎に勝つすべはない!と……?」

「ひとつだけあるわ!だから、わたしが来たのよ!」

「えっ?レイコちゃんが猛斎に勝てるの?」

「わたし、ひとりじゃ無理よ!ミユキお姉さんか、そこの翔空尊師の、お孫さんの能力が必要だけど、ね……」

「つまり、ふたりの能力を足したら、猛斎の馬鹿力に勝てる?ってこと?」

「そうよ!猛斎は、熊の化身だから……」

「わたしが、昨日、本宮からの帰り道で出会った事件なのですが……」

と、浄空が寺の一室でお茶を差し出しながら、話し始めた。

浄空は、熊野古道のひとつ、雲取越と呼ばれている山道を歩いて那智の滝から、熊野本宮大社に参拝し、翌朝、下山していたのだ。

「熊野古道の少し外れに『真・弥勒教会』という信教団体の本部がありまして、そこに通じる別れ道に着いたときのことです!銃声が聞こえて……」

樹木の間から、鳥が何羽か飛びたったから、猟師の鉄砲?かと思った。禁猟区であるはずだが、月の輪熊が出没していると、噂を訊いていたのだ。

気になったので、脇道を進んで行くと、迷彩服を着た体格のいい男の死体が、樹木にもたれかかるように倒れていた。額が割れて、血潮で顔と上半身が染まっている。右手に拳銃を握っているが、発射したあとはない!銃のトリガーを引く前に、正面から、鈍器で殴られたようだ。

さっきの銃声は、ここではないようだ。つまり、まだ他にも戦っている人間が複数いる!ということだった。

周りの気配に集中する。道のまだ奥から、血の臭いがしてくる。そして、恐ろしい殺気が押し寄せてくる。

「助けてくれ!」

と、叫び声がして、突然、迷彩服の男が片腕をブラブラさせながら現れた。

「どうなさいました?」

と、倒れかかってきた男に浄空は声をかけた。

「く、熊……」

と、言いかけた男の背中に、凄いスピードで矢が飛んできて、心臓を貫いた。男は声にならない声をあげて、事切れた。

「こんなところに、坊主か?ちょうどよい!五人の死体にお経でも唱えて、地獄の閻魔のもとへ送ってやってくれ!」

男の死体を抱えたままの浄空に、百メートルほど向こうの樹木の陰から声がした。浄空が視線を向けると、その大きな影は、弓を片手にクルリと背を向け、木々の隙間に消えて行った。

(あやつが矢を射たのか?この距離で、心臓を……?)

「大男のいた辺りに、三人の迷彩服が殴り殺されていました。ひとりの右手に発射された拳銃が握られたままでした……」

と、浄空が話を終えた。

「ひとりで、五人の軍人を素手か、鈍器で倒したってことですか?」

「いや、ひとりではないかもしれません!あとひとり、術師がいたような気配が残っていました。式神らしい紙片が落ちていましたから……」

「それで?犯人は?」

と、公彦が尋ねた。

「山道を下りて、公衆電話から、警察に通報しました。匿名で、ね……。新聞記事にはなっていないようですが……」


「ミユキさん!聞こえますか?」

と、紫色の守り袋を通じて、クロウからの連絡が入った。土佐の太夫ばあちゃんがわたしとクロウのために作ってくれた、テレパシー通信ができる特殊な御札が入ったものだ。

「あら?クロウ!今、いいところなのよ!旋空くんと、温泉に浸かっているところなんだから……」

「ええっ?混浴なのですか?も、もちろん、生まれたままの……、裸で?」

「ふふ、動揺したか?この程度の冗談で心を乱していたら、敵の偽情報に撹乱されるよ!あんたの弱点が、わたし!だってバレたら、ね!」

「な、なんだ、冗談ですか……」

「完全な嘘でもないよ!さっきまで、ふたりで湯船に浸かっていたよ!もちろん、男湯と女湯の垣根はあるけど、露天風呂だから、覗かれたかもしれないね!まあ、旋空くんは、誘いをかけても、覗きやしないけど……」

