パラレルワールドの佐藤さん

明通 蛍雪

第1話パラレルパラレル

 今日は大学のサークル仲間に誘われ合コンに参加することになっている。

 大学が終わりその足で新宿に向かい、女の子と合流して三対三の合コンが開かれた。

 俺たち男子は、イケメンの桜井、ソバカスの山口、フツメンである俺。対する女子は可愛い子揃いで、さすが桜井の人脈といったところだ。

 女の子は、たぬき顔可愛い系のヤマナシさん、クールな印象を受けるハーフ美女のファルケさん、少し訛りがある田舎出身っぽい比嘉さんの三人。

 僕たちは乾杯を済ませた後、桜井MCに身を任せて女子たちと親睦を深めていった。席替えなども交え、合コンの時間が楽しく過ぎていく。その中で俺は田舎女子の比嘉さんを狙っていた。

「比嘉さん可愛らしいよね。その訛りも可愛い!」

「え、訛ってないよ〜。全然標準語だし」

 比嘉さんはそう主張するが、イントネーションが標準語と相違があり無理がある。

「佐藤さんこそ珍しい苗字だよね」

「全然珍しくないよ? もしかして沖縄出身?」

「失礼な! 全然東京出身だよ!」

 比嘉さんはショックを受けたような顔で沖縄出身説を否定した。佐藤さんが珍しくて比嘉って苗字だからてっきり沖縄から出てきたのかと思ったけど、であれば家族が沖縄の人とかだろうか。

「ちなみに東京のどこ?」

「猿腰だよ。家もここから近いし」

「猿腰? どこそれw。奥多摩のさらに奥とか?」

「片ヶ谷の隣の! 川足線で一本の!」

 少し茶化すような言い方になってしまったが、比嘉さんは必死に説明してくれる。しかし本当に分からない。猿腰なんて地名は初めて聞いたし、川足線も片ヶ谷もだ。

「もしかしてパラレルワールドの住人?」

「パラレルの住人は佐藤さんの方でしょw」

 比嘉さんは楽しげに笑っている。八重歯が可愛らしい笑顔で思わずポッと頬が熱くなるのを感じる。

 パラレルなんてあるはずないが、そんな会話にも乗ってくれるノリの良さにも惹かれた。

「佐藤さんはどこ出身?」

「新宿」

「えー、逆にどこw」

「いやここだよ」

 今日は新宿での合コンなのだから、新宿を知らないなんてはずはない。まだパラレルネタを続けるのかとも思ったが、なんとしてでも比嘉さんをお持ち帰りしたいため僕はそれに乗っかることにした。その甲斐もあってか、

「佐藤さん、この後私の家で飲み直さない?」

「俺も誘おうと思ってた!」

 なんと比嘉さんの家にお呼ばれしてしまった。俺の家も近いが、今日は少し散らかっているためここは比嘉さんの好意に甘えさせてもらうことにした。

 比嘉さんの横について新宿駅に向かう。終電間近のため慌ただしい人の波が駅に巣込まれていく。その波で逸れないようどさくさに紛れて比嘉さんの手を取った。酔いが回っているせいか体が火照っている。しかし、比嘉さんは俺の手を振り払うことなく優しく握り返してきた。

「川足線で二駅先が猿腰だから。すぐ着くからね」

「うん」

 もはや比嘉さんのボケにもツッコミができないほど頭が回らず俺の手は期待で汗ばんでいる。

 二人で混雑している電車に乗り込み二駅。

『次は猿腰、猿腰です』

 電車のアナウンスがそう言った瞬間、俺は一気に酔いが覚める感覚に至った。

「降りるよ〜」

「え?」

 聞き間違いか? そう思ったのも束の間、駅に立てられている看板や駅の入り口上部にある名前が「猿腰」になっていることを確認した。俺の聞き間違いでも、酔いが見せた幻覚でもない。

 ここは、猿腰だ。

 比嘉さんに手を引かれ、駅から十分ほどの場所に彼女の家があった。明るい色味の割と新めなアパートだ。

 道中、ずっと猿腰が気になって仕方がなかった。地図アプリを開こうともしたが、なぜか圏外表示でアプリは開かない。

 ここがどこかという恐怖と比嘉さんの家に行けるという欲がせめぎ合い、俺はとうとう家までついてきてしまった。

 お酒を買うために寄った駅前のコンビニも普通、街並みも見たことのある景色。すれ違う人や駅で見た人たちも普通だった。この世界には違和感など全くない。

 やはり飲み過ぎたのだろうか。そう思って、俺は弱めのお酒だけに手をつけることにして、その日は比嘉さんの家に泊まった。

 何がとは言わないが、比嘉さんは凄かった。


 翌朝、俺は比嘉さんの家を出た。一夜限りの付き合いではなく、また遊びに行こうという約束をして。

 昨日は酔い過ぎて、合コンでのノリが抜けなかっただけだ。そう考えてスマホを開く。ネットはちゃんと繋がるし、地図アプリもきちんと機能している。

 比嘉さんの最寄駅は猿腰なんかじゃなく、高田馬場だった。

 俺は比嘉さんにお礼のラインを送ろうとアプリを立ち上げた。昨日交換したばかりだからトーク履歴の一番上にあるはずだったが、比嘉さんの名前が見つからない。

「あれ」

 代わりにあったのは『unknown』という名前の履歴が一つ。

 何がなんだか分からなくなった。

 結局、その日以降比嘉さんから連絡が来ることもなく、俺は一時の幸せを徐々に忘れながら過ごしていった。

 後に聞いた話だが、桜井と山口もあの日の合コンで知り合った女の子と連絡が取れないらしい。

 そもそも桜井はあの子達とどのようにして知り合ったのか。今度聞いてみてもいいかもしれない。

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