第2話
その日の夕食後。
旦那様の私室に呼び出された私は、かけられた言葉に耳を疑った。
「今、何とおっしゃいましたか?」
「その服を脱ぎなさい」
「ごめんなさい、もう一度おっしゃってください」
「これだけ分かりやすく言っているのに、聞こえないのか!
服を全部脱げと言っているんだ!」
部屋中に響き渡る怒声に、悲鳴を上げそうになってしまう。
旦那様には奥様がいるというのに、一体何をしようというのか……。
大方想像は出来てしまったけれど、自分の両親と同じ歳の人に素肌を晒すなんて事はしたくない。
だから、わざと苛立たせて声が外に聞こえるようにした。
旦那様は気付いていないけれど、この部屋の扉は少しだけ空いている。今の怒声は廊下にも響き渡っているに違いない。
「そんなこと、私には出来ません」
「そうか、反抗するのか」
そう言われたと思ったら、私は突飛ばされ床に背中を打ち付けてしまった。
受け身を取れたから痛みは無いけれど、そのまま旦那様の手で首を絞められる。
「騒いだら命は無いと思え」
旦那様が拳を振りかざし、殴られると思って目を閉じた時だった。
扉が勢い良く開かれる音に続けて、ゴンっという鈍い音が聞こえた。
「信じられませんわ! 貴方がこんなにも醜い男だったなんて!
一体何をしようとしていたのか、説明しなさい!」
旦那様が奥様に殴打された瞬間に拘束する力が緩み、一気に抜け出すことが出来た。
奥様もすぐに手が出る性格で助かったけれど、あと一歩間違えたら私は顔に傷を負っていたと思う。
「……ティアナが反抗するから、教育をしようとしていたのだ!」
「正直に言いなさい! 本当はティアナを狙っていたのでしょう!
いい年して盛るなんて、恥ずかしくて他所に顔向けできませんわ!」
旦那様は本心が先に口に出る人だから、教育と称した暴力を振るおうとしていたのだと思う。
私を見据える目に下心なんて無く、怒りだけが籠っていたから間違いない。
一歩間違えれば私も料理人と同じ道を辿っていたと思うと、今更ながら悪寒がした。
◇
あれから一週間。
旦那様よりも強い奥様が常に監視するようになり、私は酷い暴力を振るわれる恐怖からは解放された。
ケヴィンには今日も心配されているけれど、一応私は護身術を学んであるからひどい怪我をすることはないと思う。
首の絞められた跡はまだ残っているけれど、これは使用人の制服の襟で隠せるから仕事に支障はなく、今日はこのパーティー会場に来る私の両親の姿を見ることが出来そうだ。
今は既に招待されている方の半分くらいが会場入りしていて、徐々に賑わいを見せている。
「あの派手な四人が俺の家族なんだけど、やっぱり贅沢に走ったみたいだ」
「私の家族はまだ来ていないけれど……。
今入ってきたわ」
言っている途中で身の丈に合っていない豪華な衣装と装飾品を纏った五人が姿を見せ、私は落胆した。
もう少し慎ましやかな装いをしていれば見切りは付けなかったけれど、会話の雰囲気からも私を気にする様子は一切ない。
それどころか、私が会場内の説明を直接しても、見下すような視線を向けられた。
あの日「長女なんだから弟たちのために侍従になって欲しい」と懇願されたから、こんなにも辛い日々に耐えているというのに……。
私の中で何かが切れた気がした。
「ケヴィン、私はここを出るわ」
「奇遇だね。俺も出ようと思っていたところだよ。
今夜、出かけよう。外は危ないけど、俺が守るから安心して」
「ありがとう。頼りにしているわ」
パーティーの喧騒に紛れて言葉を交わし、私達は各々の仕事に戻る。
それからは大忙しで余計なことを考える暇なんて無かったけれど、無事にパーティーを終らせることが出来た。
そして、クラウディ家の方々が眠りについた頃。
私達は使用人用の出入り口から屋敷を後にした。
「誰にも気付かれなかったね」
「警備が甘いとは思っていたけど、ここまでとはね」
今の時間は裏社会の人達が活動を始める頃だから、私達は目立たない格好をして移動していた。
ケヴィンも私も夜になると髪が目立つから、黒い外套を羽織っている。
護身用の短剣も懐に忍ばせているけれど、護衛が居ないから周囲の警戒は欠かせない。
「そうね。この後はどうするつもり?
今までの給料を持ち歩くのは怖いわ」
「このリュックなら狙われないよ。旅人にしか見えないからね」
そう口にするケヴィンの装いは、薄汚いシャツにズボン、それから土で汚れているリュックを背負っているだけ。普段から見ている彼は一言でいえばイケメンだったけれど、今は魅力が一割減っている。顔が整っていると見劣りしないのが羨ましい。
私もほぼ同じ装いだけれど、正直自分でも見ていられないほど酷かった。
「しかし、美人は何を着ても美しいというのは本当だったんだね。
ティアナ、仮面を着けたらどうだ?」
「そんなに私の顔は酷いかしら?」
「いや、可愛いから隠した方が良いという意味だよ」
「それを言ったらケヴィンだって仮面を着けなきゃ」
言葉を交わしながら、私達は王都の出口に向けて歩き続けた。
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