「露天風呂か……。そちらは、呑気でいいですね!こっちは、殺人事件に巻き込まれそうですよ!」

と、クロウが浄空から仕入れた情報を語る。

「なんだ?傭兵部隊に日本語を喋るヤツがいて、『熊……!』って言ったのかい?」

「ええ、情報収集をしているようですから、在日韓国人も組織の中に数名はいるようですね……」

「熊なのか、熊のような大男なのか?は、わからないけど、呪術師と弓矢の遣い手がいるんだね?ひとりは、猛斎ってヤツだろうけど……」

「呪術師の一派が何人の集団なのか、わからないんですけど、間違いなく、猛斎はいるようです!」

「場所が『真・弥勒教会』の本部に近いところなんだね?」

「ええ、美麓聖子の持っている、黄色の弥勒菩薩像の宝玉絡みだと思います!聖子さんには、電話しました。周りを注意するように……」

「教会の本部は、要塞化しているし、特殊なバリアーというか、結界が張られているから、その存在すら、見つけられないだろうけど……、用心するに越したことはないから、ね……。それで、公彦さんは、どうするつもりなんだい?それと、浄空さんは?修行中なんだろう?」

「公彦は、和歌山県警と協力するつもりのようです!京都に連絡を入れて、許可をもらったから……。浄空さんは、現場に残されていた、式神の紙片を調べています。そいつから、呪術師の行方を追って行くつもりらしくて、僕に協力して欲しいということで……」

「おや?ライバル視していたんじゃなかったの?」

「それが……、どうも式神を使った術師が、高野山流のようで……。紙片が高野山の術師が使う、特殊なものだったようなんです……」

「ええっ?つまり、猛斎の仲間に高野山の術師がいる!ってこと?」

「現役か?退役した、翔空さんのような方かは、わからないんですけど……」

「現役だったら、浄空さんの仲間?ってことになるわよ!高野山を敵に、戦いたくないから、ね……」

「ミユキ殿、電報じゃよ!」

と、言って、慈尊院の導海が電報文をわたしに差し出した。

「電報?わたし宛てに?」

と、わたしは首を傾げた。わたしが慈尊院にお世話になっているのを知っているのは、クロウを初め、ごくわずかな人間だけだ。それらの人々なら、緊急な用件であれば、電話をしてくるはずだ。

「どなたからですか?」

と、旋空が尋ねた。

「戦場へのお誘いね!」

と、レイコが言った。

「戦場?つまり、猛斎と戦う場所への誘い?招待状?ってこと……?猛斎がわたしの居場所を知っているわけがないわ!」

「違うよ!猛斎か、傭兵部隊に狙われている場所からの救援の依頼よ!ミユキさんがここにいることを霊視できる能力を持っている人からの、ね……」

「美麓聖子?か……」

あわてて、電報文を開く。レイコの言葉どおり、美麓聖子からの発信だった。傭兵部隊が、かなり近くに出没しているらしい。そのため、教会に籠城する羽目になっていて、食糧の備蓄が心配される状況のようだ。

「コトという、聖子さんの従姉妹が抜け道から出て、わたしを迎えに来るようよ!どうする?旋空くんも同行してくれる?」

「もちろん!わたしはミユキさんの弟子ですから……」

「弟子にした覚えはないけど、ね……」

「わたしも行くよ!ジイちゃんは、ここで、導海さんと昔話をしたいらしいけど、ね……」

と、レイコが言った。

「導海は、ワシの弟子でな!高野山の術師は『空』と『海』の二派に分かれておって、今生きている、最年長が、ワシと翔空さんじゃよ!その下が導海。その下が斎空、浄空たちじゃ!各派が四人の術師で構成されている。『空の四天王』、『海の四天王』ということじゃが、今のメンバーでは、浄空と旋空以外は……、凡庸ばかりじゃ……。それと、ミユキさんの探している『紫色の宝玉』じゃが、どうもこの寺に手掛かりがありそうなのじゃよ!そこで、ワシと導海が寺の古文書を探ってみようと思うんじゃよ!レイコは、ミユキさんと共に行動して、猛斎とかいう『熊の化身』を懲らしめる役目がある!熊野古道で、熊退治!金太郎には、ふさわしい活動じゃろう、な……」

(金太郎の熊退治?なるほど!レイコちゃんは、金太郎の化身だったわね……。でも、相手は、羆かもしれないよ……)


「聖子さん!お久しぶり!ますます、霊能力が研ぎ澄まされてきたようね?コトちゃんもだけど……」

九度山駅でコトと落ち合い、旋空の運転するカローラに乗り込み、熊野古道の外れにある『真・弥勒教会』の本部にわたしたちはやってきたのだ。本部は和歌山県と奈良県の県境に近い山中にある。地上部はピラミッドのような四角錐の建物だが、地下に要塞のような施設を備えている。カローラは、一キロ程離れた地下道入り口から、トンネルを通って本部の地下駐車場に停まった。地下二階部分に聖子の暮らすスペースと、信者十六人の宿舎があり、地下一階部分が宗教施設になっているのだ。

