第2話 村の薬師

 鍋を魔導コンロから下ろして、中身を布でし、粗熱を取って冷ましていく。

 ほこりが入らないように浄化した布をかけて、人肌の温度になるまで冷ましたら、専用のビンに詰めて、特殊な防腐魔法が施されたコルク栓をする。

 仕上げに封印紙を貼って出来上がり。

 専用ビンとコルク栓と封印紙は、この村からふたつ先にあるトカラン町の薬師ギルドまで仕入れに行かなければならない。

 封印紙というのは、劣化防止の魔法陣が刻まれた、未開封の証明証だ。

 作ったポーションはお父さんのマジックバッグに保管しておいて、二~三箇月に一度トカラン町まで売りに行くんだよ。


 お父さんが作るポーションは、だいたい中級から上級品で、そのときの薬草と魔力の注入量で品質が左右されるみたい。

 体調が悪いときや新鮮な薬草が手に入らないときは、ポーションに濁りが出てしまい、売り物にはならなくなってしまうこともある。

 そういった品は多少効果が落ちるとしても、村人に安価で販売できるので、急患に飲ませたり、患部に振りかけたりして使うことがある。


 ポーションは封印紙によって品質保証がされるから、最低価格が決まっているんだよ。

 正直安くはない。

 そのため村人は正規の価格でポーションを買うことができないから、失敗ポーションでもありがたがって買っていくんだ。

 残ったポーションは裏の畑にまいて、野菜と薬草の肥料代わりにしている。

 おかげのうちの野菜は成長が早くて病気に負けないんだよ!

 虫は捕殺が基本だけどね。


 薬草に関しては、森と山が近いおかげで、新鮮で魔力濃度の高い薬草が手に入るのだ。

 自然の中には高濃度の魔素が空気中に漂っていて、土や水に染み込んでいるのだと、調合の手伝いを始めたころにお父さんが教えてくれた。

 魔素は魔力の素で、人も植物も動物も魔物も、みんなこの魔素を必要として生きている。

 空気と同じように無意識に吸い込んで、体内にため込んでいるんだって。

 魔素の濃い森の側に生きる者は、都会で暮らす者より魔力値が高いそうだ。

 もっとも、個人差はあるらしいけど。



 今日のポーションの出来栄えは上級が十二本と、お父さんも満足そうにしていた。

「よし! マジックバッグにしまって、次は胃薬と、キナ婆さんの貼り薬を作るぞ!」

「はい!」

 お父さんのマジックバッグは、大容量かつ時間停止機能付きなので、町に行くときも薬草採取にいくときも、いつでも持っていく優れものアイテムなのだ。

 これを買うとなると、大変な金額が必要になるそうで、お父さんは若いころにお母さんと、隣のジークハルトの両親と一緒に、迷宮に潜って取ってきたそうだ。

 もちろんお隣さんもマジックバッグ保持者だね。

 一家にひとつマジックバッグがあるとないのとでは、便利さが雲泥の差なんだって。

 お父さんと隣のおじさんは幼馴染なような存在で、今でも家族ぐるみの付き合いをしているのだ。

 

 だけど私は、お父さんが自分でマジックバッグを手に入れた話は、お酒の席の与太話じゃないかと疑っている。

 だってお母さんに確認しても、笑って誤魔化すだけだもの。

 あれはきっと子どもの私に、見栄を張っていると思うんだ。

 だってお父さん、そんなに強そうに見えないし……。

 お母さんの魔法も、ちょっとしか見たことがないんだよね。

 若いころのふたりは、どんなだったんだろうね?



 作業台を片付けて布巾でサッとひと拭きし、仕上げに浄化魔法をかけて綺麗にすれば、お次は奥の薬草庫に薬草を取りに走る。

 実は薬草庫はこの家の中のどの部屋よりも広く、壁に備え付けられた棚には、薬の材料が入ったビンがたくさん並んでいる。

 天井のはりには乾燥中の薬草が無数にぶら下がり、床には素材の入った麻袋が無造作に積み上げられていた。


 この中には魔物の角や素材なんかもあって、冬に狩人やキコリが売りにくれば、お父さんは高値で買い取っている。

 冬に限ったことではなく、夏にその辺に生えている薬草でも、川辺にいるスライムでも、薬の材料になる物はすべて引き受けているのだ。

 薬師の我が家は実はけっこうお金を蓄えているので、お父さんは村人から素材を買い取ることで還元しているんだね。

 そんなお父さんは、実は村長より頼りにされているみたいだよ。

 ここだけの話だけどね。


 まずは胃薬の材料になる薬草と木の根と、塗り薬用の素材とスライムゼリーが入ったビンをカゴに詰める。

 スライムは外皮の中に、魔石と消化器官とゼリーが入っていて、ゼリー部分を湿布薬や塗り薬や保湿剤などに加工して使う。

 使用前には熱処理を加えるから安全だよ。

 触るとプルプル触感で、ひんやり気持ちいいんだよね。

 冬にそれを使った薬を塗ると、「ピャッ!」となるけど!


 それを調合室にいるお父さんに届けたあとは、さっき取ってきたドクダミとヨモギの葉を乾燥するべく縄で結わえていく。

 用意ができたら脚立を引っ張ってきて、空いている梁に吊るせば完了。

 希少な薬草だと、もうちょっと下処理が必要だけどね。



 間もなくお母さんの「朝ご飯よ~」の声が聞こえてきたので、朝の作業を終えて台所に向かった。

 朝食のメニューは黒パンに、採れ立ての葉物野菜が浮かんだ塩味のスープ。ベーコンとチーズが一切れずつついて、田舎ではこれでもご馳走の部類に入るんだ。

 普段の食事は朝夕の二回で、田舎ではどこでも同じだと聞く。

 お父さんが森に採取に行くときは、簡単な昼食がつくみたい。

 山や森を歩くのは体力がいるからね。

 お父さんが薬草の採取がてら、獲物を仕留めてきた日は少しだけ豪華になるけれど、お肉はたいてい塩漬けや干し肉にしてしまうのだ。

 たまに村の狩人から買い取ることもあるよ。



 朝食を終えたあとは店を開ける。

 店といっても、調剤室の横に小さな間口のカウンターがあるだけだ。

 在庫はすべて調合室の棚に置かれているので、注文を聞いてから取りに行くの。

 残念ながらこの村には医術師がいないので、お客さんから症状を聞いて、お父さんが薬を選んで渡すだけだ。

 怪我人が来たときはポーションを飲ませたり、患部に振りかけたりして治療する。

 身体の内側の病気は、残念ながらポーションでは治せない。


 重篤な病の場合はトカラン町まで行って、医術師の治療を受けなければならないんだけど、診察にはそれなりのお金が必要だから、多くの村人が諦めてしまうのだという。

 もうひとつ、トカラン町の神殿には治療術師がいるんだけど、こっちもお布施を要求されるんだよね。

 村人が大病を患うと、長くは生きられないのだ。

 悲しい現実だよね。



 いつもはお母さんが店番をしているんだけど、弟が生まれてからは私が代わっている。

 小さな村なので、そうそうお客はやってこないから、カウンターで薬草図鑑を見ながら勉強することが多い。

 文字の読み書きは両親から教わった。

 お父さんからは薬草の見分け方や処理の仕方を教わり、お母さんからは裁縫と魔力操作を習っている。

 お母さんは見た目はポヤポヤしているけれど、あれで高レベルの魔法使いなんだって。

 人は見かけによらないね。

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