訳あり美容室へようこそ!!!

ALC

第1話訳ありな美容室

深き森の奥にひっそりと建つ美容室サロン



「日にどれぐらいの客が来るんだい?

地図にも載っていなくて…

紹介してくれた人に何度も電話で尋ねたよ。


しかも不思議なんだが…

こんな森の奥だって言うのに普通に電波がある。

電話を終えて…ここにたどり着いて気付いたよ。

なんで電波があるんだって。


でもまぁ…」



男性客の少しばかり引き攣った表情は初対面の人間の反応として概ね正しいだろう。

きっと俺の顔の傷を見て戸惑っているんだ。

こめかみ辺りから口の端まで伸びる大きな傷。


もちろん俺にも訳はある。

ここに流れ着いた男性客にも何かしらの訳はあるんだ。


別にここはセーフハウスって理由で構えた美容室サロンではない。


静かな場所で暮らしたくて。

尚且つ自分のペースでひっそりと仕事が出来る美容室サロンを開業しただけだった。


1スタイリスト1アシスタント。

俺と彼女の二人でサロンを経営しているのだ。


男性客の注文を受けて。

カットするための前準備を行っていた。



「首元苦しくないですか?」



「苦しくないよ」



準備が整うと霧吹きで髪を軽く濡らしていく。

男性客の髪質や癖を左掌で確かめながら。

いい具合に濡らした髪をコームで梳かしていく。


なるほど…と男性客の髪質や癖をそれとなく理解した俺は早速腰に掛かっている皮のシザーケースからシザーを取り出した。



「では早速切っていきますね」



了承を得るように口を開いていき。


右薬指はシザーの指穴に通した状態で。

右親指はシザーの指穴から外す。

右親指と人差指でコームを掴み。

余った掌でシザーを握り込むようにして。

もちろんシザーの指穴に右薬指が掛かった状態。


右手に持つコームで髪を梳かすと左人差し指と中指でそれを挟むようにして持ち上げる。

ある程度のテンションを加えてカットをしていき。


また始めの工程から繰り返し行う。



眼の前の鏡で確認をしながらカットを行っていき。

男性客は仕事の邪魔をしないように努めているのか無言の状態だった。


しかしながら目を瞑っている訳ではなく。

視線が不自然に泳いでいるのがありありと確認できてしまう。


視線の先にいるのが彼女であることを悟ると。

いつも通りの客の反応だな…と少しばかり呆れていた。



アシスタントの彼女が絶世の美女と評価されても誰も異を唱えないだろう。

白銀の長髪をなびかせる異国情緒溢れる絶世の美女。


ある人は彼女を薄幸の美女と表する。

またある人は深窓の麗人と表する。


容姿端麗で近づき難い高貴な身分を想像させる彼女のオーラに。

男性客は自然と目が釘付けになるのが通例だ。


逆に女性客は少しばかり気分悪そうに帰っていくことが多かった。


それは彼女の接客態度があまりにも不相応だからと言えるだろう。

無表情、無言を貫き通す彼女は接客業には不向きだと言わざるを得ない。


しかしながら彼女にもちゃんとした訳があり。

もちろん俺にだって訳があるのだが…

それはまだ秘密としておこう。



ある程度のカットが進んでいき。

男性客は自分の姿を数分ぶりに鏡で確認したのだろう。


それほどの時間…彼女に視線を釘付けにされていたということ。

数分で変わった自らのヘアスタイルに好感触を抱いているようだった。



「おぉー。久しぶりに美容室に来れたから。なんか新鮮な自分で驚くぜ」



男性客の口から自然と漏れる感嘆なため息と本心から来るであろう感想を耳にしていた俺だった。


しかし…どうして久しぶりだったのかは決して尋ねたりしない。


会話NGでは無いが。

客の抱える問題や事情を根掘り葉掘り聞くのは得策では無かった。


何故ならばこの様な人気の少ない深い森の奥にひっそりと佇んでいる美容室サロンに来るぐらいなのだ。


もちろん興味本位で近づいて来店する客もいるが…

全員がその類ではない。


初めから言っているが…

ここに来る客の9割は訳ありなのだ。


店員の俺達だってそう。

お互いに素性や抱えている問題や事情を知られたくないと思っている。

だから俺達も客も深い話は決してしないのがマナーでベストな判断だった。


閑話休題。


再びカットの工程を行って微調整を行う。

9割以上完成したヘアスタイルを俺は少しばかり距離を取って全体像を確認していた。



「かなり気に入ったよ。一流の仕事だな」



男性客は何故か上から目線で物を言い。

俺は会釈するような形で感謝を表現して見せる。



「ではシャンプーに移りますので。あちらのシャンプー台へ移動してください」



俺は男性客のクロスとネックシャッターとタオルを取り外す。

来た時の服装に戻った男性客は了承するように頷くと椅子から立ち上がった。


俺はそのままロッカーから箒を取り出す。

クロスの上に溜まっていた髪やネックシャッターに付着していた髪を床に落として。

他にも椅子や机の上に落ちている髪の毛も払って床に落とす。


そのままキレイに箒で髪の毛を集めて清掃していく予定だ。


男性客が帰宅するにはまだもう少しの工程を踏むのだが。

一度椅子と机などをキレイに消毒清掃して。

完全にきれいな状態で男性客の帰りを待つつもりだ。


自分の次の仕事に取り掛かるため。

作業工程を頭の中でイメージしていると。

男性客に不意に声を掛けられる。



「ちょっと聞かせてくれるか?