施設への出入口は、地下道の先の4ヵ所。すべて、樹木や巨石によってカムフラージュされている。防犯カメラが何ヵ所にも設置されていて、モニターに映し出されている。地上部のピラミッドのような建物へ続く道はなく、獣道を歩いてきたとしても、結界が張られていて、人間の眼には、樹木の集合体か、小山にしか見えない。

つまり、教会側が招待しない限り、施設に入ることは、不可能なのだ。

「ケイコさん!いえ、ミユキさんだったわね!よく来てくださったわ!」

と、白装束の聖子がわたしの手を握りしめながら言った。

「聖子様!第一ゲート付近の防犯カメラに、迷彩服の男が数名、写っています!」

と、その部屋のモニターを監視している女性が言った。

「マヤ!大丈夫よ!ミユキさんたちの車を追跡してきた連中のようだけど、第一ゲートの周辺に発生した人工の霧の所為で車を見失って右往左往しているだけ。傭兵部隊は、怖くないけど……、呪術を使う一派がいるようだから、そっちを気遣ってね!」

「マヤさん?あら!破門にならずにすんだのね?門限破りの罪は、許されたのか?」

「ケイコさん!それは、言わないで!」

「そうよ!マヤは、高野の補佐役のアヤメの代役で頑張っているのよ!」

「元気そうでよかった!それと、わたしの名前は、ミユキよ!一応、フリーの霊媒師。ケイコは変名だったの……」

「知っているわ!もちろん、あれから、後でのことだけど、『美貌の霊媒師ミユキ』って、一部の業界の人の間では、有名な方だそうね?」

「マヤ!わたしとミユキさんは、大事なお話があるから、あなたは部屋に帰って!モニターの監視は、コトに任せて、ね……」

聖子の言葉に、頷いて、マヤは部屋を出て行く。

「あの娘は、あなたが教団を調べに来たスパイだったと思っているのよ!わたしとコトの命の恩人なのに……」

「お姉さま、違いますよ!マヤさんは、嫉妬しているんです!同時期に入信したのに、ケイコさん、つまり、ミユキさんが霊媒師の能力を持っていることに、ね……。あの娘も、子供のころ、霊視ができたそうですから……」

「何か、人には見えないモノが見えた気がしたのよ!今のマヤには、霊能力は感じられないわ……」

(確かに、わたしの『伊達眼鏡』のレーダーにも、霊能力の反応はない。聖子やコトは、前より、発達している……。でも、マヤは、自分には能力がある!と思い込んでいるわ!もし、宝玉のパワーを身近で受けたら……、その思い込みが、どう反応するのかしら……?)

「お姉さま!傭兵のひとりが倒れました!背中に矢が刺さっています!」

と、モニターを見ていたコトが言った。

わたしたちが入って来た地下トンネルの入口付近。第一ゲートと呼ばれている周辺に設置された防犯カメラの映像だ。迷彩服の男が倒れて、その背中から心臓を貫く矢が刺さっている。矢を射た人間の姿は、どのモニターにも写っていない。

「どうやら、呪術師の一派も、この教会の入口を探しているのね……?見つけるには、時間がかかるでしょうけど、こっちも、迂闊に外出できないわ……」

と、聖子がモニターを確認しながら言った。

「聖子さん!傭兵部隊は、呪術師たちが始末してくれるわ!もし、生き残りがいても、クロウと高野山の浄空さんが、活動できないようにしてくれる……。わたしたちは、呪術師たちに罠を仕掛けて、やっつけてやりましょう!」

と、わたしは提案する。傍らで、旋空とレイコが頷く。

「罠を仕掛ける?呪術師の一派が何人いるのか、わからないのよ?」

「モニターから、情報を集めるわ!おそらく、呪術師の一派は、少人数よ!二人か、多くても、三人よ!外にいる、クロウと浄空さんからも情報が入る。呪術師たちを1ヵ所に集合させて、術をかけるのよ!殺したりはできないけど、戦闘能力を削ぎ落とすことはできる!悪巧みができないくらいに、ね……」

「外のクロウさんと連絡がとれるの?それなら、充分戦えるわ!罠を仕掛けるなら、第四ゲートの近くに、炭焼き小屋があるのよ!今は、使われていないから、そこへ呪術師たちに集合してもらいましょう!」

と、聖子は言って、地図を開き、炭焼き小屋の位置を指し示した。

「なるほど、わたしたちが入って来た地下トンネルとは、反対側ね?なら、今夜のうちに、準備ができるわ!」

第四ゲートは、巨石でカムフラージュされている。小屋への出入りも容易にできるし、仕掛けをするのにも問題なさそうだ。

「いったい、どんな罠を仕掛けるの?」

と、コトが尋ねた。

「それは、企業秘密よ!そうね……、『夢見の秘術』?『ミッション・イン・ドリーム』かな……」

(夢見の秘術といっても、播磨流の『夢見の呪法』という呪術じゃなくて、レイコちゃんが夢を見せるのだけど、ね……。その夢に、わたしの式神が登場するんだ……。最後の仕上げは、旋空くんが……、あるいは、浄空さんかな……?)


