ニコルと薬師家族は自由に生きる
さいき
第1章 旅立ち
第1話 始まりのハテノ村
ここはとある王国の、辺境にある小さな村で、ハテノ村なんて呼ばれている。
豊かな森と山に囲まれた長閑な村である一方、野生動物に混じってときどき魔物がやってくる、平和だけどちょっと危険な村でもあった。
その村で薬屋を営む両親の元に生まれた私はニコル、七歳の女の子。
栗色の髪を肩まで伸ばして、緑色の目をしている。
美少女ってほどではないけれど、可愛い部類に入るんじゃないかと、自分で勝手に思っている。
思うのは自由だよね。
お父さんのリアムはハテノ村で唯一の、腕利きの薬師なんだよ。
寒村に薬師や医術師がいることのほうが珍しいから、村でも頼られる存在なのだ。
薬の原料を求めて森に採取に行くことも多いので、剣と弓の腕前も人並み以上だよ。
私にとっては優しくてかっこいいお父さんなのだ。
そんなお父さんを支えるお母さんのメリルは、おっとりとしたのんびり屋さんだけど、料理とお裁縫が得意で、ほんわか可愛い感じの人だ。
実はお母さんは水と氷の魔法が使えるんだけど、人前ではめったに使わない。
隠しているふうでもある。
そしてもうひとりの家族は、今年生まれたばかりの弟で、名前はアルト。ちっちゃくて可愛いんだよ!
今はまだアルトから目が離せないお母さんに代わって、家の裏の畑をお世話するのは私の役目で、春先の今は葉物野菜を育てている。
もう少し暖かくなったら豆や夏野菜を植えるんだ。
大きく育った葉野菜の外側を毟り、種まきして間もない新芽を間引きする。
土寄せも忘れちゃいけない。
水もしっかりまかなくっちゃね!
そんな感じでせっせと畑の手入れをしていると、隣の家の玄関から、同い年のジークハルトが出てくるのが見えた。
金髪碧眼のジークハルトは、将来男前になること間違いなしの美少年で、さらに正義感が強く真面目な子だからと、村の女子たちに人気がある。
隣家ということで近しい私からすると、みんなが言うほどカッコイイとは思わないけどね? まぁ、人の好みはそれぞれだよ。
そんなジークハルトは私に気づくことなく、何事かをブツブツと呟きながら、自分の家の裏へ歩いていってしまったので、声をかけそびれてしまった。
ジークハルトの家の玄関から、
まぁ、ときにはひとりで考え事をすることもあるだろうと、私は気にせず農作業に没頭した。
この畑では野菜のほかに薬草を栽培している。
ローズマリーやタイムなどのハーブ類と、ポーションの材料になるヒール草や魔力草などの基本的な薬草ばかりだけどね。
畑の外にはドクダミやヨモギなどが自生しているので、これらも成長具合を見て収穫していく。
よしよし、今年は暖かいせいか成長が早いね!
ニヨニヨしながら夢中で収穫していると、不意に隣の家の陰から声が聞こえてきた。
ボソボソボソ。
んんん? なんだろね?
気になったので農作業の手を止めて、忍び足で隣家の裏を覗きに行ってみた。
そこで耳を澄ませれば、「チートだ!」とか「リアル俺
ジークハルトはこっちにお尻を向けたまま、頭を掻き毟りながら奇声を上げていた。
「くぁ~~、やべぇ! 俺、転生したじゃん! ここはあの小説の世界かよッ!?」
ガバッと上半身を起こすと、空に向かって叫んでいた。
「トラック転生だぜ! 神様ありがとうございまッす!!!」
「…………」
何を言っているかわからなかったけど、ひとつだけ理解できたことがある。
ヤベぇのはお前だ!
心の中でツッコミを入れてから、私はそっと隣の家の壁から離れ、忍び足で自分の家の畑に戻ると、何食わぬ顔で畑のお世話に戻った。
変なのに付き合っている暇はない。
それに今は、春だもんね。
ときどき変な浮かれ野郎が出るから、注意しろってお父さんに言われていたのを思い出した。
ジークハルトも夢多き少年みたいだから、見なかったことにしてあげようね!
