第25話「あっけない顛末」

 火曜日、午前7時50分。

 僕が出勤すると、昨日僕らが絞られた会議室に課長たちが集められていた。

 それを横目に自席へつくと涼介がやって来て、昨夜課長たちに緊急招集がかかり、早朝から会議室にこもっていることを教えてくれた。

 その時の僕らは、知らない場所で大きな力が働いていた事など知る由もなかった。

 

 8時、始業の鐘が鳴ると、事件は収束にむけて大きく動き始めた。

 リサから提出された訴状は取り下げられ、僕らは事件の関係者として、改めて証拠の提出とヒアリングを求められた。

 昨日までの命令口調は協力を求める丁寧語になり、グダグダ感は消えてテキパキと仕事をこなす、いつもの課長たちを見て少し安堵した。

 

 週末を待たず、僕は部長室に呼ばれた。

 話はゴンさんの処遇と被害者と関係者へのケアの草案の相談だった。

 まず初めに、大山田部長はこれまでの対応の悪さに謝罪し、改めてなっちゃんへの「セクハラ事件」として会社は全力で対応することを僕に約束した。

 そして今後の方針として、なっちゃんと僕らの合意を得られれば、ゴンさんの処分は警察には届けず、退職も懲戒解雇ではなく自主退職という形で職場を去ってもらうことを考えていることを説明した。

 その沙汰の理由は、決して温情や穏便に済ますと言うことではなく、厳格な処分を前提に被害者保護を優先したものだと説明した。

 つまり、今回事件を起こしたゴンさんにも家族があり、セクハラ事件として懲戒解雇した場合、家族にもその事が知らされることになる。

 そうなると最悪のケースは家族崩壊することも想定され、守るものを失ったゴンさんは逆恨みによる再犯の可能性もある。

 会社としては被害者の安全第一を優先し、僕たちの了解を得られれば、その処分としたいことを提案された。

 そして、もし万が一、この後ゴンさんが逆恨みをしたときには、被害者をはじめ関係女子社員や僕らの安全は会社が責任をもって守ることを約束した。


 会社からのこの提案は、正直僕らの肩の荷を少し軽くしてくれた。  

 事件後すでに僕と正雄は今後の事を話しあっていた。

 犯人を見つけ示談を期待したが、「仲間の過ち」で済まない結果になった以上、事件の後もなっちゃんと瞳美の身の安全と、僕らの家族の安全は僕たち自身で守っていかなければならないと覚悟していた。

 そしてあの事件の夜、ゴンさんを家に帰す前に、僕らの覚悟を彼に告げていた。


「ゴンさん。逃げようとか、仕返ししようとか考えても良いですけど、僕たちは何度でもあなたを見つけ出します。

 絶対に追い詰めて捕まえます。

 もし僕たちの大切な人たちを傷つけることがあったら、次は絶対に許しません。

 その覚悟があるなら試してみて下さい。」 

 僕がそう言うと、正雄はゴンさんを空中に投げ上げて殴り飛ばすポーズを取って威嚇した。

 ゴンさんは後ろに飛び退くと、大きく首を振って身震いをした。

 

 大山田部長から説明された会社の対応が、昨日までとは全く違ったものに変わったことにも驚いたが、それよりも、その沙汰をいつもの小気味良い口調で、気持ち良さそうに話す大山田部長と、その横で叱られた座敷犬のように小さくなっている課長たちが印象に残った。

 会社の草案への概ねの合意と、なっちゃんと瞳美の気持ちをしっかり聞いてあげてほしいと告げて、約束を守ってくれた部長に礼を言って部長室をあとにした。


 僕が部長室から出てくると涼介と正雄が待っていた。僕は涼介から、瞳美が父親の力を借りて会社に訴えてくれた事で事態が好転したことを聞いた。

 そして僕は、ありったけの勇気を振り絞り正雄に告白した、あの夜の瞳美を思い出した。

 

 ゴンさんに向けて涼介が放った「ゲロったんだよ」の決め台詞にそれまでゲラゲラ笑っていた正雄が、瞳美の涙の告白を聞いた瞬間、鬼の形相でゴンさんを追いかけて駐車場内を走り回っていた様子を思い浮かべた。

 あの時の顔面蒼白で逃げ回るゴンさんと正雄のコントラストを思い出し、僕はもう一度笑った。

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