悪夢はイブに溺れる~冷酷無慈悲なクーデレ中佐の面倒な溺愛

熾音

第1話 おやすみからおはようまで

 

 ガタンガタン、ガタンガタン。


 小気味のいいリズムが疲れた体に染み渡って、唯舞いぶは人の少なくなった電車の座席にもたれかかるように座った。

 

 今日は金曜日だというのにスマホの時計はもうすぐ0時になる。

 これではもう、帰りついたら実質土曜日と同じだ。

 

 世間には昔から花の金曜日、略して花金やら華金なんて言葉があるけれど、金曜日に定時で上がれたことなど入社して最初の1カ月程度でそれ以降はずるずると残業のオンパレード。

 

 新卒1年目、社会人とはかも無常なものかと大人の世界を思い知らされてあっという間に暦は11月になってしまった。


 

 (……まずい……本気で寝そう)


 

 すでに意識の半分は夢の中にいた唯舞がずれ落ちる眼鏡をなんとか押さえてバッグを抱えなおす。

 だが一定間隔に揺れる振動はどうしようもなく心地よくて。


 駄目だと頭の隅で理解しながらも、唯舞の瞼はスゥっと溶けるように閉じていった。





 

 「――――ですよっ!」

 「えー?でも、放ってはおけないでしょ」

 「それはそうですけどっ!でもなんでここに連れてくるんです!?」

 「だって女の子一人にはしておけないじゃん」



 (…………?)


 

 喧嘩、だろうか。

 珍しいなと思いつつも、終電には飲み帰りの人もいるからそういう事も稀にはある。


 そこで唯舞の意識がハッと覚醒した。

 あの心地よい電車の振動が止まっているのだ。


 

 (まずい、寝過ごした……!)



 バッと飛び起き上がるように身を起こせば、自分にかけてあった上着がぱさりと膝に落ちる。

 厚手の、かなりしっかりとした重みのある制服のようだ。

 

 

 「……?」

 

 

 咄嗟に状況が理解できずに唯舞は固まる。

 

 起き上がってみればそこは明らかに電車内ではなかったし、自分が寝ていた場所も座席ではないのだ。

 うたた寝しただけなのに、と脳が処理しきる前に一気に視覚情報が交錯して頭の中が軽くパニックになる。


 少し埃臭い空気にうず高く積み上げられた荷物。

 もしかしたらここは倉庫か保管庫なのだろうか。

 

 更なる情報を求めようと周囲を見ればあの会話の主と思わしき二人組の男の姿が目に付いた。

 

 最初は見た目からして車掌かとも思ったが、なんだか彼らの着ている制服がいつも通勤時に見慣れているものよりずっと装飾が多いし何よりも

 


 ふと、サングラスをかけた長身の男が唯舞に気付いて軽めの口調で話しかけてくる。

 

 

 「あ、起きた?おはよう~」


 「……おはよう、ございます?」

 

 

 唯一の救いとするなら、唯舞はそう言った時でもあまり表情が表に出ないタイプだった。

 

 人によっては『冷めてる』やら『ノリが悪い』と思われてしまうが、この状況がよくあるパニックホラーだとしても表面上だけなら冷静を貫ける自信がある。

 それがいかんなく発揮された瞬間だ。


 慌てたようにもう一人の若い青年が唯舞とサングラスの男の間に入ってくる。


 

 「すみませんすみません!うちの大佐が勝手に連れてきたみたいで。あの、僕らザールムガンド帝国アルプトラオム師団の者です!ほんと怪しくないんで大丈夫です!えっと、ご自宅ってこの辺ですか?」


 「…… ざーるむ……え……?帝、国……?」



 無駄に長いカタカナが聞こえた。これはあれだ、世界史のテストに意地悪問題として出題されそうなやつだ。

 

 大体、帝国なんて言われてパッと思い浮かぶのはローマ帝国かオスマン帝国くらいなのだが、この西暦2000年代の現代にいまだに帝国と名乗っている国が世界にはまだあったのだろうか?


 

 (でも、話してるのは日本語……よね?言葉も、口の動きもあってるし。大佐……ってことは自衛隊、とか?……ん?自衛隊にそんな階級あるんだっけ?)


 

 冷静に考えれば日本語が通じている以上、多分ここは日本なんだろうけれどどうにも話が嚙み合っていない。

 とりあえず現状把握をしようと唯舞は恐る恐る言葉を選んで尋ねた。


 

 「えっと、ここは日本……ですよね?私、帰りの電車に乗っていたんですけ、ど」


 

 みるみるうちに絶望に染まった目の前の青年の顔色に、唯舞の声も思わず尻すぼみになってしまった。

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悪夢はイブに溺れる~冷酷無慈悲なクーデレ中佐の面倒な溺愛 熾音 @shion27

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