10

「クロウ!そっちの状況は?」

と、例の紫色の御守り袋を通じて、わたしはクロウに尋ねた。わたしは今、炭焼き小屋でレイコと仕掛けの準備をしているところだ。

「迷彩服の連中が三人、撲殺されています!彼らが乗ってきたジープを発見しました。ひとり、運転手らしい男が残っていましたけど、浄空さんが気弾で眠らせて、簀巻きにしています。呪術師の一派は、場所を移動しているようです……」

「移動した方向は?」

「南東方向ですが、道らしい道がないので、獣道を徒歩で移動しているようです、ね……」

「ふふふ、わたしが猫の式神を放ったから、その痕跡を追いかけているようね……。つまり、こっちの罠にはまってくれた!ってことのようだわ!」

「待って!浄空さんが伝えたいことがあるそうです!」

そう言って、一旦テレパシーが途絶えた。

「ミユキさん!浄空さんからの伝言です!呪術師は三人。ひとりは熊の化身。ひとりは、狐の化身。もうひとりは、高野山の術師だそうです!しかも、弓矢の達人で、いろんな式神を駆使できる、道教の幻術も心得ている、かなりの難敵だそうです!そいつを倒すには、この前、妖狐を倒した時の天狗の助(すけ)が必要かもしれない!と……」

「ええっ!三郎坊さんの助?間に合わないよ!それに、高野山の術師って誰?浄空さんや旋空くんより、有能な術師なんているの?」

「三郎坊さんには、熊野神社の八咫烏を通じて連絡してもらいます!ミユキさんは無理をしないで、熊の化身の猛斎って奴を懲らしめてください!高野山の術師は、今回は倒す必要はありません!そいつは、雇われて、猛斎に協力しているだけですから、猛斎が倒されたら、無理をせず、逃亡するはずです!我々に、自分の存在を知られたくないはずですから……、と浄空さんが言っています……」

どうやら、クロウは浄空が傍らで喋っている言葉を復唱しているだけのようだ。

「その、高野山の術師って、誰なの?わたしの問いに答えてないよ!」

「ミユキさん!側に旋空は、いますか?と、浄空さんが訊いています……」

「いないよ!旋空くんには、本部の結界を強化してもらっているわ!」

「ならば、旋空には、内緒にしておいてください!高野山の術を遣う男は、翔空尊師の息子!つまり、旋空の父親です……」

「おい!あそこに小屋があるぜ!しかも、灯りがついている……」

と、獣道の笹をかき分けて山道を歩いてきた大男が言った。

「ああ、ロウソクのようだ!」

と、黒装束の四十歳代後半の長身の男が答えた。側には、少年のような小柄な人物が無言で佇んでいる。

「陰陽師の式神が、あの小屋に入った跡もある!間違いなく、あの小屋が『真・弥勒教会』の本部に通じる、入口のようだな……」

「人の気配はしない……、少し前までは、居たようだが……」

「ここは、見張小屋で、どこかに抜け穴のような入口があるのだろう!踏み込むか?」

「罠かもしれぬが……、行くしかないな!まず、ワシの式神を送り込んでみよう!敵の出方がわかるだろう……」

黒装束の男が胸ポケットから、紙片を取り出し、真言を唱え、フッ!と息を吹きかけた。紙片が狐に変わり、小屋に向かって走り出した。

「何事も起こらないな……」

数分静寂な時が過ぎたが、異変は起こらない。小屋の灯りが微かに揺れて、ロウソクが燃え尽きて暗くなった。

「行くか!」

と黒装束の男が言って、ゆっくりと歩みを始めた。

小屋の木戸の前まで、音もなく素早く到着すると、耳を当て中の様子を伺う。誰もいないと判断して、待機している二人の男に、指を立てて合図を送った。

「やはり、誰もいない……。が、人間が居た痕跡はあるな……」

小屋の中に侵入して、懐中電灯を取り出し、辺りを照らす。小屋は二十畳ほどの板の間に小さな囲炉裏があるだけだ。壁に小さな神棚があり、御札に御神酒が添えられている。囲炉裏の側にロウソク立てがあり、燃え尽きたロウソクの芯が受け皿で煙を立てていた。小屋の隅には、薪が少しと、筵が数枚、畳まれた状態で置かれていた。

「抜け穴らしいものはない、な……」

と、懐中電灯を照らしながら、壁の板を叩き終えて、大男が言った。

「式神の狐も何の異変もない!結界を張っている様子もない、な……。単なる、避難小屋か、炭焼き小屋の『成れの果て』かもしれぬ、な……」

「小屋の周りを調べてみるか?」

「いや、今夜は動かぬほうがよい!周りに獣ワナでもあったら、懐中電灯では、わからぬから、な……。明朝、明るくなってからだ!今夜は、ここで夜を明かそう。野宿や車の中での宿泊よりはましだ!囲炉裏に薪、筵も揃っている!」

「そうだな、朝鮮ヤロウを殺すのにも飽きてきたところだ!次は、霊媒師!いい女が揃っていてくれるといいんだが……」

「一応、結界を張っておくぜ!敵の本陣に近いようだから、な……」

そう言って、黒装束の男が、木戸に閂(かんぬき)を掛け、何枚かの護符を小屋の土間と板の間に並べる。

神棚の陰に備えられている監視カメラのモニターを眺めながら、わたしは呟く。

(今更、結界なんて無駄さ!あんたたちが、我々の結界の中に入り込んでいるんだから、ね……。さて、神棚に置かれた式神が、楽しい夢を見せてくれるよ!おやすみなさい……)


11

「だ、誰だ!どこから、入って来た?」

と、微かな物音に気づいて、大男が筵をはね除けて言った。小屋の入口の木戸は中から閂がかかったままだ。空気抜きの穴が天井にあるが、人が通れる大きさではない。

「猛斎!そなた!何人の人間を殺(あや)めた?異国からの侵入者とはいえ、やり過ぎじゃ!罰を与えねばならぬ!」

土間に仁王立ちした影が、そう言った。男とも女とも、大人とも子供ともわからぬ声質だ。

「罰を与える!だと?面白い!何者か知らぬが、一対一で、この猛斎と戦う!というのか?命知らずめ!相手になってやろう、ぞ!」

猛斎は、跳ね起きると、拳を固めて、その影に正拳を打ち付けた。しかし、拳は空をきる。まあ、何の細工もない、見え見えのストレートだから、当たらない想定はしている。相手の力量を測る程度の突きだ。相手は、僅かに首をひねって避けたようだ。

「フッ!少しは、できそうだな……?だが、次は、どうかな……」

猛斎は、半歩下がって、半身に構え、重心を下げる。左足を軸にして、右足の回し蹴りを見舞う!相手は、上半身を屈め、スエーしながら、それを避ける。それは、想定していた。右足が床に着くと同時に、右足を軸にして、左足で後ろ回し蹴りを放つ!普通なら、これで決まりだ!だが、その必殺技も空を切った。

前蹴り!ローキック!側足蹴り!を連続して繰り出すが、かすりもしない!まるで、本当の影を相手にしているようだ!

(おかしい?かすりもしない……。相手は、避けるばかりで、ブロックもしてこないぞ……)

キックに効果がない!と察して、ナックルパンチに攻撃スタイルを変える。しかし、当たらない!相手は、避けるばかりで、一切攻撃はしてこない。

(逃げてばかりか……、こちらが疲れるのを待つつもりだな?体力なら、負けぬワ!こうなれば、組み打ちだ!接近して、投げ倒して、間接技を決めてやる!)

肩で呼吸をしながら、猛斎は作戦を変える決断をしている。しかし、もっと落ち着くべきだ。周りの奇妙な雰囲気に眼を向けるべきだ。何故なら、隣に寝ているはずの仲間の姿がないのだ。また、周りは灯りがないはずなのに、ぼんやり明るい。まあそこは、明け方の光が射し込んでいると勘違いをしてもおかしくはないのだが、相手の正体がいつまでたっても、影のままなのに、不思議に思っていないのだ。

筵に挿入されている、御札の威力での、レイコの『夢見の秘術』の中の出来事なのだから、勝てるわけがない!

空手か拳法かの離れ技を辞め、柔術の組み手に移った。相手の腕と肩を掴み、腰を入れて、投げ技を放つ。しかし、土間に叩きつけられたのは、猛斎のほうだった。

「熊!相撲の稽古は、これまでだ!悪さをすれば、また罰を与えるよ!」

周りが、薄明かりから、日差しの中に放り込まれたほどの明るさになった。自分の身体が月の輪熊になっていた。眼の前に仁王立ちしている影が、はっきりとした人間になった。

(赤い腹掛に『金』の字?おかっぱ頭?何だと?俺は熊で、金太郎と相撲を取っていたのか……)

「クッ!身体が……、動かぬ……。か、金縛りか……」

炭焼き小屋の囲炉裏の側で、筵にくるまっていた『黒装束の男』が、夢現(ゆめうつつ)の状態で、呟いた。

囲炉裏を挟んで寝ている猛斎が、筵をはね除け、横になったまま、手足をバタバタさせている音で目が覚めたのだが、自身の身体が自由にならないのだ。

囲炉裏の上空にある空気抜きから、月の光が注いでいて、小屋の中は、薄ぼんやりと明るい。視線はなんとか動く。その視線の先に、壁に飾られた『神棚』があった。その棚に置かれている神像と思っていた人形が、揺れて床に転げ落ちた。視線がその人形に向けられる。身体は、相変わらず、動かない。

人形が不自然な動きをして、立ち上がり、歩くように床を移動して、寝ている猛斎の腹の上に乗った。

「参った!降参じゃ!許してくれ!」

と、大声で猛斎が寝言を言ったかと思うと、ガバッと起き上がり、木戸の閂を開けて外に飛び出した。

(臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!)

微かに動く唇で、男は九字の呪文を唱えた。

(結界を張ったつもりが、敵の結界内に閉じ込められていたのか……?これは『夢見の呪法』か?猛斎は、己が熊になり、金時に退治される夢を見せられているようだ!ワシに金縛りの術を掛けるとは、よほどの術師……、まさか、播磨のマコモ……?)

考えを巡らせながら、もう一度、九字を唱える。右手が動く。三度目を唱える。左手が動く。両手に印を結び、動く範囲で今度は九字を唱えながら、切る。

「サブ!神棚の御札を燃やせ!囲炉裏に火が残っている!」

囲炉裏から離れて、丸くなって寝ている少年に向かって男が叫んだ。サブと呼ばれた少年は、熟睡していたようで、何事か?と、まなこをこすった。

(おやおや、サブという少年は、若い妖狐のようだねぇ?翔空さんの息子、今は何て名前になっているのか知らないけど、高野山にいた時は、仁海さんと呼ばれていたらしい……。妖狐を使役しているなら、相当な腕利きの術師のようだねぇ……)

「それで?仁海はどうなったんじゃ?」

と、ぬるめの緑茶を飲んで、雲海が尋ねた。わたしとレイコと旋空がその前に並んで座っている。慈尊院の庭が見回せる縁側のある座敷だ。

「ただ一人、脱走致しました……」

と、旋空が答えた。

「逃げたか……、あやつらしい選択よ、のう……。それで、旋空は親子の対面は果たしたのか?」

「正面から、顔を合わせましたが、薄明かりの中、わたしを認識できたか、どうか……?」

「しっかり、認識しましたよ!何せ、己の若い頃とそっくりな人間が立っていたのですから……」

「鏡を見ている?これも、まだ夢の中か?って感じね!」

と、レイコが小学生とは思えない感想を言った。

「レイコの夢見の術には、仁海もかなわなかったか……?」

「ミユキお姉さんの式神を遣う能力が凄いのよ!小さな金太郎が熊を担いでいる、木彫りの像を、そのまま式神に変えてしまうんだから……」

「ほら、例の『米金の金時』像を拝んだでしょう?だから、坂田金時の霊魂に通じ合えたのよ!ちょっと、閻魔さまの力も借りたけど、ね……」

「なるほど、ミユキさんの『神タラシの秘術』は、そうやって、神々と縁を結ぶことから始めるのじゃな?これは、高野山では、教えておらぬ!旋空!しかと、胆に命じておけ!」

「はい!勉強になりました!しかし、かの技は、習得するのに、何十年もかかりそうですが……」

「無理ね!お兄さんは、強過ぎる!神様が助けてやろう!とは思わないよ!」

と、レイコが言った。

「ええっ?強過ぎるんですか……?」

「なるほど、レイコの言うとおりじゃな……、神々の加護に頼らず、己の肉体と精神力で敵を倒すという修行をしてきたからのう……。高野山の術師には、到達できない境地か……」