もしかしてだが…あの娘がシャンプーする流れか…?」



男性客は彼女のことを鏡越しに視◯していたというのに。

今は少しばかり挙動不審な態度に思えてならなかった。



「はい。何かお困りごとでも?」



表情を動かさない俺の反応を見た男性客は冗談や嘘では無いと理解できたようで。

一つ咳払いをするとキリッとした表情に切り替えて。



「いや。何も問題ないさ」



そう口にするとシャンプー台へと移動していた。

男性客はシャンプー台の前の椅子に腰掛けて。

彼女は再び首元にタオルを巻いていく。

その後、上手にクロスを装着して。


シャンプーの前準備が終わると椅子の高さを調節。

彼女は男性客の首元を支えながら椅子をシャンプー台と平行になるように倒していく。

目元を隠すようにフェイスガーゼを被せてシャンプー前の準備は完全に整った。


彼女は自らの仕事に絶対的自信があるように映るかもしれない。

通常ならば客に様々なことを尋ねるだろう。



「苦しくないですか?」



「椅子の高さはどうですか?」



「お顔にフェイスガーゼを被せますね」



その様な質問や許可などを口にするアシスタントが通常なら多いだろう。


しかし彼女は全てを無言で行っていて。

それは外から見たら自分の仕事に絶対的自信があるように映るかもしれない。


しかし…そういう訳ではなく。


あまりにも俺や彼女の訳を引っ張り続けて申し訳なく思うが…

一話目のラストパートで真相を軽く記すので。

最後までご一読願う。


閑話休題。


そこから彼女は慣れた手つきでシャンプーを行って。


軽くトリートメントをして流すとタオルを手にする。

濡れた髪の水分を払うようにタオルドライを入念に行い。

タオルで全頭を包むようにして。


彼女は男性客の首を支えながら椅子の態勢を戻していく。

寝転がっているような状態から座る形へと変化していき。


添えていた首元から手を離すともう一度タオルドライ。


軽く頭皮や首元付近のマッサージを行うとクロスとタオルを外していた。


彼女は無言を貫きながら手だけでカットの席に促すようにジェスチャーを送っていた。



男性客はそんな彼女を少しばかり不審に感じたかもしれない。


しかしながら彼女の美しさが…

そんな疑問を一瞬で吹き飛ばしたことだろう。


シャンプーが終わり彼女と目があった男性客は戸惑うような赤面の表情で。

挙動不審に会釈をして返事をしていた。



カット席に戻ってきた彼の首元に再びタオルを巻いてクロスを装着。


洗い流さないトリートメントを軽く毛先につけて。


ドライヤーで髪を八割程乾かすとセットのためにワックスを手に取る。

十分に手に馴染ませて。

手の体温でワックスの油分をしっかりと溶かしていく。


両掌全体にしっかりと馴染んだワックスを男性客の髪につけて。

思い描いた注文通りのヘアスタイルにセットすると。

男性客は大いに喜んでいるようだった。


最後にバリカンで首元の産毛などを刈っていき。


タオルとクロスを外し。

鏡を手にする。

合わせ鏡の要領で男性客は後ろ姿を併せた全体像を理解したようだった。



「ありがとう。何一つ文句ない出来だよ。感謝する」



男性客の感謝を受け取ると優しい毛並みのブラシで首元の毛くずを払った。



「以上で終了になります。お会計はこちらで」



男性客は机の上に置いていた荷物を手にすると椅子から立ち上がった。

そのまま出入り口付近で会計を行って。


男性客は最後に彼女へと視線を移すが…

彼女は窓際の椅子に腰掛けて遥か遠い場所に思いを馳せているようだった。



