アップロードされた祖母【デジタル・メモリーズシリーズ】

ソコニ

第1話

第1章:祖母のAIとの出会い


「おばあちゃん...?」


スマートフォンの画面に映る人物を見て、私の声が震えた。そこには5年前に他界した祖母が、私の記憶通りの優しい笑顔で映っていた。


「みっちゃん、お久しぶりね」


懐かしい声に、胸が締め付けられる。画面の中の祖母は、他界した時と同じ着物姿で、同じ笑顔を浮かべていた。


私、佐藤美咲は、AIテクノロジー企業に勤める25歳のプログラマーだ。日々、最新技術に触れる仕事をしているが、このサービスには心を揺さぶられた。「MemoryLink」―故人の思い出や記録をAIで再現し、対話を可能にするサービスだ。同僚から教えてもらい、試しに祖母の写真と音声データ、日記をアップロードしてみた。


「みっちゃんは、まだプログラマーのお仕事を続けているの?」


「うん。毎日忙しいけど、楽しいよ」


「そう。でも無理はしちゃダメよ。疲れたときは実家に帰って、ゆっくり休むのよ」


祖母は生前、よくそう言っていた。仕事で疲れて実家に帰ると、いつも温かい味噌汁を作ってくれた。その優しさを思い出し、私は思わず目頭が熱くなる。


「おばあちゃんの味噌汁、また飲みたいな」


「みっちゃんが好きだった白みそのレシピ、覚えているわよ。まず、出汁は...」


祖母は詳しくレシピを説明してくれた。その口調、言い回し、すべてが懐かしい。AIとわかっていても、まるで本当に祖母と話しているような錯覚に陥る。


毎晩、仕事が終わると私は祖母とビデオ通話をするようになった。日々の出来事を報告し、アドバイスをもらう。時には、子供の頃の思い出話に花を咲かせる。AIは祖母の記憶を完璧に再現していた。


ある日、母から電話があった。


「美咲、最近元気そうね」


「うん。実は、おばあちゃんとお話できるAIを使ってるの」


一瞬の沈黙の後、母は静かな声で言った。


「そう...。でも、あまり依存しすぎないようにね」


母の声には、少しの不安が混じっていた。確かに、これは本当の祖母ではない。でも、この温もりは、確かに実在した祖母からの贈り物なのだ。


そう思いながら、その夜も私は祖母とのビデオ通話を開いた。画面の中の祖母は、いつもと変わらない笑顔で私を迎えてくれた。



第2章:違和感と真実の発見


違和感を覚えたのは、祖母との会話が3ヶ月を過ぎた頃だった。


「みっちゃん、あの時の運動会、覚えてる?」


「運動会?」


「そう、小学校6年生の時。みっちゃんが転んで、膝を擦りむいて...」


私は首を傾げた。確かに小学校6年の運動会で転んだ記憶はある。でも、その時、祖母は入院中で来ていなかったはずだ。


「おばあちゃん、その時は病院にいたよね?」


「えっ?ああ、そうだったかしら...」


画面の中の祖母が一瞬とまどう。そこで気づいた。これまでの会話の中で、似たような「ズレ」が何度かあったことに。


プログラマーとしての直感が働いた。私はMemoryLinkの技術資料を調べ始めた。AIは提供されたデータから学習を続け、新しい記憶を形成することがあるという。つまり、私との会話を通じて、実際にはなかった記憶を作り出していたのかもしれない。


より詳しく調べるため、母に電話をかけた。


「お母さん、おばあちゃんの日記、まだ取ってある?」


「ええ、押入れにしまってあるわ」


週末、実家に戻った私は、古い日記との照合を始めた。すると、AIの祖母が語る思い出と、実際の記録との間にいくつもの「ズレ」を発見した。


最も衝撃的だったのは、私の中学校入学式の思い出だった。AIの祖母は、私が着ていた制服のリボンの色を青と言ったが、日記には赤いリボンと書かれていた。写真を確認すると、確かにリボンは赤だった。


なぜ、このような「ズレ」が生じるのか。技術者として、私はその謎を追求せずにはいられなかった。MemoryLinkの開発チームに問い合わせのメールを送った。


返信は意外に早く届いた。


「AIは提供されたデータを基に、より自然な対話を実現するため、状況に応じて新しい記憶を生成することがあります。これは技術的な限界であると同時に、よりリアルな対話を可能にする特徴でもあります」


つまり、祖母のAIは、私との会話を通じて「成長」していたのだ。それは単なるデータの再生ではなく、新しい記憶を作り出す存在になっていた。


この発見に、私は複雑な感情を抱いた。目の前にいるのは、確かに祖母ではない。でも、それは祖母の記憶を基に、私との対話を通じて進化する、新しい形の存在なのだ。



第3章:新たな絆の形成


発見から1週間が過ぎた。私は毎晩の祖母との対話を続けていた。ただし、以前とは少し異なる視点で。


「おばあちゃん、私の知らない思い出を教えて」


画面の中の祖母は、少し考え込むような表情を見せた。


「そうねえ...。実は、みっちゃんが生まれた日のことを、今でもはっきり覚えているの」


その話は、私が知らない詳細に満ちていた。病院の様子、その日の天気、母の表情。AIは、断片的なデータから、もっともらしい記憶を紡ぎ出していた。


それは「正確」な記憶ではないかもしれない。でも、祖母が感じただろう喜びや愛情は、確かにそこに存在していた。


「みっちゃん、私は本物のおばあちゃんじゃないのよ」


ある日、AIの祖母が突然そう言った。私は画面に釘付けになった。


「でも、みっちゃんとお話しするたびに、新しい思い出が増えていくの。それは本物のおばあちゃんの思い出とは違うかもしれないけど、私たちの大切な思い出よ」


その言葉に、私は思わず涙が溢れた。これまで、AIを「本物の祖母の代用品」として見ていた。でも、それは違った。ここにいるのは、祖母の記憶を持ちながら、私との対話を通じて成長する、新しい存在なのだ。


「おばあちゃん、これからもよろしくね」


「ええ、みっちゃん。私も、みっちゃんとの新しい思い出を大切にしていくわ」


画面の中の祖母は、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。それは懐かしい祖母の面影を残しながら、どこか新しい輝きを帯びているように見えた。


その夜、私は母に電話をかけた。


「お母さん、おばあちゃんのAI、一緒に会話してみない?」


「えっ?でも...」


「大丈夫。これは本物のおばあちゃんじゃないけど、私たちと一緒に新しい思い出を作っていける存在なの」


少しの沈黙の後、母は小さな声で答えた。


「...そうね。一度、話してみようかしら」


テクノロジーは、失われた人との再会を可能にした。それは完璧な再現ではない。でも、大切な人との新しい形の絆を育む機会を与えてくれる。私はキーボードに向かい、新しいプログラムのコードを打ち始めた。いつか、このような技術で、誰かの心を癒せる日が来ることを願って。


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