Das Buch des Teufels 〜悪魔の書〜
平中なごん
一 魔導の書
聖歴1580年代初頭、神聖イスカンドリア帝国内・ヴェ二テングルク公国首都スットコガルト郊外……。
わしはこの町外れに借りた一軒家で人生に…いや、人間という存在に絶望していた。
わしの名前はドクトル・ヨハン・ゲオルク・ファウスト。
このエウロパ世界で三番目に古いバイデンベーグル大学で哲学、法学、医学、神学の四学を究め、さらに錬金術、占星術においても〝
だが、そうしていくら学問の道を突き詰めても、私の心は満たされなかった……。
それらを学ぶ前に比べて、これっぽっちも利口になったようには思えんのだ。
どんなに学ぼうとも我が智的欲求が満たされることはなく、どこまで行っても虚しいままなのだ……虚無である。
ここまで理性を追求しても、これが人間という存在の限界なのか……この世界を創った偉大な神からすれば、あまりにも小さくて無力な人間の有限性にわしは失望していたのである。
また、そうした落胆を吐露したわしを、バイデンベーグル大学の同僚達は激しく非難した。
唯一無二の神の教えであるプロフェシア教(預言教)神学に基づく学問を悪く言うことは、神を否定することと同義だというのである。
なんという無知蒙昧! 恥知らずでバカな主張なのだろう……そうした同僚達の態度はさらにわしを絶望させ、大学から追放しようという彼らの目論見に乗るようにして、わしはバイデンベーグルを離れると、このスットコガルトに隠棲したのだった。
そんな折、数少ない友人の司祭から、ぜひ一度、〝
もともとこの西エウロパの世界には存在しないものだったが、100年ほど前に起こった〝
メルクリウス文書とは、古代異教の神メリクリウス・トリスメギストスの名に仮託して記された異教的学術文書の総称で、その中の召喚魔術に関して書かれたものが〝魔導書〟だ。
当初、プロフェシア教会とそのプロフェシア教を国教とする国々では、「悪魔の力を借りる邪悪で危険な書物」として魔導書を教会付属図書館の奥深くにしまい込み、完全なる禁書扱いとした。
だが、次第にその有用性に気づくと表向きは禁書扱いのまま、その自由な所持・使用を厳しく禁じる反面、それを専門に研究して使用する〝魔法修士〟なる存在を生み出すなど、その力を教会と王権が独占するようになった。
そうした魔導書にも目を向けろということは、即ち、我が友人は神学・哲学者のわしに対してその魔法修士への鞍替えをしろというのである。
無論、彼がそう言うのには、当然それ相応の理由がある……。
魔導書も含むメルクリウス文書は〝クノウビス〟なる古代の密儀教団による思想の影響を色濃く受けている……その目的は〝
そして、魔導書の召喚魔術で呼び出した悪魔もまた、神へと至るための智慧── 〝
その友人である司祭もじつは異端的な思想を心の内に秘めており、魔法修士になる気はないにしろ、密かに魔導書を読んで神学的考察の一助としていたらしい。
禁書であることも一因だが、わしはこれまで魔導書に対してあまり食指を伸ばすことがなかった。そんなものに頼らずとも、神学や哲学、錬金術を究めることで神に近づけると信じていたからだ。
だが、その道が完全に頓挫してしまった今、確かに魔導書は突破口になりえるかもしれない……。
とはいえ、魔法修士となって修道院に籠り、頭にカビの生えたような教会のためだけに奉仕するのはまっぴら御免だ。
そこで、司祭の立場を利用してこっそり一冊の魔導書を用意してもらうと、本当は許されぬ違法行為ではあるのだが、それを用いて実際に悪魔を召喚してみることにした。
真実、悪魔が私の智的渇望を満たしてくれる保証はないが、錬金術同様、まずは実験をしてみねば……。
友人が用意してくれた魔導書は『ソロモン王の鍵』。最も有名で写本も多い、一般的な魔導書だ。初心者向けのものともいえる。
幸いこの郊外の一軒家ならば人目にもつかず、異端審判士に知られるような危険性も少ない……魔導書にもそんな静かで
奇遇にもそうした好条件の整ったこの隠棲地で、わしはさっそく『ソロモン王の鍵』による悪魔召喚の準備に取りかかった……。
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