男性客は最後に何かを言いたそうであったが…


それは俺と彼女の関係性を尋ねたかったのか。

もしくは彼女の連絡先でも知りたかったのかもしれない。


だがここは訳あり美容室サロン


相手の事情や素性や問題を根掘り葉掘り尋ねると言うことは。

自分も同じことをされる覚悟があるということ。


だから俺達は決してお互いを詮索しない。



そうして男性客は最後に…



「また来るよ…」



そう寂しく一言漏らして。

店を後にするのであった。






美容室サロンに残された二人組の男女。


客が引いていった美容室サロンでは…

多分だが…

きっと世界中のどんな言語学者でもすぐに理解も解読も出来ないであろう言語が横行していた。


しかし…それをここで記しても読者も困惑するであろうから。

翻訳した文章でお届けしよう。



二人の会話は…



「こっちの暮らしには慣れたか?」



顔に大きな傷のある男は美女に問いかけている。

何処の国の言葉とも思えない特別な言語で。



「まぁ。カイの作ってくれるこちらの料理はどれも美味しいし。

快適に暮らせているわよ。


日に少しの仕事をして。

後の時間はのんびりと過ごすことが出来る。


少しは寂しい時もあるけれど…

それでも…私にはカイがいるから…」



美女も二人にしか通じない特別な言語で話しており。

彼女が接客中に無言である理由が伺えた。

きっと彼女はこちらの言語を理解しておらず話せないのだ。



「そうか。帰ってきたは良いが…これだけ変化していると流石に俺も戸惑うな…

早く順応しないといけないが…

あの頃に無かった物ばかりが世界を占めていて。

中々慣れるのに時間がかかりそうだよ」



「こっち出身のカイでも戸惑う変化なんだ?」



「どうだろう。もしかしたら…あっちにいた時間が長かったから。

違和感が強いだけかもな…」



俺の返答で彼女は豊かな表情で戯けるような笑顔を見せた。

そんな笑顔でも美しく見えてしまう彼女なわけで。

無表情だとしても視線を奪われてしまう男性客の気持ちも理解できる。



「帰りたいって思うか?」



俺の不意な質問に彼女は首を傾げるだけだったが…

少し遅れて返答をくれる。



「今は…この暮らしに満足しているわよ。ちゃんと幸せを感じられる。

生きているって感じられるし…

生かされていると思わなくなった。


こっちに来て良いことのほうが多いわ。


だから…うん…

今はこのままで良いかも…


何度も言うけれど…残していったあの娘達のことを考えると…

寂しさはあるけれどね…」



「そうか…たしかにそうだな…」



俺達は二人だけの特別な言語を用いてコミュニケーションを図っていたが…

どうしても心残りのような存在を思い出して…

少しばかりの気まずさを覚えるのであった。






ここは訳あり美容室サロン

訳アリな店主と訳アリな店員。

訳アリな客達。



俺と彼女の関係はここからどうなるのか…?


訳アリな客が運んでくる厄介な問題はあるのか…?


何かを解決するような展開は…?



異世界帰りのカイと異世界出身のメロウ。

高貴な身分を思わせる彼女。


俺と彼女は異世界へと再び帰るのか…?



問題や謎は山積みではあるが…

ここから先の展開をどうぞご期待ください。



では本日はここで閉店となります。

またのお越しをお待ちしております。

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