「神タラシの術なんて、必要ないんですよ!旋空くんは、今のまま、己の才能を信じて修行をすれば、超一流の術師になれます!わたしやクロウ以上の才能がありそうです!」

「ええっ?僕がミユキさんやクロウさん以上の才能がある?本当ですか?」

「馬鹿モノ!ミユキさんの世辞じゃ!才能があっても、仁海の如く、女に溺れて、修行を疎かにすれば、魔道に堕ちるばかりじゃ!」

と、雲海が烈火の如く怒鳴った。

「ジイちゃん!興奮すると、血圧が上がるよ!いい歳なんだから、冷静になりなよ!」

「ふふふ、どうやら、仁海さんは、雲海尊師のお弟子さんだったようですね?でも、才能溢れる沙門が女に溺れますか?そんなに、いい女だったのかしら?」

「そうじゃな……、ワシも歳じゃ!この話は、翔空も知らぬ……。墓の下に持って行くつもりであったが、旋空がミユキさんと出会ったのも、縁というもの……、仁海の女、すなわち、旋空の母親のことを伝えておこう……」


12

「もう、疲れたよ!カナちゃん!コーヒー!濃い目のヤツ……」

「疲れた?温泉で、のんびりしてきたんじゃないんですか?しかも、若い男性と二人きりで……」

わたしが九度山から『心霊等研究所』の事務所に帰り着いて、受付嬢のカナに声をかけたら、イヤミを言われた。

わたしを事務所のあるビルの前まで、カローラで送ってくれた旋空は、祖父の翔空さんに報告に向かったのだ。まあ、行方不明だった、父親、翔空さんにとっては、息子が生きていたのだから、真っ先に向かう場所は決まっている。

「何で、わたしが温泉でのんびりしていた!って言い切るのよ?」

「クロウさんがそう言ってましたよ!」

「何?クロウが帰ってきたのか?あいつ、まともに働かなかったくせに……!それで、クロウは?」

「警察ですよ!朝鮮系の傭兵部隊が何人も死体で発見されて、和歌山県警や奈良県警との口合わせが大変だそうです!綾小路さんに頼まれて、事件の裏側を本部長に説明する場に立ち合うそうですよ!」

「なるほど!それがあいつの役割か……、ご苦労様だ!」

「それで、事件はどうなったんですか?猛斎が、どうなったのか?紫の宝玉のことも……、クロウさん、何にも話してくれなくて、ミユキさんが、旋空くんと温泉に入った!ってことだけですよ!事務所に入る報酬のことも……、『タダ働き』だったのかしら……?」

と、コーヒーカップをテーブルに置きながらカナが言った。

「報酬ね?警察からは、ない!だろうね!公彦さんが食事を奢ってくれるだろうけど……!『真・弥勒教会』からは、謝礼金が届くよ!いらない!って言ったんだけど、聖子さんが、借りは作りたくない!ってことで、ね……」

「良かった!旋空くんを雇うとなったら、人件費が増えますから……」

「ええっ?旋空くんを雇うの?」

「所長が、あんな才能がある人材が他の霊媒師の団体に所属されたら、得意先が減る!って……」

「それって、所長じゃなくて、奥さんのモモさんの意向でしょう?確かに、若くて、背が高くて、イケメンだから……。クロウも、そろそろ、若い!って特権からは、外れそうだから、ね……」

「ふふ、モモさんも!だけど、わたしも所長に強く推薦したんですよ!旋空くん、いい漢よ、ねぇ……、シズカちゃんがいなかったら、わたしがアタックしたかったなぁ……」

(ええっ!カナちゃん、旋空くんが、好みなの?ひとつ、年下だよ!まあ、わたしがクロウを気にするのと同じか……、まだ、未成熟な才能の持ち主に対する、母心、じゃなくて、姉の気持ちか……)

「猛斎は、レイコちゃんの『夢見の秘術』で熊になって金太郎に懲らしめられたんだよ!それで、慌てて外に飛び出した!大天狗の三郎坊さんに、金剛杖でシバかれて、化身していた熊の精が身体から離れたから、ただの太った山伏になったよ!霊媒師としての能力もないし、戦力にはもうならないね!傭兵の生き残りに見つかったら、危ないだろうけど、そこまでは、面倒みていられないから、ね……」

