あなた達には二度と仕えません
水空 葵
第1話
「こんなお茶、苦くて飲めないわ! 今すぐ淹れ直しなさい!」
そんな言葉と共に、アンナ様に出したばかりのお茶が頭からかけられる。
アンナ様は私ティアナ・スノウが仕えているクラウディ伯爵家の長女で、この家で一番癇癪が激しいお方だ。
旦那様と奥様も不都合があるとすぐに手を出すから、使用人達の入れ替わりはかなり激しい。
出来ることなら逃げ出したかったけれど、私がお仕えする条件でスノウ男爵家の借金の肩代わりをしてもらっている立場だから、逃げ出すことは許されない。
それは私と一緒に働いているケヴィンも同じ。彼はレイニー男爵家の借金の肩代わりの代わりに仕えている。
もっとも、ケヴィンは体格が良く容姿も整っていて、アンナ様が癇癪を起しても手を出されたことは無いらしい。
私はアンナ様よりも背が低いから、きっと反撃されないと高を括っているのだろう。
反抗することも許されないから、私は深々と頭を下げてから彼女の私室を後にした。
「……またやられたのか」
「うん。ぬるくしておいて良かったわ」
鏡を見ながら、かけられたお茶を拭っていく。
私の髪は明るい金髪だから、お茶の緑が目立ってしまっていて、こういう時はケヴィンみたいな少し明るい茶髪が羨ましくなる。
彼の瞳の色は私と同じ空色だから、こちらを羨むことは無いけれど。
「不幸中の幸いだったね。今回の理由は何だった?」
「苦くて飲めないだって」
「それなら水を出せばいい。緑色のティーカップ、これなら分からないよ」
「ケヴィンは天才ね!」
ケヴィンから差し出されたティーカップに水を入れてみると、本当にお茶と見分けがつかなくて、つい笑みを浮かべてしまった。
彼もまた笑みを浮かべていて、この後に起こることを楽しみにしている様子。
もっとも、ケヴィンがアンナ様の前に姿を見せることは殆どない。
アンナ様は彼のことを好いているみたいで、色仕掛けをされたことから旦那様に接触禁止を言い渡されている。
それまでは私が暴力を振るわれそうになった時に庇ってくれていたけれど、今はそうすることも出来ない。
私達が反撃することは許されていないから。
もう一度行くのは嫌だけれど、覚悟を決めて再びアンナ様の部屋へと向かった。
「……これ、本当にお茶なの?」
「苦味の原因を無くしたお茶でございます」
アンナ様は本当にお茶なのかと疑っている様子だけれど、私は何も嘘を言っていない。
お茶から苦味の原因である茶葉を抜いただけなのは本当だから。ただの水とも言うけれど。
「そ、そう……」
「それでは、私は他の準備がありますので、失礼します」
どうやら私の言葉を信じてくれたみたいで、納得した様子で水を飲み干すアンナ様。
私は空になったティーカップを回収し、部屋を後にした。
一応、アンナ様の専属侍女は私だけれど、あの部屋に長居したら身が持たないから、こうして距離を取るようにしている。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「何の疑いも無く飲んでいたわ。これからはお水を出した方が良さそうね」
話をしながら、今日の夕食の準備を進めていく。
ここの料理人さんは旦那様からの暴力が原因で寝たきりになっていて、以来専属の料理人が見つからず、料理が出来る私とケヴィンが担当になっている。
「やっぱり俺は天才だったか」
「はいはい、ケヴィン様は天才ですよー」
「今、馬鹿にしただろ?」
冗談っぽく言ってみると、ケヴィンは不満そうに口にした。
アンナ様や奥様にこういった類の言葉は通じないけれど、彼には通じるから楽しいのよね。
「バレた?」
「バレバレだ。……そんな事より、例の件について調べ終わったよ
ティアナの家はまた借金を作ったみたいだ」
「一度様子を見に行った方が良さそうね」
「いや、奥様主催の茶会に招待されているようだから、そこで見れると思う。俺の両親も来るはずだから、そこで判断しよう」
「ええ、そうしましょう」
私達がここに留まっているのは、家のことが心配だからだ。
けれど、私の犠牲をなんとも思われていなかったら、その時は私にも考えがある。
これはケヴィンも同じだけれど、彼とは一緒に居たいから、ここを出る時は一緒にでようと決めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます