第4話 僕は反省した

 どれくらい泣いていたんだろうか。途中で先生や友達の名前も叫んでいた。叫びすぎて喉が痛いし、ずぶ濡れで寒くなり体力が落ちてきていた。僕はもう駄目だと思いその場でしゃがみこんでしまった。ここで死んじゃうのかと思い諦めたときだった。


「坊主、こんなところでなにしてるんだ?」


 聞いたことのある声だった。僕はすぐにその声の方向へ顔を向いた。そこに合羽を着て自転車に乗っていた近所のお兄さんだった。


「ずぶ濡れでどうしたんだ?母ちゃんと一緒じゃないのか?」


 僕はその質問に答える暇もなくお兄さんに向かって抱き着こうとした。お兄さんは自転車に乗っていたので「おっと」と声を出して僕と距離を置こうとした。僕はまた泣き出した。今度は嬉し泣きだった。


「落ち着けって!どうしたんだ?」


 僕は無理やり泣き止もうとして事情を話した。途中でしゃっくりが出ていたが、お兄さんは「うんうん」と聞いてわかってくれた。


「俺と一緒に家に帰ろうか。」

「うん……。」


 僕はすぐに返事した。あの時僕はお兄さんが悪夢から助けてきてくれた正義のヒーローに見えた。それと同時に僕はまだヒーローじゃないんだとガッカリもした。僕はお兄さんと家に帰ることとなった。お兄さんは自転車を押しながら歩いていた。


 お兄さんと一緒に帰った時は周りの風景は楽しめなかった。学校の中に真っ黒の妖怪がいるかもしれない、街灯の灯りが消えた公園の遊具が化け物になって襲い掛かってくるかもしれない、大きくなった水たまりから何か出てくるかもしれないと怖いものに見えてしまったからだ。でも、お兄さんにこれ以上迷惑かけないように泣いてたまるかと我慢した。



「もうこんなことするなよー。」


 そういってお兄さんは僕と別れた。僕の家がある住宅街に戻ってきたのだ。僕はすぐさま家に向かった。まるで長い旅から帰ってきた感じでエンディングが流れてもおかしくないと思った。家の前に着いたのは良いが、近くにパトカーが止まっていた。


「やっぱり母ちゃんに何かあったのか?!」


 と急いで玄関に入るとそこには、父と母、それに警察官がいた。僕は「あれ?」と思った。


「この子がいなくなった子ですか?」


 警察官が戸惑いながら母に聞いた。


「あ……はい、そうです。」


 母は僕を見ながらいった。このとき僕は嫌な予感がしてきた。


「すいません、うちの息子がご迷惑お掛けしまして。」

「いえいえ、何か大きな事件に巻き込まれてないだけでも良かったですよ。」

「今後このようなことがないように注意しておきます。」

「それでは、これで失礼します。」


 父と警察官の会話のあと、警察官はパトカーに乗って帰って行った。そして父と母は僕に怖い顔をして見ていた。


「わかっているわよね?」

「はい……。」


 僕は説教された。母が帰ってきたときに僕が家にいない、テレビが付けっぱなし、家に鍵がかかっていない…これは誘拐されたんだと勘違いを起こしてしまったのだ。「心配したのよ」「父さんは雨の中探し回ったんだぞ」「ちゃんと約束を守りなさいと言ったでしょ」「二度とこんなバカなことをするな」……とても長い説教を聞かされた。


 長い説教の後は、風呂に入った。雨の中は寒かったので湯船に浸かった時は幸せだった。入浴しながら腑に落ちないことを考えていた。それは、何故母がいつも通りに帰ってこなかったのかだ。父は帰ってくるのが遅いから気にしてなかったが、もし何かあったら教えてくれるはずだろうと思った。説教の嵐で聞くにも聞けない状態だったので疑問を抱いたままだった。僕は考えながら風呂から上がった。時間を確認したらもう0時を超えていた。明日は土曜日で学校が休みだったから特に問題なかった。僕は風呂上がりの後は牛乳を飲むという習慣があったので冷蔵庫に向かった。冷蔵庫の前に来た瞬間、僕は時が止まったかのように固まった。冷蔵庫に紙が貼ってあり、その中にある一文にはこう書かれていた。


『今日は8時半に帰ってくるからお留守番よろしくね 母より』


 僕はショックだった。ショックを起こしたと同時に母から「冷蔵庫に大事なことが書いてあるからちゃんと見なさいよ」と言われたことがあったのを思い出した。ここまでの出来事は泣けばいいのか笑い飛ばせばいいのかよくわからない複雑な体験となったのだ。

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