私がひとり口をつぐめば、ジークハルトの名誉も守られるだろうしさ!
葉物野菜でザルがいっぱいになったので、家の台所へ運んでいく。
「お母さ~ん、野菜摘んできたよ~。水を汲んでくる?」
「あら、ありがとう。ここはいいから、お父さんのお手伝いをしてあげて?」
「は~い」
お母さんは赤ちゃんのアルトをおんぶしながら、朝食の支度を始めていた。
水瓶の中を見れば満杯になっていたので、今日は魔法で満たしたのかもしれない。
家から二軒先に共同井戸があって、普段はそこに水を汲みに行くんだけど、実は子どもの私には重労働なんだよね。
だけど私も家族の一員として、言いつけられたらお手伝いするんだよ。
それは我が家に限ったことではなく、ほとんどの村の子どもは、五歳を過ぎると何かしかの仕事が与えられている。
例外はいばりんぼ村長の孫娘くらいじゃないかな?
我が家の奥には住居スペースのほかに、薬草の保管部屋と調合部屋がある。
そこがお父さんの仕事場で、今は薬草を煮込んでいる最中だった。
「お父さん、手伝うことはある? 裏でヨモギとドクダミを摘んできたよ。ハーブは小さいからそのままにしてきたけど」
「おお、ニコル。ヨモギとドクダミは乾燥させてお茶にでもするか。……その前に、ポーションビンに浄化魔法をかけてくれるか?」
「わかった!」
薬草を煮込むお父さんの目は真剣で、こっちを見ようともしない。
薬品の調合中はいつもこんな感じだよ。
今作っているのはポーションで、薬草の分量と魔力水と、煮込む時間と温度が重要で、その変わり目を見逃すと失敗してしまうのだ。
私は気にせず、棚からポーションの空きビンが入った箱を取り出して、まとめて浄化魔法をかけていく。
我が家で浄化魔法を使えるのは私だけだ。
お父さんが消毒しようとすると、熱湯消毒しなければならなくて、時間と手間がかかってしまう。
私が浄化魔法を使えるようになったときは、諸手を挙げて喜んでくれた。
「消毒が楽になったぞ!」
私を便利な道具扱いして、お母さんに叱られていたけどね。
浄化魔法は生活魔法の一種で、ほかには火種・灯火・乾燥・水滴などがある。
たいていの人は、そのどれかを使えるそうだよ。
火種は
乾燥はそのまま濡れた物を乾かすことで、水滴は水を出せる魔法ね。
実は私は全部使えるんだよ。
これらは魔力量によって効果が違ってくるから、魔力の少ない人だと着火以外はほぼ使いものにならないといわれている。
私は魔力量が人並み以上あるようで、今まで魔力切れを起こしたことがないんだよね。
それはきっと、お母さんの血を受け継いでいるからだと思う。
「魔力は成長とともに増えていくから、今からどんどん使え」
そんなことをお父さんが言っていた。
「魔力切れを起こすと失神するから、ほどほどにするのよ?」
お母さんが私に注意してから、お父さんの腕をつねっていたんだよ。
ちなみにお父さんは火種・乾燥・水滴が使えて、薬草を乾燥したり、魔力水を自分で作り出したりすることができる。
お父さんもまぁまぁ魔力が多いほうだね。
お母さんは火種以外の生活魔法が使えるよ。
私に生活魔法が発現したとき、お父さんが「薬師向きだな!」と褒めてくれたので、今は少しずつお手伝いをしながら、調合を教わっているところだ。
とはいっても、まだまだ見習い以下の雑用係だけどね。
「浄化終わったよ~」
声をかければ、ちょうどポーションが完成したみたい。
薬草の緑の煮汁が、透明な青色に変わる瞬間は、何度見てもワクワクする。
この鮮やかな色と透明度を生み出す技術で、薬師のレベルがわかるのだそうだ。
お父さんのポーションはどれも透き通った濃い青色で、近隣の村や町の中でも、腕利きの薬師といわれているんだよ!
えっへん!
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