と、わたしはカナに事件の顛末を語り始める。

炭焼き小屋の前には、浄空と三郎坊が待っていた。高野山の術師、仁海が関わっている案件なので、浄空がクロウに遠慮してもらったのだ。仁海に金縛りをかけたのは、浄空だ。

その仁海は、妖狐の化身のサブを使って、神棚の護符を燃やし、やっと術から解放された。表に敵が居て、猛斎が敗れたことを察した彼は、サブを囮に遣い、式神の熊まで用意して、浄空と三郎坊の視線を反らして、木戸から、裏手に回った。そこは、『真・弥勒教会』の第四ゲートのある場所近く。その前に旋空とわたしが立っていた。仁海と旋空は正面から対峙したのだ。どちらも驚いて、見つめ合った。仁海が先に我に返り、手にしていた矢に呪文を唱え、弓で空に向けて放った。その矢にぶら下がるように、自らの身体を宙に飛ばしたのだ。

「ええっ!矢に引っ張ってもらって、飛んで行ったのですか?」

と、カナが驚いて訊いた。

「まさか!幻術だよ!そう思い込ませただけさ……。自分の式を矢の尻に括り着けて飛ばした。本体は、隠身の術で、藪の中だよ!」

「ミユキさんは、それを見破ったのでしょう?」

「今回は、猛斎退治が目的なんだ……。元、とはいえ、仁海は高野山の術師。それを浄空や旋空のいる場で、わたしが始末するわけにはいかないよ!高野山を敵に回したくはないから、ね……」

「それに、倒す!となれば、『半殺し』、状態ですから、ね……。旋空くんの眼の前では、できません、よねぇ……」

「怖!カナちゃんなら、そこまでするのかい?」

「だって、そこまでしないと、逆襲されますよ!右手一本動けば、式を飛ばせますから……、式が猛獣や毒蛇だったら、厄介でしょう?」

「なるほど、防御の奥義は、徹底的に……、ってこと、か……」

わたしは、そう呟きながら、コーヒーを飲み干した。

「それで、宝玉のほうは?」

と、カナが尋ねた。

「慈尊院の古文書を調べているよ!時間がかかりそうだから、また次回にするよ!ただ、なんとなく、近くにありそうな波動はしていたね……」

と、わたしは状況を説明した。

その時、事務所のドアが開いた。旋空が入ってきたのだ。事務所の職員になったから、客ではない。ただいま!だ。

「早かったね?翔空さんは、なんて?」

と、わたしが訊いた。

「父のことは、放っておけ!と……。ミユキとレイコのコンビの術に気づかないなんて、まだまだ修行が足りない!ってことです!どっちの味方なのか……」

「それで、雲海さんから訊いた、母親のことは?」

「それは、伝えていません……」

雲海が語ったのは、旋空の母親の身元だ。女郎だったそうだが、その前は、巫女だったらしい。しかも、相当な能力のある女性だった。血筋でいうなれば、わたしと同じ、小野篁(おののたかむら)につながる家系だそうだ。ただ、父親がぐうたらで、母親が亡くなると、借金まみれになり、娘を女郎屋に売ったのだった。

仁海は、巫女時代の彼女を知っていた。その能力の高さも……。自分の子を産むのは、この女だ!二人の子なら、父親の翔空の才能を越えられる!と考えたのだ。それほど、父親が偉大過ぎて、プレッシャーに潰される一歩手前だったのだ。

女郎に売られた彼女を足抜けさせて、逃げる以外の手は思いつかなかった。後の生計のことなど、二の次だった。ただ、二人の子供が欲しかった。出来れば、男児が……。自分の身代わりに……。

(旋空の母親は、わたしとよく似た境遇ね!わたしは、父親に売られる前に、太夫ばあちゃんに引き取られたけど……)

「しかし、あのレイコちゃんという娘の術は凄いですね!僕まで、夢を見せられましたよ!」

と、旋空がカナの淹れたコーヒーを飲みながら言って、顔を赤らめた。わたしの頭に不安がよぎった。以前、クロウは、わたしとエッチをする夢を見せられたのだ。まさか……。

「どんな夢を見たの?」

と、わたしはさりげなく尋ねた。

「ミユキさんが金太郎に扮して、熊に変身した猛斎をぶん投げる夢です!僕は、後ろから、それを見ているだけです……」

「なんだ!そんな夢か……」

と、わたしは安心した。

「へぇ〜!ミユキさんが金太郎に?腹掛一枚の格好よ、ね!その後ろ姿……?」

と、カナが変な笑い顔を浮かべて言った。

(ええっ!腹掛一枚?ぱ、パンツは……?まさか、ノーパン?それを後ろから……?お尻、丸見え?おいおい!旋空!何、顔を赤らめているんだよぅ~!)


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