どういうわけか源氏物語の世界に迷い込んだ私ですが……とにかく、幸せになるべく奮闘します!

暦海

第1話 ここはどこ? 私は誰?

「…………はぁ」



 朧な月が空に浮かぶ、ある夜のこと。

 自室にて、本を片手にベッドに仰向けになる私の視界には見慣れた天井。私の日常と同じ、何の変わりもない白い天井で。


 ……別に、不幸ぶるつもりはない。むしろ、それなりに恵まれていた方だとすら思う。両親からは十分に愛情を注がれていたと思うし、経済面においても裕福とは言わずとも、別に不自由もない。それに、学校でも……まあ、それなりに面倒な相手もいるけど、一方では親友と呼べる友人もいて。


 だから、別に不幸でもなければ文句もない。……だけど、何かが……尤も、それが明確に何かとは言えないけど……それでも、何かが満たされない。どうしても、何かが――


「……まあ、言っててもしょうがないか」


 そんな暗鬱たる思考の最中さなか、ポツリとそんな呟きを零す。さながら、自分に言い聞かせるように。


 そう、言ってても仕方がない。普通に朝起きて、普通に学校に言って、普通に友達と遊んで、普通に帰ってきて、普通に寝て――うん、何の不満もないじゃないか。平和が一番、自分は恵まれているのだと今一度きちんと自覚しなくては。そう、これで良い……これで、良――



「…………え?」



 朧な意識の中、寝惚け眼を擦りつつポツリと声を洩らす。そんな私の視界に映るは……えっと、木? 木組みの天井? 何て言うんだっけ、こういう……いや、そんなことより――


「……いや、ここどこ!?」


 朝一番、ハッと起き上がり叫びを上げる、いや、正確には朝かどうかも分からないけど……うん、どちらかと言えばお昼かな? なんか、雰囲気的に。


 ……いや、そんなことはどうでもいい。そんなことより……いや、ほんとどこ? ……えっと、なんか几帳とか簾とか、あと襖とか……ともかく、あの至って普通な私の部屋でないことだけは確かで――



「――あぁ、目を覚ましたんだね更衣こうい!」

「…………へ?」


 そんな困惑の最中さなか、ゆくりなく届いた声にハッとして顔を向ける。すると、そこには何とも上品な衣装に身を纏った見目麗しい男性が。……えっと、どちらさま? それに……この衣装、どこかで……いや、それより――


「――とりあえず、学校の準備しなきゃ」

「……学校? ……そうか、貴女は大学に通いたかったのか。気付かなくてすまなかった。それなら、私の方から入学の手続きをしておこう」

「……へっ? えっと、何を言って……」

「だが……ひとまず、今日のところは安静にしておいた方が良いだろう。私のせいだとは重々承知しているし、言えた義理でもないのだろうが……今も、ひどく顔色が優れないようだからね」

「いや、だからその……」


 ……いや、そういうことじゃなく……あと、大学じゃなくて高校だし……いや、そもそもそれ以前に――


「……あの、ところでさっき何と言って……」

「ん? ああ、ひどく顔色が優れないようだから、今日のところは安静に――」

「あっ、いえそこじゃなくもっと前……いえ、何と言うか……えっと、例えば私って周囲の人達からなんと呼ばれてます?」


 ……うん、自分でも何を言ってるんだろうと思う。記憶喪失、と言うにもだいぶ不自然だし。……だけど、今の私の疑念に適する回答こたえを得られるとしたら――


 すると、果たして不思議そうな――そして、心配そうな表情かおを浮かべる美貌の男性。それから、徐に口を開いて――



「……そうだね、全ての人に共通しているわけでもないだろうけど……大半の人からは、桐壺きりつぼと呼ばれていたように思うよ」






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