第26話「焼肉パーティー」

 「なんでまた、こんなことやっちゃったのよぉ・・・。」

 昼下がりの設計事務所、ゴンさんのデスクの前でキャスター付き丸椅子に座り、クルクル回りながら僕は言った。


「うーん。。なんでなんだろうな。

 自分でもよくわからないんだよ。

 出来心、なんだ。

 今は申し訳なく思っているよ。」

 そこには仕事仲間であり、良き先輩社員にもどったゴンさんがいた。

 それが本来の彼なのか、それとも狡猾な瞳の彼が本性なのか。今となってはもうどうでもよかった。

 なっちゃんたちの事をどうでも良いという訳ではなかったが、これまで厳しい仕事の中で苦楽をともにしてきた仲間であることも変わりはなかった。

 そして、彼の言うように本当に出来心であってほしいと願っていた。


 そんな平和が戻った設計事務所で僕はゴンさんから、「お詫び」と書かれた封筒を預かった。中を見るとピン札の一万円札が5枚入っていた。

 なっちゃんと瞳美、あと涼介、正雄と僕にせめてものお詫びの気持ちだと渡された。


 その時すでにゴンさんは、被害者のなっちゃんにも瞳美にも近づくことを禁じられて謝罪も出来ない状態だった。

 懲戒解雇や警察沙汰にしないまでも、被害者の女性たちへのせめてもの配慮として会社がとった措置だった。

 そして彼はもう次の仕事を決め、長年勤めたデスクに置かれた私物を片付けているところだ。


 新緑の桜並木を臨むこの設計フロアの窓から、初夏の気持ちの良い風が吹きこんでいた。

 あんな事件があったなんて嘘のように、オフィスはいつもの日常を取り戻していた。

 そのことが、僕を寂しい気持ちにさせた。

 

 僕はその「お詫び」をパッと使うことにした。奥さんから学んだ復活術。

 嫌なことは美味しい物を食べて忘れるに限る。

 さっそく僕はこの街で一番高い店を探し、豪勢な焼き肉パーティーを企画した。

 涼介はそんな不浄な金で飲み食いなんて不謹慎だと猛反対したが、高級和牛焼き肉店のメニューを見てすぐに手のひらを返した。

 正雄は論外、たとえ来るなと行っても来ただろう。

 瞳美は初めやや本気で僕に非難の眼差しを向けて躊躇していたが、ゴンさんの反省の気持ちを伝え、最後は涼介の懐柔スキルLv99の説得でなんとか参加を了承した。

 なっちゃんは、事件の後ショックで一時休んでいたが、会社の誠意のある対応で少しづつ気持ちを切り替えつつあった。

 もとより元気女子だった彼女も、気分転換にと参加した。

 

 それから一週間後の金曜午後6時、仕事を終え駅前の繁華街にある、この街一番の高級焼肉店でテーブルを囲んだ。

 会の始まりは、「なっちゃんの新たな門出と三獣士に乾杯!! リサの虐めに負けないぞ! えいえいおー!!」という、涼介の挨拶でやや微妙な空気になったが、運ばれてきた見事にサシの入った牛肉を食べた瞬間、全員がニコニコの笑顔になった。

 会はいつものように涼介が仕切り、捜査の苦労話や、なっちゃんへの兄妹愛について熱弁をふるったが、いつものように誰も聞いてはいなかった。

 正雄は両手にトングを持ち、口には肉をパンパンに詰めこんで、「肉!肉!食え!な!旨いだろ?食え!!」と家庭での焼き肉奉行ぶりを披露していた。

 瞳美は、なっちゃんにこれまで先輩として何もしてこれなかったことを詫びた。

 たぶん涼介から聞いたのだろう、なっちゃんはリサと瞳美の過去の確執を察するように瞳美の謝罪を受け容れた。そしてゴンさんとの怖い経験を乗り越えた瞳美の勇気を、尊敬と感謝の言葉で称えた。

 かくして涼介の目論見通り(?)二人は手を取り合ってリサのイジメに立ち向かっていく同盟が結成された。

 僕はと言うと、なっちゃんとの約束を果たせた安堵と、自分でもビックリするほど覚醒した分析能力を「誰か僕を褒めてくれ」と思ったものの、この他愛もない笑顔が護られたことを素直に喜べることが、僕へのご褒美なのだろうと納得することにした。

 

 僕らはその日美味しい肉をたらふく食べ、すべてを思い出として笑い、最後に残ったお金で菓子折りを2つ買った。

 それは、これまでさぞ心配して見守っていたであろう、なっちゃんと瞳美のご両親に食べてもらうことにした。

 週末の繁華街は暖かな賑わいに溢れていた。

 皆、笑顔で手を振り帰っていった。

 これで一件落着。

 全部おしまい。

 職場の平和は守られた。


 ・・・はずだった。

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